庭劇団ペニノが『笑顔の砦』を横浜と
豊橋で上演~作・演出のタニノクロウ
にインタビュー

度肝を抜くほどに強烈なインパクトを残す舞台美術に触れるだけで、庭劇団ペニノの舞台を観に行く価値はある。徹底して作り込まれた作品では、超絶個性的な俳優陣が存在感を示し、唯一無二の劇世界が横たわっている。この世界観の創出を一手に引き受ける主宰・タニノクロウにインタビューを敢行した。昨年、大幅改訂された『笑顔の砦』が横浜と豊橋で再び上演される。
◆理想的な創作空間でのリクリエーション
――昨年11月に上演された『笑顔の砦』RE-CREATIONが、横浜と豊橋で幕を開けます。『ダークマスター2016』のキャスト・スタッフが再結集し、大幅改訂した作品ということですが、本作を手がけるきっかけはなんだったのですか?
2006年にアゴラ劇場で『ダークマスター』を再演したあとに作ったのが『笑顔の砦』です。『ダークマスター』はブラックコメディーの要素が強かったけど、思い切り雰囲気の異なる人情芝居を書こうと思って『笑顔の砦』を上演しました。まったく同じ出演者で違うものを作りたくなったんです。もうひとつは、2007年にイプセンの『野鴨』の演出を引き受けることが決まっていて、日常的な演技をする舞台を作っておきたいと思ったからです。当時は、稽古場で思いついたことを言葉にして覚えてもらうような作業をしていました。そもそもまともに台本を書いていなかったから、オーソドックスな芝居にしようと『笑顔を砦』を書きました。日常会話の台詞がある芝居の作り方がまったくわからなかったので、「ハリウッド映画脚本術」みたいな本を読みながら書いたんですけど、全然に役に立ちませんでした(笑)。
今回は漁師町が舞台であることや認知症の家族という大枠の設定だけ残して、ほぼ全面改訂しています。前回の台本も読まないまま書き直しました。
――城崎国際アートセンターでの滞在しながら稽古していたそうですね。
大阪でも稽古しましたが、ほぼ城崎でしたね。『ダークマスター2016』から続けて城崎で作業して、ここならもっと緻密な創作ができるという実感がありました。もう一度、城崎で創作したいというのが『笑顔の砦』の大きな動機でした。城崎は24時間使えるんです。退館時間がないので、本当に濃密な稽古ができますね。キッチンもあって、滞在制作ということにおいては理想的な創作空間だと思います。近くに飲み屋もありますし(笑)。
『笑顔の砦』(撮影:堀川高志)
◆影響を受け、与え、自意識を消し去る
――『地獄谷温泉 無明ノ宿』のパンフレットで、「初演で二度と忘れられない稽古をしておけば、再演では3日稽古すれば思い出せる」とおっしゃっていました。今回も、横浜公演ではさほど稽古日程をとらない予定ですか?
そうですね。昨年の秋に城崎と大阪で上演したので、稽古期間は短いです。僕らがテクノロジーに頼っていることも理由のひとつです。スマホで映像に残しておけば、クリアに見ることができますし、VRカメラで舞台上にあるものを確認できます。暗転中の動きを記録することもできるなど、記録の面では昔よりもはるかにやりやすいですから。
それと、俳優同士が連鎖反応するように芝居を作っているという理由もあります。自分が何に影響を受け、そこから何に影響を与えているのか、また台詞がどう影響しているか考えながらやっているので、俳優は覚えやすいと思います。言ってみれば、反応と反応の繰り返しです。そこがわかっていれば、俳優は本番を迎えられる。劇のムードを掴むことが大切というか。
――俳優への演出で、互いへの影響を意識しているわけですね。
昔は「何秒でどの角度で何を見るか」ということを細かく注文するような演出でした。でも、俳優の理想的な状態とはなんなのかを考えるようになったんですね。いくら秒数を決めても、心拍数が変わったらカウントも変わるじゃないですか。それに「今、3秒かな? 4秒かな?」と思っているうちに5秒が過ぎていたりします。つまりそれは、俳優それぞれの自意識の問題と関わることです。人に見られたら緊張するというのも自意識ですよね。よく「いい緊張」と「悪い緊張」に区別することがありますけど、いいも悪いもなく、緊張しないで済むなら、しないほうがいいだろうと思うんですよ。
芝居のあいだ、俳優は自意識に支配されがちです。「台詞をトチらない」「ゆっくりしゃべる」というふうに頭のなかに優先順位があることも自意識の表れですよね。物事に優先順位をつけずに、そのまま舞台上にいられるとしたら、それはすごいことなんじゃないかと思います。舞台では、自意識をなくすことが重要なのだと思うんです。でも、実際にすごくむずかしい。それができる俳優は、ものすごく尊敬すべき存在です。
たとえば、とある場面で風の吹く音があるとして、その劇のどこかで必ず影響を与えます。俳優が風の音に影響を受けることもあれば、逆に風の音に対して何かしらの影響を与えることがある。つまり演劇の創作の現場は、無限の影響の可能性を探る行為なんだと言えます。僕は、『地獄谷温泉 無明の宿』を作るとき、創作ノートには仏教のことばかり書いていました。影響を受け、与え、自意識を消し去る俳優の仕事は、釈迦の修行にすごく近いんじゃないかと思ったんです。
『笑顔の砦』(撮影:堀川高志)
◆演劇は飯屋と飲み屋に学ぶ時代になる?
――『地獄谷温泉 無明の宿』で観た圧巻のセットは焼却処分されてしまったとのことですが、今回も建て付けから組み込みまで城崎で作ったんですよね。
だから、劇場を変えて上演するのはむずかしいんです。実際、城崎から大阪に移るとき、両サイドのセットを少し切りましたから。今回はワンシチュエーションの設定で画角が重要なので、客席との距離感のなかで微調整が必要です。その劇場にマッチした一番心地いい画角に合わせる作業があります。
――タニノさんの作品では、配られたイヤホンを使って隠れている俳優の声が聞けたり、お面をかぶりながら観客も参加できたりと、美術以外の仕掛けも豊富です。
演劇自体、めんどうくさいものじゃないですか。わざわざ日を決めていくこともそうですし、小さい小屋なら桟敷みたいな場所に座ることもある。演劇のよさってなんだろうと思うとき、観客に人間しかいないこと、その生々しさだと思うんです。VR技術が人間の体感度をより高めていった結果、リアルな世界そのもののように感じさせる未来もあるかもしれませんが、やっぱり観客は人間で、AIは芝居を観ないでしょう。今後より生々しいものしか残らないとすれば、演劇は飯屋と飲み屋に学ぶ時代になると思いますね。つまり、演劇が人間しか楽しめない原始的な営みとして残り続け、それが価値になる。おなかをいっぱいにしたり、酔わせたりすることの価値と、演劇はすごく近いんじゃないかと思います。
タニノクロウ
◆情報を持ち、ゼロになれる俳優を
――先ほどは俳優の自意識について話していただきましたが、タニノさんが俳優に求めるものはなんでしょうか。
たとえば、舞台上に赤ちゃんがいたら、絶対に観ちゃうでしょう。本物の浮浪者の人を突然舞台に立たせても、つい観てしまう。もうひとつ観てしまう存在が、その舞台に出演する演出家です。演出家が俳優として出ているとき、僕はすごく観てしまうんです。野田秀樹さんであったり、岩松了さんであったり、最近はあまり出なくなったけど宮城聰さんもそうでした。つい観てしまうし、うまく感じてしまう。
このふたつの存在って、真逆なんです。赤ちゃんや浮浪者は演劇的情報がゼロのままそこに存在していますよね。演出家が出演しているとき、照明のアシスタントが何年くらいのキャリアで、俳優たちはどういう状況かをすべて把握して舞台に立っている。つまり、なんの情報もない人と、その場の情報を握っている人の両極を観てしまいます。
――長らく共同作業されているマメ山田さんは……。
マメ山田さんは、いつも「早く終わんないかな」と思っている人です(笑)。本番中、本当に寝ますから(笑)。いい意味でその現場に対して半身の姿勢でいるから、観ている人がドキドキしてしまう。赤ちゃんみたいなところがあって、その場その場の感じで芝居を受け取るから、すごくライブ感を持っている人だと思います。今度の『笑顔の砦』でも一緒の緒方晋さんは、いつも情報を持とうとしています。公演がどういう企画で、座組みがどういう人たちで、劇場にどういうスタッフさんがいて……、ということを常に知ろうとしている。そういうことのすべてが俳優としての自分を作っていると信じて実践しているところがすばらしいですね。
先ほどの話に戻すと、両極の存在の中間地点にいる俳優はどうすべきか。今から赤ちゃんのように情報をゼロに戻すことはできないから、ならば俳優は情報を持つほうがいいと思います。公演のプロジェクト全体にある無限の情報を手に入れる。なおかつ、優先順位を持たずにゼロになれる人。情報を持っているけど、ゼロになれる。それをできる人が優れた俳優だと思います。
撮影・取材・文/田中大介

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