ドロスの「月色ホライズン」に見る自
分の未来の描き方とは?
曖昧な“僕”の行方
東京で、ただなんとなく過ぎていく日々を送る“僕”。
この歌詞の「晴れ間」とは、天気の「晴れ」と嬉しい事や楽しい事があった時の晴れやかな心情を表現している。
しかし、心が晴れやかな時がずっと続くわけではない。“僕”のみならず、ほとんどの人が辛い事や哀しい事も日々の中で経験し、乗り越えながら生きているのだ。
そんな一喜一憂しながら生きる毎日を退屈に思った“僕”は、現状からの変化または脱出を求めるようになった。
今の生活に不満だったわけではない。ただ、「自分を変えたい」という思いで旅に出ることを決意したのだ。
世界を見て変化した心境
自分の周りや手の届きそうな範囲にも大切な人はいて、大切なことも沢山ある。
自分の周りや手の届きそうな範囲にも大切な人はいて、大切なことも沢山ある。
ただ、「その狭い世界にずっと閉じこもっているより、もっと他の世界を見てみたい」「いつもと違う場所に行くことで自分に変化をもたらすことができるかもしれない」。“僕”はそんな希望を抱いていた。
月色ホライズン 歌詞 「[Alexandros]」
https://utaten.com/lyric/mi19070134
昨日の自分、今日の自分、明日の自分。接する人や、自分の身に起きたことで周りも自分自身も日によって異なるのかもしれない。
https://utaten.com/lyric/mi19070134
昨日の自分、今日の自分、明日の自分。接する人や、自分の身に起きたことで周りも自分自身も日によって異なるのかもしれない。
迷いながら探しているのは、どんな自分になりたいかとゆうことではないだろうか。
この歌詞の中で“僕”はなく、“僕ら”と表記したのは、聴き手を巻き込んでの総称として、敢えてこのようしたのだろう。
「僕らにはいつまでも光と闇が待っているの」という歌詞は、人生のことを指している。
「僕らにはいつまでも光と闇が待っているの」という歌詞は、人生のことを指している。
先にも似たようなことを述べているが、人生は幸福な事よりも、苦悩のことの方が多い。
沢山の苦悩の中に、一握りの幸福を見出しながら皆一生懸命に生きているのだ。
思いっきり遊べ、好きなことに夢中になることができた子供時代。しかし、大人になると社会的な責任を課され、自立して生きていかなくてはならないから子供の時の気持ちになれることは少なくなる。
でも大人だってそんなに悪いものではない。考え方や自分の行動で、自ら歩む道を決めることができる。
「青いメロディ」とは、子供の時の純粋な心と青春を表現したものだ。
そしてタイトルの『月色ホライズン』とは、地平線が付きのようにキラキラと輝いていることを表現している。
地平線は、地面と空の境界線のことを示していて、この歌詞で表されているのは、地面が過去の自分で空が未来の自分だ。
どんな過去があっても、考え方一つで未来は輝かしいものにできるというメッセージが、このタイトルと歌詞に込められているように思う。
TEXT 蓮実 あこ
TEXT 蓮実 あこ
アーティスト