ヒグチアイ 日食なつこ、mol-74を迎
えた自主企画『好きな人の好きな人』
で見た“氷山”の全貌
氷山は不思議だ。陸でも島でもなく、地殻と繋がっていたり連なってもいない。海を孤立無援でゆっくりと漂っている巨大な氷の塊だ。ところがそれらはとても大きく美しく、どこか人を惹く。そして遥か何万年もかけて作られたそれは、また違った氷山と出会いぶつかり、また永い時をかけて一つの塊へと変貌していく。いや逆に、いつかは溶けてまた元の水に戻るかもしれない……そんな刹那もあったり。
先に「一緒に作り出す」と記したが、仲が良かったり、何かしら繋がりを持った同士ながら、毎度そこにはベタな仲間意識や共闘意識は皆無。その様は競い合い精進し合い、昇華させ合うライバルのように映る。
日食なつこ
「今日は夏の暑い中にも関わらず三つの氷山を見てもらいます。3つの違った素晴らしい絶景が広がることを約束しましょう」と日食。かつて地元の高校野球の地方予選に捧げて作られた「ビッグバード」。8ビートを基調にkomakiらしい手数の多さにて叙情的に響きがちなこの歌に、惹き込むが如くのアクセントが加わっていく。また、「大停電」ではロートーンを活かした日食の歌声とチャイムを彷彿とさせるピアノフレーズも印象的。そこにkomakiもコーラスを加えていく。対して歌とピアノ音、ドラミングによる流麗さと激しさの波状攻撃が場内を襲ったのは「ヒーロー失踪」であった。同曲ではステージからの熱射が場内に帯電していく様を見た。
「あと2曲で下山です」とは言うものの、逆に「これからも頂上を目指し続ける」と言わんばかりの2曲が以後には連射された。バイタリティを与えてくれるように凛とした伸びやかな歌が会場を引き連れた「空中裁判」。そして最後は、日食が再び一人で春の曲で氷を溶かすべく「perennial」が。これまでの厳格と、それを抜け行き着いた凪のような同曲が、柔らかく優しく明日に向けての歌としてみなへと贈られた。
mol-74
緑色に浮かび上がるステージに一人一人メンバーが登場。武市和希(Vo/Gt/Key)による幻想的なシンセ音がジワジワと場内に広がっていく。そこに疾走感のある坂東志洋(Dr)の8ビートが入り、その中から「エイプリル」の鍵盤音と共に武市の歌が現れる。躍動感のある髙橋涼馬(B)のベースに、その上をたゆたうように泳ぐ井上雄斗(Gt)のギター。アンニュイで憧憬さを帯びた武市の歌声が会場を惹き込んでいく。「夜行」に入るとフワッとしたシンセの音が会場を包む。坂東の生み出す16ビートが会場の気持ちをはやらせる。とはいえフロアはいつもの彼らのライブ同様、その世界観に聴き浸っているままだが。
mol-74
武市がアコギに持ち替え、「お互いいい夜にしましょう」と一言。「プラスチックワード」が、そのキャッチーな歌フレーズも手伝い、ちょっとした明るさを場内に呼び込めば、再び武市のシンセと生命力のある坂東のドラムが強調された「グレイッシュ」では、内省さに人恋しさ溢れる歌が絡み、最後は昇華するがごとくの神々しい発光を見た。また、ノスタルジックさと後悔を彼ら独特の淡いフィルターを通して会場いっぱいに広げていった「瞼」では、歌われる、「まぶたを閉じたらすぐそばにいるのに開けるとやはり君はここにいない」という不在感と、最後の<忘れないから>のリフレインが胸を締めつけた。対して三声のコーラスが幻想的な楽曲にふくよかさを寄与した「ノーベル」を経て、ヒグチが自身のTwitterを通し好みだと伝えた、<パッとしないこの世界を変えよう 紙とペンでは描けないような素晴らしい世界が待っているはず>と歌い伝えた「%」の際には明るさが呼び込まれた。
「珍しく女性アーティストに囲まれたライブだったけど、歌声の高さでは負けていない」と武市。最後は多幸感たっぷりに「Saisei」が贈られ、合わせてステージも明るく発光。明るい至福な光に包まれていくのを感じた。
ヒグチアイ
至福さ溢れる優雅なSEに乗り、青く浮かび上がったステージに、まずは刃田と山崎が現れ、間を空けヒグチも登場。上手側にベースと横向きドラム。間を空け、下手には正面を向いた鍵盤のヒグチといった2対1のような配置だ。
「“山は頂上まで登るのが目的ではなく、自分が決めた目標にどれだけ近づけられるかが大事”と知人から教示してもらった」ことを伝え、“どこまで行けるか? どこまで登れるか? それが自分の相応な距離。そこまで行くことが大事。そこまで行けたらどうか自分を褒めよう、そしてそんな自分を誇ろう!!”との決意や宣言のように「わたしはわたしのためのわたしでありたい」が歌われた。<強く強く>と歌った際の挙げられた左手のコブシも力強かった。
「繋がっているものと繋がっていないものの違いって何だろう? ずっと全てと繋がっていられればいいのに……」と独白のようなヒグチのMCを経て、本編ラストは「ここにいる全ての人に。元気じゃなくてもまた会えますように」と新曲「聞いてる」が贈られた。まるで解放されるように広がっていった同曲。誰かへの手紙のように空に舞ったこの曲が、いつかの自分に舞い戻って来た際には、それはきっと自身の糧や励みに変わっている。そんなことを歌を通し伝えられた気がした。
文=池田スカオ和宏 撮影=石井亜希
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