美輪明宏が珠玉のシャンソンを歌い、
曲にまつわる逸話を語る『美輪明宏の
世界〜愛の話とシャンソンと〜』

2019年9月、美輪明宏による恒例のコンサート『美輪明宏の世界』が新たな構成で幕を開ける。今年は「愛の讃歌」を筆頭に、「バラ色の人生」や「枯葉」など珠玉のシャンソンをじっくりと聴かせる、贅沢なひとときとなりそうだ。説得力のある歌唱に加え、曲の合間には楽しいおしゃべりもたっぷりあり、美輪にしか語れない貴重なエピソードなども満載。人生を豊かにするパワーやヒントをくれるこのコンサートが今年はどんなステージになりそうか、美輪に語ってもらった。
ーー今年のコンサートには“愛の話とシャンソンと”というサブタイトルがついています。どういう構成になるのでしょうか。
二部構成なのは、今まで通りです。これまで一部では日本の抒情歌やわたしの作品集、二部はシャンソンといったスタンスでやっていたんですけれど、最近はあまりにも若い方たちがシャンソンを知らないというので、今回は一部も二部もオールシャンソンを歌うことにしました。シャンソンを歌うとなると、ドラマ仕立てになるものが多いので、歌う側は相当体力を使うんです。ひょっとしたら、これが最後のご奉公になるかもしれませんよ(笑)。今でも時々、タレントさんや芸能人でシャンソンに憧れて歌っていらっしゃる方もいますけれど、みなさん古き良き時代のパリのことはご存知ないんです。だいたいパリ自体が今はもう変わってしまって、シャンソンも“シャンソン・ド・クラシック”なんて呼ばれてCDショップでも片隅に追いやられている時代ですから。街角で流れている音楽も日本と同じで、ほとんどがロックのリズムですしね。“悪貨は良貨を駆逐する”なんて言いますけれど、メロディーに色彩がない曲ばかりが増えているんです。歌というよりも、喚いて叫んで走り回っているだけで。すべてが強で弱がなく、デクレシェンドやクレシェンド、だんだん大きくなったり、だんだん小さくしたりするような技法も使われていない。日本だってもう、ツイッターみたいな歌詞ばかりですから“ツイッターソング”って私は言っているんですよ。昔、明治、大正、昭和初期の頃は三木露風や北原白秋、西條八十といった文人たちが素晴らしい詞を書いていましたでしょう。短いけれど非常に簡潔で、詩情溢れる歌詞ばかりでした。余韻嫋嫋(よいんじょうじょう)としていてね。ツイッターとはまるで違いますから、その良さがなかなかわからないんです、今の多くの若い人は。そんなわけで大元のフランス自体もシャンソンが衰退してきているということもあって、今年は一部も二部もシャンソンだけで構成しましょうということにしたんです。
ーー具体的には、どんな楽曲を歌われる予定ですか。 
もちろん『愛の讃歌』は歌いますよ。最近になって改めて「愛の讃歌」が見直されたというのはありがたいことでした。紅白歌合戦というのは、おそろしいですねえ(笑)。
ーー一気に国民が認知しますから(笑)。
それまでは越路吹雪さんの歌、岩谷時子さんの歌詞でしかみなさんご存知なかったのに、あの時わたしが歌った「愛の讃歌」の歌詞がそれとはあまりにも違ったから驚かれたみたいですね。そもそもはNHKの『花子とアン』というドラマで、わたしが語りをずっと担当していて。その脚本を書かれた中園ミホさんが、わたしの歌う「愛の讃歌」を心中や駆け落ちやそういう恋愛のドロドロしたシーンでセリフなしカットなしで、6分ちょっとのあの曲をまるまる流したいと思っていらしたんですって。それで、登場人物が駆け落ちをする場面で実際にわたしの「愛の讃歌」の日本語歌詞版を延々と流したら、ツイッターがいい意味で炎上しちゃったんです。
ーーあれは、画期的な演出でした。
「歴史に残る名シーンだ」とか、いろいろ書かれました。そういう縁があって紅白で歌うことになったら、これがまたえらい騒ぎになってしまって。「猫が直立して聴いていた」とか「天井裏でハクビシンが一緒に騒いで歌ってた」とか「ハツカネズミが車輪を回すのも忘れて聴き入っていた」とか、いろいろな反響があったようです。
美輪明宏 撮影:御堂義乗
ーー動物たちまで反応するんですか(笑)。
ふふふ。ですから、その「愛の讃歌」もリストに入れようと思っていますし。比較的、新しいシャンソンではなく、オーソドックスな昔ながらのシャンソンを中心にセレクトするつもりです。フランス語で歌うのは「バラ色の人生」と「枯葉」、この2曲くらいでしょうか。あとは全部日本語の歌詞になると思います。「枯葉」も、日本語に訳そうといろいろ工夫したこともあったんですが、どうもうまくいかないんです。ジョセフ・コスマという人が作曲しているんですが、あのメロディーに日本語を合わせるのが難しくて。「バラ色の人生」も、日本語歌詞にするとなんだか薄っぺらくなってしまう気がしますしね。あとは、さまざまな恋愛の歌、いろんな悪い男や悪い女に騙されたり騙したり、駆け引きがあったり、同棲生活に別れを告げたり。ほとんどのシャンソンはそういうストーリーなんですよ、演歌にも似ているかもしれないけれど。それでも決して手垢のついた所帯臭い感じにはならないように、そしてさりげなく差し出すみたいな風にして、歌いたいと思っています。抒情的でレトロなものも、かえって若い人には新しく思えるかもしれません。
ーー確かに、そうかもしれないですね。日本の芸能界の若い方々にも、こういった抒情的なものを歌い継いでくださる方がいらっしゃればいいのですが。
そういったものがわかる素地を、たとえば福山雅治くんは持っていると思います。とてもいい声ですよね、特に高音は細くてきれいに震えるビブラートが効いた声ですし、とても素敵です。以前、斎藤工くんや二階堂ふみちゃんたちも一緒にお食事に行ったことがあるんですけれども、そこにギターまで用意してくれて隣の席でわたしたちのために何曲か歌ってくださったんですよ。
ーーそれは贅沢ですね(笑)。福山さんが歌うシャンソンも、聴いてみたいです。
そうねえ。でも福山くんたちがやっているような、1万人、2万人のお客様が入るような会場では、シャンソンは無理ね。やっぱり、小人数のところでないと伝わりにくいものでしょうし。
ーー今の若い方はシャンソンを聴く機会がなかなかないので、もしかしたらシャンソンのコンサートと言われると少し身構えてしまうかもしれませんが。
それもあるので、わたしは歌の合間にそれぞれの曲にちなんだおしゃべりをしているんです。そうすると、歌の世界に入りやすいでしょう。お客様は劇場に入って来るまでは、会社なり、自分の家庭なり、そういった現実世界にいるわけです。そこから、まったく架空のバーチャルな世界に浸っていただくために、様々な趣向を凝らした雰囲気づくりをしています。それが馴染んできたところで、幕を開けるのです。
ーー自然に、華やかな世界へと没入できますね。
そこまでキンキラキンに(笑)、華やかなものではないものの、こぎれいでホッとできるような舞台装置を用意しています。ですから、コンサートの間はパソコンやスマホといったものをちょっと忘れるひとときにしていただきたいですね。フランスにしても日本にしても、人の生活にはいろいろなたたずまいがあるんだけれど、それをどう楽しんで生きていくか。その方法を知らない人が多いんですよ。シャンソンを聴くことで、こういう暮らし方もありますよ、という気づきになるかもしれません。たとえば男に捨てられて相手を恨んでいるOLがいたとしても、それはそれでロマンになりますから。自分は悲劇の主人公で、いい女になったつもりでいればいいんです。
ーーまさに、シャンソンの世界観にぴったりですね(笑)。
わたしの作品の中では「春の雨」というのがちょうどそういう歌ですね、今回は歌わないですけれど。尽くして尽くして尽くして、裏切られて。そういう展開がシャンソンには多いんです。自分のほかにもお仲間がいるんだと、思えるかもしれません。
ーーシャンソンに、励ましてもらえるかもしれないですよね。
何かあるとすぐ、ひがんだりねたんだりそねんだりする方も多くて、自分はブスでモテないとか男がいないとか言いますけれど、何を言っているの、そんなことは男のほうだってお互い様ですよ(笑)。たとえば「ミロール」を歌う時とかにもよく言う話なんですけれど。わたしが子供の頃に、家のそばにあったお女郎屋さん、遊郭におたふくみたいに不細工な女の子がいて、でもすごくモテていたの。大勢のお客さんが、彼女にはついていたんです。彼女は男から何かを得ようとせず、無意識で与えっぱなしなんですね。普通の女のように、着物や帯を買ってなんて一切言わない。逆にお客が好きなちょっとしたお菓子とかお酒をちゃんと覚えて、自前でそれを用意していて。とにかくお客に不自由しない女だったんです。そこには上海帰りでロシア語も英語もしゃべれる、小生意気で綺麗な女もいたんだけど、その子は全然モテないの。「お前はそんなにきれいなのに、努力が足りない」と、ずいぶんおかみさんに怒られていました。おかげで結局、男でも女でも容姿容貌とか年齢、着ているものとか、そんなことは何も関係ないんだということが、小さいわたしにも理解できたんです。それで「ミロール」を歌う時は、この話をするんですよ。お客さんも少しわかりやすくなるでしょう。
ーー歌の世界を身近に感じ、歌詞がちゃんと耳に入ってきそうです。
それもあって「美輪さんのコンサートに行くと、映画を何本も観たような気持ちになる」って、みなさん言ってくださるんだと思います。この機会にぜひ、シャンソンに初めて触れる方も足を運んでいただきたいです。
美輪明宏 撮影:御堂義乗
取材・文=田中里津子

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