菅田将暉『LOVE』に見る、真の音楽家
が誕生する瞬間

『LOVE』を通して、菅田将暉は菅田将暉
になった

菅田将暉のニューアルバム『LOVE』が2019年7月10日に発売される。本作は菅田にとって2枚目のアルバム。前作の『PLAY』はオリコン初登場2位を獲得し、豪華アーティストとの共演も話題になった。

ミーティアでは以前にも菅田将暉の音楽性について取り上げており、「役者としての菅田将暉と同じように、音楽においてもカメレオン的に作者に憑依するタイプ」と分析した。
では、今回のアルバムはどんな作品に仕上がっているのか? 

結論から言えば、『LOVE』の菅田将暉は憑依型ではなくなった。では何になったかといえば、身もふたもない言い方だが、彼は菅田将暉になった。菅田将暉は『LOVE』を通してオリジナルな音楽家になったのだ。

菅田将暉『LOVE』とは?

まずは基本情報を簡単にまとめよう。『LOVE』は全11曲入りのアルバム。参加アーティストはあいみょん、秋田ひろむ(amazarashi)、石崎ひゅーい、柴田隆浩(忘れらんねえよ)、志磨遼平(ドレスコーズ)、米津玄師など、前回にまして非常に豪華なメンバーが揃った。

初回生産限定盤には、菅田将暉が初監督をつとめたShort Film『クローバー』が収録される。石崎ひゅーいに提供された『クローバー』を主題歌とし、主演は仲野太賀がつとめている。構想から約半年をかけて製作された全47分に及ぶオリジナルストーリー。監督補佐には、yahyelのメンバーであり宇多田ヒカルSuchmosなどのMV監督をつとめた映像作家の山田健人を迎えている。

また、ジャケットの撮影も仲野太賀。どこをとっても菅田将暉にしか実現させられないような豪華布陣である。

『まちがいさがし』『キスだけで feat
. あいみょん』など「正解」が並ぶアル
バム

(菅田将暉『まちがいさがし』MV)

では収録曲をかいつまんで見ていこう。5月14日に先行配信シングルとしてリリースされている『まちがいさがし』は、米津玄師が作詞・作曲・プロデュースを担当。『灰色と青(+菅田将暉)』以来2度目のタッグで、TVドラマ『パーフェクトワールド』の主題歌でもある。

ドラマのための書き下ろしではないのにドラマの内容と絶妙にマッチしており、さすがは米津玄師といったところ。サビのストリングスの使い方などに顕著なように、J-POPの王道ポイントをおさえたアレンジでもある。

構成とメロディはシンプルかつポップ。菅田将暉が歌いやすい音域に設定されているので、菅田将暉の声と歌の魅力が最大限に引き立てられている。この曲を聴くだけで、米津玄師との愛称が抜群に良いことがわかる。菅田将暉に提供する正解のひとつがここにある。

また、あいみょんが作詞作曲し、曲中でもコラボした『キスだけで feat. あいみょん』は、菅田将暉の新たな魅力を引き出した名曲だ。
(菅田将暉『キスだけで feat. あいみょん』MV)

制作過程やMVの内容、歌詞など、注目すべき点は多いが、まずは歌い出しからいきなり披露される菅田将暉の美しいファルセットに驚いた人も多いのではないだろうか? これまでの菅田作品はむしろ声の太さや力強さに焦点が当てられているものが多かったが、この切ないバラードをきれいに歌い上げる菅田将暉の高音に注目したあいみょんもまた、米津玄師と同じく、プロデュース能力に長けた音楽家だと言うべきだろう。女性心をしっとり歌う菅田将暉、とても良い。

他にも、Tシャツの目線で生活感を歌う『7.1oz』や疾走感あるロックナンバー『ドラス』、カントリー調の『つもる話』や弾き語りの『ベイビイ』など、幅広い楽曲が収められている。

前作『PLAY』との比較で見える進化

では、今作『LOVE』は前作『PLAY』と何が違うのだろうか? 以下に記す通り、2つの曲を比較することでその違いは浮き彫りになるだろう。

『PLAY』に収録された曲のなかで、たとえばamazarashiの秋田ひろむが作詞作曲した『スプリンター』に注目してみる。この曲における菅田将暉の低音域の出し方とその力強さ、訥々とした語りに近いメロの歌い方などは、秋田ひろむによく似ている。

テレビやラジオなどで目や耳にする菅田将暉とamazarashiの楽曲は、はっきり言って、キャラクターとしてはかけ離れている。しかし、こと『スプリンター』にかんしてはかなりの部分で重なっている。意図的に秋田ひろむの歌い方に寄せているようにすら感じる。実際、そうなのだろう。楽曲提供者に憑依して歌うことで、幅広い楽曲を自分のものにしているわけだ。
(菅田将暉『ロングホープ・フィリア』MV)

詞も曲も当然ながらamazarashiらしさ満載であり、アレンジも同じ人(出羽良彰)が担当しているため、amazarashiの新曲だと言われてもまったく違和感がない。そして菅田将暉の歌い方にもまた、秋田ひろむイズムが踏襲されているように思われる。低音域の出し方、身体の奥から絞り出すような痛みのある歌い方、イントロの訥々とした、しかしはっきりとした発声。そしてサビの「ロングホープ・フィリア」の「ア」の音の出し方には、明らかな秋田ひろむオマージュが感じられる。

だが、最初のサビを終えたあたりから少しずつ、秋田ひろむ色の奥にあった別種の力強さが前面に顔を出してくる。後半で繰り返されるサビには、もはや秋田ひろむ色は「ア」の部分にしかない。シャウト1.5歩手前の力強さと土臭さで歌う彼は、まぎれもなく秋田ひろむではない他のアーティストだ。

それは誰か? 当たり前だが、菅田将暉である。『さよならエレジー』『灰色と青(+菅田将暉)』などで見せた彼本来の歌い方がここで花開いているのだ。前半では秋田ひろむに憑依し、後半では秋田ひろむ色を吸収して他の誰でもない菅田将暉になり、『ロングホープ・フィリア』を菅田将暉の歌として歌いきっている。この曲には、菅田将暉のオリジナルが完成した瞬間がつめこまれていると考えても差し支えないのではないだろうか。

つまり、『LOVE』の菅田将暉は、楽曲提供者に憑依してその色を吸収しつつも、次第に自分の色を中心に置き換え、楽曲提供者の色とまったくバッティングしないかたちでオリジナルな自分を確立しているのだ。そういう意味で、『LOVE』は『PLAY』のひとつ上のフェーズに突入したアルバムだと言える。

歌詞における構成力の妙

もうひとつ、歌詞の面でも菅田将暉の才能はいかんなく発揮されている。

たとえば、アルバム後半に置かれた『あいつとその子』。「いちびって」という関西弁がつかわれていることから(「調子に乗って」の意。菅田将暉は大阪出身)、普段の菅田将暉の言葉づかいにもっとも近いと考えられるこの曲は、「僕」目線で歌われるストレートな恋の歌。愛するがゆえに素直な言葉が伝えられず、女々しくなりながらも、心のなかで「これからもあなたと過ごしたくて仕方ない」と歌う様はキュートだ。

この曲の何が素晴らしいかといえば、ラスト30秒で視点が反転することだろう。

それまで「素直な言葉が 出てきません」「女々しく生きたら あなたは振り向いてくれるのですか」と歌われてきた「あなた」が、突然語り手になる。そしてこう歌う。

あなた早く起きて
今日は休日
朝ごはん 作ったわ
昨日のお酒を抜きなさい

まるで「僕」の気持ちをすべて見抜いていたかのようなこの箇所は、『あいつとその子』という物語の強烈な転換点でありオチでもある。よくできた映画脚本のようなツイストではないか。

さらには、休日に朝ごはんを作り、前日のお酒にも慣れているような口ぶりからは、この2人が長年連れ添ったパートナーであることも想像できる。視点だけでなく、時間的な飛躍さえもこのたった1フレーズで表現されているわけだ。

このような構成のうまさは、やはり役者としての圧倒的な経験がもたらしたものなのだろうか? いずれにしろ、作詞面での成長が『あいつとその子』という曲には顕著に表れている。

『LOVE』は音楽家としての菅田将暉が誕
生した記念碑的な作品

以上述べてきた通り、菅田将暉のアルバム『LOVE』は、前作『PLAY』よりも一段階上のフェーズにある。楽曲提供者に憑依し、曲ごとに異なるキャラクターになりつつも、菅田将暉のオリジナル性が中心に据えられ、作詞においても素晴らしい構成力・ストーリーテラーとしての才能を見いだせる。

本作においてついに、真の意味で音楽家として唯一無二の菅田将暉が生まれたと言えるだろう。そういう意味で『LOVE』は記念碑的な作品である。

役者としての活動がメインにあって時々音楽をするのではない。菅田将暉においては、一流の役者であり一流の音楽であることが同時進行でなされていると見るべきだ。
菅田将暉
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菅田将暉『LOVE』に見る、真の音楽家が誕生する瞬間はミーティア(MEETIA)で公開された投稿です。

ミーティア

「Music meets City Culture.」を合言葉に、街(シティ)で起こるあんなことやこんなことを切り取るWEBマガジン。シティカルチャーの住人であるミーティア編集部が「そこに音楽があるならば」な目線でオリジナル記事を毎日発信中。さらに「音楽」をテーマに個性豊かな漫画家による作品も連載中。

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