【レビュー】映画『ブルーノート・レ
コード』にみた“成り立ち自体の革新
性”と“理想郷の物語”

9月6日(金)より、ブルーノート・レコード創立80周年を記念したドキュメンタリー映画『ブルーノート・レコード ジャズを超えて』が公開されることになった。
音楽の理想郷を扱った物語だった。通常のレコード会社が売れる音楽はなんでも扱う総合商社だとすれば、ブルーノートは採算抜きでジャズの自由な表現を追求し続けた専門店。それがなぜ80年も生きながらえることが出来たのか?をたどったのが本作なのだ。
奇跡の始まりにはアルフレッド・ライオンとフランシス・ウルフというふたりのドイツ人がいた。本国でジャズの魅力にとりつかれた彼らはユダヤ人ということでナチスに追われ、渡米する。1930年代のことだ。そこで同じように虐げられていた人々と出会う。黒人ミュージシャンたちだ。

'60年代にアート・ブレイキーが初来日したおりの有名なエピソードがある。「一緒に写真に収まってくれませんか?」と寄って来た日本のファンに「オレは黒人だぞ、いいのか?」と尋ねたアート。「もちろんです!」と返したファンの言葉に感激、以来彼は大の日本びいきになったという。'60年代でもこの状況。ましてや'30年代のアメリカは、である。

ライヴは一晩3ステージが普通。レコーディングはスタンダードな曲をぶっつけ本番でやらせたあげくギャラの不払いも日常茶飯事。ところが例のふたりのドイツ人たちが立ちあげたブルーノートはスタジオでの飲食にも気を配り、録音前に必ずリハをやり、そのギャラまで払っていたという。そして音楽の主導権はあくまでミュージシャンにゆだねつつ、それが独自の方向に向かうように導いていったという。これは当時の黒人ミュージシャンにとっては天国のような環境。本作を見て、なぜこのレーベルから異常とも言える数の名作が生まれたのかよく分かった。
ミュージシャン以外の才能についても、色々と紹介されている。ブルーノート言えばジャケット・デザインの素晴らしさでも有名だが、当初そこに使われている写真は創業者のひとり、フランシスが自ら撮っていた。ミュージシャンたちに慕われていた彼は誰からもとがめられることなく、常にスタジオでカメラを構えていたという。その写真は天才的なデザイナー、リード・マイルズの手で大胆にトリミングされ、時代を超えたデザインに組み込まれた。本作でも場面転換にこのジャケットが多用されているが、映画の大画面で見ても見劣りしないジャケットが無数にあるというのもマレなことだろう。また、エンジニアのルディ・ヴァン・ゲルダーは鮮明さを保ちながらも野太い音で演奏をまとめてジャズ録音の伝説となった。同レーベル最初の黄金時代である'50年代は、名演+デザインと音で永遠のものとなったのだ。'60年代後半になるとブルノートは、純粋な経営方針ではたちゆかなくなり、大手レコード会社に買収されてしまう。さらにフランシスが亡くなり、'70年代末には活動休止に。

しかし'80年代になってブルース・ランドヴァルというジャズ好きの男が社長になって状況は一変する。特に幼ない頃からブルーノートが好きだったという新人、ノラ・ジョーンズと契約したら、そのデビュー作が3000万枚というヒットになったのは伝説だ。さらにそこにヒップホップが参入してくる。'90年代初頭、ブルーノートの音源を無許可でサンプリングしていたイギリスのグループ、Us3。ブルースは太っ腹にも彼らと契約し、自社の音源を無制限でつかわせたら、その作品が大ヒット。さらにはよく使われる自社のサンプリング・ネタを集めたアルバムを出し、'03年にはマッドリブにブルーノートのリミックス・アルバムのリリースを許可し……。

'12年には高齢となったブルースの後釜としてストーンズのアルバムだけで6枚も制作してるロック~ポップス界の大プロデューサー、ドン・ウォズが社長に就任。実は彼、10代のころからのブルーノートのファンだったらしい。この人事もまた同レーベルらしいフレッシュさに満ちている。
この映画では最初から終わりまで、通奏低音のようにブルーノート・オールスターズのレコーディング風景が挿入されている。そこにはカウボーイ・ハットがトレードマークのドン・ウォズも、10代のころ彼が憧れたという(今や80代半ばの)ウェイン・ショーターもいる。ジャズとヒップホップを繋ぐ最重要人物となったロバート・グラスパーもいれば、彼が敬愛するハービー・ハンコックもいる。そして全員でとんでもなく実験的な音楽をやっていた。

老舗、というとのれんを守って的なイメージが強い。でもブルーノートの場合、成り立ち自体が革新だった。そこにリスペクトを抱く人々が志を受け継いでいったゆえに老舗になりえた。そういう意味でも、本作は理想郷の物語だと言えるだろう。

映画を観る前にロバート・グラスパーのバンドがあまりにも斬新な手法でニルヴァーナのカバーをやっているこの映像などを見ておくと、さらにブルーノート魂への理解が深まるかもしれない。

取材・文◎今津 甲
■ドキュメンタリー映画『ブルーノート・レコード ジャズを超えて』

公開:9月6日(金)より 全国順次公開
▼出演
ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、ルー・ドナルドソン、ノラ・ジョーンズ、ロバート・グラスパー、アンブローズ・アキンムシーレ、ケンドリック・スコット、ドン・ウォズ、アリ・シャヒード・ムハマド(ア・トライブ・コールド・クエスト)、テラス・マーティン、ケンドリック・ラマー(声の出演) etc.
監督:ソフィー・フーバー
字幕翻訳:行方 均
配給:ポリドール映像販売
協力:スターキャット
2018年 スイス/米/英合作 85分

関連リンク

アーティスト

BARKS

BARKSは2001年から15年以上にわたり旬の音楽情報を届けてきた日本最大級の音楽情報サイトです。

新着