【仲村瞳の歌謡界偉人名言集】#112
歌手・浅川マキの言葉

作詞家、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー、バンドマン、振付師、……そして、歌手。きらびやかな日本の歌謡界を支えてきた偉人たちを紹介するとともに、その方々が発したエネルギー溢れる言葉を伝えます。常軌を逸した言動の裏に、時代を牽引したパワーが隠されているのです! このコラムで、皆様の生活に少しでも艶と潤いが生まれることを願います。

そんなことは知りませんよ、と放り投げ
て唄うとき、詞は生き物のようにひとり
歩きする

より

1968年12月13日から15日までの3日間、新宿の小劇場アンダーグラウンド蠍座で、浅川マキ初のワンマンライブが行われた。今回の名言は、その構成・演出を手がけた寺山修司と浅川のやりとりや当時の様子を、音楽プロデューサー・佐藤剛が書いた回顧録からの抜粋である。見出しにある「ロング・グッド・バイ」は、1968年2月に在日韓国人2世だった金嬉老が起こした事件をモチーフとした曲。当初は「朝鮮人のおじさん」というタイトルがついていたという。この曲に対して浅川は、「朝鮮人のおじさんが、アパートでひとりで自殺するはなしなんて、素敵に唄えないもの」と寺山に抵抗する。さらに、港町の娼婦を描いた曲「かもめ」に対しても浅川は、「私はそんな女じゃない」と快く思っていなかったようである。それについて浅川は、「『朝鮮人のおじさん』のうたと『かもめ』は、わたしの感情のすべてを捨てて唄った」と語り、今回の名言へとつながる。そして、浅川自作の代表曲でもある「夜が明けたら」でさえも、「特別な感情を入れずにうたっています」と明かされている。多くの人は、プロの歌手にとって、感情を込めて歌うことが必須テクニックだと思わされているだろう。特に、浅川の歌声を聴く者は、彼女にこそその凄みを感じるはずだ。常識ではとらえることのできない浅川の魅力と、歌手という仕事の奥深さを感じる言葉である。

浅川マキ (あさかわまき)
1942年1月27日生まれ、石川県白山市出身。歌手、シンガーソングライター、音楽プロデューサー。1967年、「東京挽歌/アーメン・ジロー」でレコードデビュー。1968年、劇作家・寺山修司と音楽プロデューサー・寺本幸司の二人に見出され、アンダーグラウンド蠍座で初のワンマン公演を開催。1969年、シングル「夜が明けたら / かもめ」を発表。同年から1997年まで、池袋の文芸坐ル・ピリエにて大晦日連続定期公演を開催している。1992年、テナーサックス奏者の宮澤昭、チェロ奏者のトリスタン・ホンシンガー、テナーサックス奏者の植松孝夫の3氏のアルバムをプロデュース。2000年以降は、名門ジャズクラブの新宿 PIT INNを中心に定期公演を再開。2004年、映像集『幻の男たち LIVE1984』がDVD化。2007年、ベスト・アルバム『DARKNESS IV』を発売。最後のオリジナルアルバムは1998年に発売された『闇のなかに置き去りにして〜BLACKにGOOD LUCK』。2010年1月17日、急性心不全により死去。現在もなお、ライブ映像の上映会などが開催され根強い人気がある。

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