爆音アワー

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いい音爆音アワー vol.103 「2位でも
名盤♪特集」

いい音爆音アワー vol.103 2位でも名盤♪特集
2019年 6月12日(水)@風知空知
“売れたもの”=”いいもの”ではもちろんないし、ちょっとひねくれている私はどちらかというと、同じアーティストでもメチャ売れたものよりそうでないもののほうが好きなことが往々にしてあります。6月4日の朝日新聞に、イラストレーターの山藤章二さんの言葉が載っていました。
「二番手の奥ゆかしさはとても文化的な心理なのだ。」(from 随想集「昭和よ、」)
一番より、二番手もしくは敗者のほうが、「人間的挫折感、いま一歩の残念感、恥ずかしさ、少しカゲのある栄光感」といった機微に富んではるかに「滋味深い」、そして、自分が長らく阪神ファンなのもこうした理由による……のだそうです。
今回はそんな「滋味深い」、チャート2位だった曲あるいはアルバムから、名曲・名盤を選んでみました。

福岡智彦 (いい音研究所)

セットリスト
Foreigner「Waiting for a Girl Like You(ガール・ライク・ユー)」
アルバムは10週連続1位なのに、シングルは10週連続2位!という珍記録。
∨第2弾シングル(1981年10月発売)
4th アルバム『4』(1981年7月2日発売)収録
作詞・作曲:Mick Jones, Lou Gramm/プロデュース:Robert John ""Mutt"" Lange, Mick Jones
レーベル:Atlantic
全米10週連続2位、全英8位 アルバムは10週連続全米1位

・1981年11月28日→82年1月30日 10週連続ビルボード2位
・何が1位だったか:
Olivia Newton-John「Physical」(11月21日→82年1月23日(10週連続)
Daryl Hall & John Oats「I Can’t Go for That (No Can Do)」(1月30日)
・「Cash Box」でも最高2位。「ラジオ&レコーズ」では1位。
・シンセサイザーをトーマス・ドルビーが担当している。特にイントロが印象的。ドルビーはこのアルバム・レコーディングとツアーへの参加で受け取った報酬を使って、1st アルバム『The Golden Age of Wireless(光と物体)』を作ったと言われている。
フォーリナー:
1976年、”Spooky Tooth”や”The Leslie West Band”にいた、英国人のミック・ジョーンズMick Jones (g)がニューヨークにて、米国人のアル・グリーンウッドAl Greenwood (key)と、英国人のイアン・マクドナルドIan McDonald(sax,key / 元”King Crimson”)、デニス・エリオットDennis Elliott (dr)、米国人のルー・グラムLou Gramm(vo / 元”Black Sheep”)、エド・ガリアルディEd Gagliardi (b)とともに結成。
1977年2月、1st アルバム『Foreigner(栄光の旅立ち)』をリリース。全米4位、トップ20に1年間ランクインし続け、400万枚以上を売り上げた。
1978年6月、2nd アルバム『Double Vision』リリース。500万枚を売り上げ、全米3位。タイトル曲「Double Vision」は全米2位。
1979年9月、3rd アルバム『Head Games』リリース。本作からベースのエドが脱退して、英国人のリック・ウィルスRick Wills(元”Small Faces”)に交代。全米5位。
1980年9月、主導権を強めたいジョーンズにマクドナルドとグリーンウッドは反発し、脱退。4人編成となる。
1981年7月、4th アルバム『4』リリース。1500万枚以上売り上げて、全米10週連続1位を記録。シングル「ガール・ライク・ユー」も全米チャート10週連続2位を記録。
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Creedence Clearwater Revival 「Who'll Stop the Rain」
全米1位シングルが1作もないのに、2位は5作あるという珍記録の持ち主。
∨シングル「Travelin' Band」と両A面(1970年1月発売)
5th アルバム『Cosmo's Factory』(1970年7月16日発売)収録
作詞・作曲:John Fogerty/プロデュース:John Fogerty
レーベル:Fantasy Records
全米2位 アルバムは全米・全英1位

・1970年3月7日→14日 2週連続ビルボード2位。
・何が1位:Simon & GarfunkelBridge Over Troubled Water(明日に架ける橋)」
・CCRの2位シングル:「Proud Mary」「Bad Moon Rising」「Green River」(1969)、「Travelin’ Band / Who’ll Stop the Rain」「Lookin’ Out My Back Door / Long As I Can See the Light」(1970)
クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル:
John Fogerty: lead vocal, lead guitar 1945年5月28日生
Tom Fogerty: rhythm guitar 1941年11月9日生
Stu Cook: bass 1945年4月25日生
Doug Clifford: drums 1945年4月24日生

1959年、サンフランシスコ・ベイエリアで結成(3人は中学生)。
1968年7月、デビュー。
1972年、解散。
The Stylistics「You Make Me Feel Brand New(誓い)」
フィラデルフィアからディスコ・シーンを席巻した彼らも米最高位は2位でした。
∨シングル(1974年5月5日発売)
4th アルバム『Let's Put It All Together』(1974年5月発売)収録
作詞・作曲:Thom Bell and Linda Creed/プロデュース:Thom Bell
レーベル:Avco
全米2週連続2位、全英も2位 アルバムは全米14位

・1974年6月15日/22日 2週連続ビルボード2位
・何が1位:Bo Donaldson and The Heywoods「Billy Don't Be a Hero」(2週とも)
・1974年8月18-24日 全英2位(英チャートは集計日で表現)
・何が1位:Three Degrees「When Will I See You Again」
・2位止まりだが100万枚以上売り上げ、米ゴールドディスクを獲得している。
ザ・スタイリスティックス:
1968年、フィラデルフィアで結成。
1970年、シングル「You're a Big Girl Now」をリリース、地域ヒットとなり、やがてAvco Recordsが興味を示し、再発売、年明けにR&Bチャート7位まで上がる。
 AvcoはプロデューサーのThom Bellに彼らを託す。Bellがプロデュースした作品はすべてR&Bチャートのトップ10入りを果たし、中でも「You Are Everything」(1971年5月13日発売 9位)、「Betcha by Golly Wow!」(1972年2月17日発売 3位)、「I'm Stone in Love with You」(1972年10月発売 10位)、「Break Up to Make Up」(1973年2月発売 5位)、「You Make Me Feel Brand New」(1974年5月5日発売 2位)の5曲はポップチャートのトップ10に入った。
1974年、シングル「You Make Me Feel Brand New」の後、Bellが離れる。
 その後はAvcoオーナーのHugo & LuigiのプロデュースにVan McCoyのアレンジという布陣となり、米国での売上は下がったが、ヨーロッパ、特に英国ではむしろ人気は上昇した。
1975年、シングル「Can't Give You Anything (But My Love)」はグループ初の全英1位となる(米では51位)。
・・・
The Ronettes「Be My Baby」
後世に大きな影響を与えた”Wall of Sound”の代表曲も最高2位。
∨シングル(1963年8月リリース)
作詞・作曲:Jeff Barry, Ellie Greenwich, Phil Spector/プロデュース:Phil Spector
レーベル:Philles Records
全米2位、全英4位

・1963年10月12日→26日 3週連続ビルボード2位。
・何が1位:Jimmy Gilmer and the Fireballs「Sugar Shack」(10月12日→11月9日の5週連続)
・Cash Boxでは1位を獲得。
・Ronettesメンバーで参加しているのはVeronicaのみ。コーラスはThe Blossoms(led by Darlene Love)とSonny and Cher(Cherの初めてのレコーディング)
ザ・ロネッツ:
ニューヨーク市スパニッシュ・ハーレム出身
Veronica Bennett (Ronnie Spector)、姉のEstelle Bennett、いとこのNedra Talleyの3人組
1961年、Colpix Recordsと契約。
 同年8月、1st シングル「I Want a Boy」をリリース。名義は""Ronnie and the Relatives""だった。
1962年1月、グループ名を”The Ronettes”に改め、2nd シングル「I'm Gonna Quit While I'm Ahead」をリリース。
 さらに3作のシングルを出すが、ヒットには及ばず、思い切ってPhil Spectorに直接電話をし、オーディションを受けたいと申し出た。これが功を奏し、63年にPhilles Recordsと契約。
1963年8月、シングル「Be My Baby」リリース。全米2位の大ヒットに。
・・・
ベッツィ&クリス「白い色は恋人の色(Colors of Love)」
皆川おさむ「黒ネコのタンゴ」に阻まれて2位でした。
∨1st シングル(1969年10月1日発売)
作詞:北山修/作曲:加藤和彦/編曲:若月明人
レーベル:日本コロムビア
オリコン2位

・1969年12月15日→22日、70年1月5日 計3週オリコン2位。自身最高位。
・何が1位:皆川おさむ「黒ネコのタンゴ」(14週連続 売上200万枚超)
ベッツイ&クリス:

◎ベッツイ(Elizabeth Virginia Wagner) vocal 1952年9月4日、米国ハワイ州生まれ。
幼年期にトラップ・ファミリー合唱団の三女ヘートウィクから指導を受ける。”ベッツイ&クリス”として活動した後、様々な職業を経て、ハワイを拠点に再び歌手として活動している。
◎クリス(Christine Anne Rolseth) vocal / guitar 1952年6月25日、米国アイダホ州生まれ。
“ベッツイ&クリス”として活動した後、ハワイで音楽教師として勤務。

1969年に”サウンズ・オブ・ヤング・ハワイ”のメンバーとして来日した際にスカウトされ、デビュー。
2006年、NHK「思い出のメロディー」で、ベッツイが娘のエマと”ベッツイ&エマ”として出演し、往年のヒット曲を歌った。

▶チャートの算出方法
米国:
Billboard(1940年7月27日号よりチャート掲載)。
以前は「Cash Box」(1942→1996)、「Record World」(1964→1982)、「Radio and Records」(エアプレイ回数のみ 1973→2009)を含めて4大ランキングだった。
1958年8月4日以後、シングルの販売とラジオ局でのリクエストなどを元に”Billboard Hot 100”というシングル・チャートを掲載。
”Hot 100”の集計方法は何回か変更されている。
→1991年末:エアプレイ=75%/セールス=25%
1992年→1998年11月:エアプレイ=60%/セールス=40%
1998年12月→2005年1月:エアプレイ=75%/セールス=25%
2002年2月→:ダウンロードセールスを新たにカウント。DS1000件とエアプレイオーディエンス100万人を同ポイントとして集計
2012年→:ストリーミング再生数を追加
2013年3月→:YouTubeのストリーミング回数も集計に追加

アルバムチャートは”Billboard 200”
CD(レコード)とダウンロード売上の合算
2014年12月→:ストリーミング再生回数とアルバム収録曲単体のデジタル・セールスを追加。ストリーミング再生1,500曲分を、アルバム1枚としてカウント。収録曲のデジタル・セールス10回分を、アルバム1枚としてカウント

英国:
1952年11月14日版の「New Musical Express (NME)」 が初めて発表。公式なチャートは、1952年から1960年までNME、1960年から1969年までは「Record Retailer(現在のMusic Week)」、それ以降は「Official Chart Company (OCC)」が運営する。

英国のレコード店約6,500店の販売データと、オンラインのデジタル販売のデータより集計される。ダウンロードは2004年から、ストリーミングは2014年から追加された。エアプレイ件数はUKシングルチャートには使用されない。
チャートの集計期間は日曜日から土曜日の間であるため、英国のシングルのほとんどは月曜日にリリースされる。

日本:
1968年1月4日から「オリコンチャート」がスタート。
以前は「ミュージック・リサーチ」、「ミュージック・ラボ」もあった。
毎週月→日の、あらかじめ決められた販売店におけるCDの売上枚数を集計。
2018年12月24日→ CD売上枚数、ダウンロード数、ストリーミング再生数をポイント化して合算、「合算シングルチャート」と「合算アルバムチャート」を開設。
ちあきなおみ「喝采」
レコード大賞受賞曲なのに、「女のみち」に阻まれて2位。
∨13th シングル(1972年9月10日)
作詞:吉田旺/作曲:中村泰士/編曲:高田弘
レーベル:日本コロムビア
オリコン2位

・1972年11月20日→73年2月5日 12週連続オリコン2位(売上80万枚)。自身最高位。
・何が1位:宮史郎とぴんからトリオ「女のみち」(16週連続・340万枚)
・第14回日本レコード大賞受賞
ちあきなおみ(本名:瀬川三恵子):
1947年9月17日、東京都板橋区生まれ。
10代から米軍キャンプやジャズ喫茶やキャバレーでいわゆるドサ回り。
作曲家・鈴木淳の元で1年4ヶ月レッスンを受け、1969年、21歳の時、日本コロムビアから「雨に濡れた慕情」でデビュー。
1970年、お色気アイドル路線の「四つのお願い」や「X+Y=LOVE」がヒット。
1972年、「喝采」が第14回日本レコード大賞を受賞し、年末から翌年にかけて80万枚を売り上げる大ヒット。
1978年、俳優の郷鍈治(宍戸錠の実弟)と結婚。
 シャンソン、ジャズ、ファドなど様々な音楽に挑戦。
1987年からの大日本除虫菊「タンスにゴン」のCMシリーズでは、癖のある主婦を演じる。
1991年、水原弘のオリジナル曲をカバーした「黄昏のビギン」リリース。
1992年、夫、郷鍈治と死別。その後一切の芸能活動を停止して現在に至る。
太田裕美「木綿のハンカチーフ」
ミリオン超えだけど、「およげ!たいやきくん」に阻まれ、最高2位。
∨4th シングル(1975年12月21日発売)
3rd アルバム『心が風邪をひいた日』(1975年12月5日発売)収録
作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:萩田光雄(シングルは筒美京平との共同)
レーベル:CBSソニー
オリコン2位 アルバムはオリコン5位

・自身最高位。約100万枚の売上。
・何が1位:子門真人「およげ!たいやきくん」(1976年1月5日→3月15日、11週連続 売上450万枚超=シングル盤売上日本記録)
・「ミュージック・ラボ」誌では1週だけ1位。「たいやき」とダニエル・ブーン「Beautiful Sunday」に挟まれて。
おおたひろみ:
1955年1月20日 東京都荒川区生まれ、埼玉県春日部市育ち
1969年、中学3年のときに友人の代わりにスクールメイツのオーディションをうけ合格、渡辺プロの東京音楽学院に入る。同期生に伊藤蘭・田中好子らがいた。
1973年1月→1974年3月、ヤング101の一員としてテレビ番組「ステージ101」に出演。
1974年11月1日、「雨だれ/白い季節」でデビュー。
1975年12月、3rdアルバム『心が風邪をひいた日』からシングルカットされた「木綿のハンカチーフ」が大ヒット。
1982年、歌手活動を一時休業、8か月間アメリカ合衆国・ニューヨークに単身留学
2004年から太田、伊勢正三(元”かぐや姫”)、大野真澄(元”ガロ”)の3人でユニット”なごみーず”として活動開始、2014年11月8日、200回記念コンサートを渋谷公会堂で開催。
サザンオールスターズ「いとしのエリー」
その実力が本物であることを認めさせた曲は新人ゆえの2位。
∨3rd シングル(1979年3月25日発売)
2nd アルバム『10ナンバーズ・からっと』(1979年4月5日発売)収録
作詞・作曲:桑田佳祐/プロデュース:高垣健
レーベル:Invitation (ビクター音楽産業)
オリコン2位 アルバムもオリコン2位

・何がシングル1位:
西城秀樹「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」(1979年3月12日→4月9日 5週連続)
ジュディ・オング「魅せられて」(4月16日→6月11日 9週連続)
・何がアルバム1位:
さだまさし『夢供養』(4月23日/30日)
ツイスト『ツイストII』(5月7日/14日)
ABBA『ヴーレ・ヴー』(5月21日/28日)
松山千春『空を飛ぶ鳥のように 野を駈ける風のように』(6月4日/11日)
アリス『ALICE VII』(6月18日/25日)
さざんおーるすたーず:
青山学院大学の学生らで結成され、1974年から断続的に活動が始まり、1978年に「勝手にシンドバッド」でデビュー。1979年に「いとしのエリー」が大ヒットし、以降…
1980年代: 「チャコの海岸物語」「Ya Ya (あの時代を忘れない)」「ミス・ブランニュー・デイ」「Bye Bye My Love (U are the one)」などがヒット。
1990年代:「涙のキッス」「エロティカ・セブン」「あなただけを 〜Summer Heartbreak〜」「愛の言霊 〜Spiritual Message〜」の4作がミリオンセラー。
2000年代:「TSUNAMI」がダブルミリオンを記録。「HOTEL PACIFIC」や「涙の海で抱かれたい 〜SEA OF LOVE〜」「I AM YOUR SINGER」などもヒット。
2010年代:「ピースとハイライト」がオリコンチャートで1位獲得。
と、1980年代から2010年代まで4つの年代でチャート1位という記録を持つ。
山下久美子「赤道小町ドキッ」
私・福岡が音楽ディレクターでした。そして私にとってもこの2位が最高位。
∨5th シングル(1982年4月1日発売)
作詞:松本隆/作曲:細野晴臣/編曲:大村憲司
レーベル:日本コロムビア
オリコン2位

・自身最高位。
・何が1位:近藤真彦「ふられてBANZAI」(1982年4月12日→5月3日 4週連続)、松田聖子「渚のバルコニー」(5月10日)、田原俊彦「原宿キッス」(5月17日→31日 3週連続)
・カネボウCMイメージソング。
やましたくみこ:
1959年1月26日、大分県別府市生まれ
1980年6月25日、日本コロムビアよりシングル&アルバム『バスルームから愛をこめて』でデビュー。
1982年4月1日、シングル「赤道小町ドキッ」リリース
1985年、当時BOØWYのギタリストだった布袋寅泰と結婚。
1991年、東芝EMIに移籍
1997年、布袋寅泰と離婚。
2000年、シングルマザーとして双子の姉妹を出産。
大滝詠一「雨のウェンズデイ」
週間最高2位でしたが、年間でも2位。ロングセラーの証です。
∨通算11th シングル(B面「恋するカレン」)(1982年5月21日発売)
6th アルバム『A LONG VACATION』(1981年3月21日発売)収録
作詞:松本隆/作曲・プロデュース:大瀧詠一
レーベル:NIAGARA(CBSソニー)
アルバムはオリコン2位、81年年間でも2位

・何が1位:寺尾聰『Reflections』(1981年4月13日→6月29日 12週連続)、サザンオールスターズ『ステレオ太陽族』(8月3日→9月7日 6週連続)
・年間は何が1位:寺尾聰『Reflections』(ちなみに、シングル年間1位も寺尾聰「ルビーの指輪」)
エレファントカシマシ「今宵の月のように」
邦楽では1位だったのですが、全体ではマライア・キャリーが上回りました。
∨15th シングル(1997年7月30日発売)
9th アルバム『明日に向かって走れー月夜の歌』(1997年9月10日発売)収録
作詞・作曲:宮本浩次/編曲:宮本浩次、佐久間正英
レーベル:ポニーキャニオン
オリコン8位 アルバムはオリコン2位

・シングル・アルバムともに自身最高位。
・何が1位:マライア・キャリー『Butterfly』(1997年9月22日 エレカシは邦楽では1位だった)
エレファントカシマシ:

宮本浩次:1966年6月12日 東京都北区赤羽生まれ。
石森敏行(g):1967年3月18日 東京都北区赤羽育ち。
高緑成治(b) 1966年4月15日 東京都中央区月島生まれ。
冨永義之(dr):1966年4月14日 東京都北区赤羽生まれ。

1981年、宮本、石森、冨永を含む中学のクラスメートで”エレファントカシマシ”結成。
1986年、冨永の高校時代の同級生だった高緑が加入し、現在のメンバーとなる。
 同年12月、「CBS SONY SDオーディション」に入賞。
1988年3月21日、EPICソニーより、シングル「デーデ」、アルバム『THE ELEPHANT KASHIMASHI』でデビュー。
1994年5月、7th アルバム『東京の空』リリース。オリコン62位。これを最後にEPICから契約を打ち切られる。
 フェイスとマネージメント契約。
1996年4月19日、ポニーキャニオンより、シングル「悲しみの果て」をリリースして再デビュー。
1997年7月、シングル「今宵の月のように」がオリコン8位、80万枚を超えるヒット。
1999年、東芝EMIに移籍。
2007年、ユニバーサルミュージックへ移籍。
 同年11月21日、34th シングル「俺たちの明日」リリース。
2012年9月1日 宮本の左耳が聞こえなくなり、急性感音難聴と診断された。ライブ活動を休止。
2013年9月15日、日比谷野外音楽堂で復活ライブ「エレカシ復活の野音」。
2014年1月11日、さいたまスーパーアリーナでデビュー25周年記念ライブ。
2015年9月23日、47th シングル「愛すべき今日」リリース。オリコン9位で、「今宵の月のように」以来、18年ぶりのシングルTOP10入りとなった。
2017年、NHK紅白歌合戦に初出場。
2018年6月、23rd アルバム『Wake Up』リリース。オリコン4位。
2019年2月1日、所属事務所をアミューズに移行。
Led Zeppelin「Misty Mountain Hop」
全米2位だったのに、米国史上6番目の売上とはこれ如何に?
∨4th アルバム『Led Zeppelin IV』(1971年11月8日発売)収録
作詞・作曲:Jimmy Page, Robert Plant, John Paul Jones/プロデュース:Jimmy Page
レーベル:Atlantic
アルバムは全英1位、全米2位

・1971年12月18日、25日 2週連続ビルボード2位
・何がアルバム1位:Sly & the Family Stone『There’s a Riot Goin’ On』
・自身最多売上。世界で3700万枚、米国だけで2300万枚=米音楽史上6番目に多い売上枚数(1位=Eagles『Their Greatest Hits (1971–1975)』、2位=Michael Jackson『THRILLER』、3位=Eagles『Hotel California』、4位=The Beatles『The Beatles』、5位=Billy Joel『GREATEST HITS VOLUME I & VOLUME II』)
10cc「I'm not in Love」
録音芸術の奇跡。米国民をも唸らせたが、惜しくも首位には届かず。
∨シングル(1975年5月発売)
3rd アルバム『The Original Soundtrack』(1975年3月11日発売)収録
作詞・作曲:Eric Stewart & Graham Gouldman
レーベル:Mercury
全英1位、全米2位 アルバムは全英4位、全米15位

・1975年7月26日→8月9日 3週連続ビルボード2位。自身最高位。
・何が1位:Van McCoy and the Soul City Symphony「The Hustle」(7月26日)、Eagles「One of These Nights」(8月2日)、Bee Gees「Jive Talkin’」(8月9日)
・アルバム『The Original Soundtrack』はQueenの『A Night at the Opera』(1975年11月21日発売)にかなりの影響をおよぼしたのではないか。1曲目のミニ・オペレッタのような「Une Nuit A Paris (One Night in Paris)」は「A Night at the Opera」と似たタイトルだし、「Bohemian Rhapsody」のB面は「I'm in Love with My Car」だし…。
テン・シー・シー:
1963年6月、エリック・スチュアートEric Stewartが”Wayne Fontana & The Mindbenders”のギタリストとしてレコード・デビュー。
1964年6月、グレアム・グールドマンGraham Gouldmanの友人、ロル・クレームLol Crèmeがいた”The Sabres”のドラマー、ケヴィン・ゴドレイKevin Godleyと”The Mockingbirds”を結成、1965年2月にレコード・デビュー。デビュー曲としてグレアムは「For Your Love」を作曲するがレコード会社に拒否される。「For Your Love」はその後”Yardbirds”がレコード化、全英3位の大ヒットとなる。
1965年1月、”Wayne Fontana & The Mindbenders”の6th シングル「Game of Love」が全英2位、全米1位の大ヒット。
1967年11月、”Wayne Fontana & The Mindbenders”改め”The Mindbenders”にグレアムが加入するが、やがて解散、エリックはグレアムとレコーディング・スタジオ""Strawberry Studios""の共同出資者となる。グレアムはロルとケヴィンをスタジオ・ミュージシャンとして誘う。
1970年6月、新たに届いた4トラック・レコーダーに4人が冗談で録音した「Neanderthal Man」が、”Hotlegs”名義でリリースされると、世界で200万枚以上を売り上げるが、その突然のヒットに怖じ気づいた4人は避暑地に逃亡し、スターへの道を自ら棒に振ってしまう。
1972年、エリックの友人だった人気歌手ジョナサン・キングが設立したUKレコードと契約、キングが夢で見た""10cc""というバンド名を採用。
1972年8月4日、1st シングル「Donna」を発売、全英2位のヒットとなる。
1973年7月、1st アルバム『10cc』リリース。3rd シングル「Rubber Bullets」は全英1位に。
1974年5月、2nd アルバム『Sheet Music』リリース。
1975年3月11日、マーキュリー・レコードに移籍し、3rd アルバム『The Original Soundtrack』リリース。シングル「I’m Not in Love」が全英1位、全米2位の大ヒットとなり、全米ツアーも成功をおさる。
1976年1月、4th アルバム『How Dare You!(びっくり電話)』リリース。ケヴィンとロルが脱退。彼らは”Godley & Creme”として活動を始める他、1980年代はプロモーション・ビデオの監督業で大成功することになる。
・・・
Boz Scaggs「What Can I Say」
アルバム『Silk Degrees』は半年かけて2位に到達し、その位置に5週間。名作の売れ方です。
∨第3弾シングル(1976年発売)
7th アルバム『Silk Degrees』(1976年3月発売)収録
作詞・作曲:Boz Scaggs, David Paich/プロデュース:Joe Wissert
レーベル:Columbia
全米42位 アルバムは全米2位、全英20位

・1976年9月18日→10月16日 5週連続ビルボード2位。自身最高位。
・何がアルバム1位:Peter Frampton『Frampton Comes Alive』(4月10日/7月24日/8月14日→8月28日/9月11日→10月9日 合計10週)、Stevie Wonder『Songs in the Key of Life』(10月16日→77年1月8日 12週連続)
・参加ミュージシャンのDavid Paich、Jeff Porcaro、David Hungateが77年に”Toto”を結成。Fred Tackett (guitar, mandolin, trumpet)は”Little Feat”に参加。
ボズ・スキャッグス:
1944年6月8日、米国オハイオ州生まれ。
少年時代をテキサス州で過ごす。12歳のときにギターを始め、高校でスティーヴ・ミラーと出会う。2人は共にウィスコンシン大学に進み、ブルース・バンドを組んだ。
スウェーデンで歌っているとき、地元のポリドール・レコードの目にとまり、1965年にデビュー作『BOZ』を発表する。
1968年、”スティーヴ・ミラー・バンド”の最初の2アルバムに参加。
1969年、アトランティック・レコードからアルバム『Boz Scaggs』で米デビュー。一定の評価を得るもののセールスは振るわなかった。
1971年、コロムビア・レコードに移籍。
1976年3月、7th アルバム『Silk Degrees』をリリース。全米2位となる大ヒット。
続いて『Down Two Then Left』(1977)と『Middle Man』(1980)とヒットを連発した。
2013年3月、アルバム『Memphis』が33年ぶりに全米TOP20入(17位)する。
Carpenters「Rainy Days and Mondays(雨の日と月曜日は)」
シングルもアルバムもグラミー賞も、キャロル・キングの後塵を拝しました。
∨第2弾シングル(1971年4月23日発売)
3rd アルバム『Carpenters』(1971年5月14日発売)収録
作詞・作曲:Paul Williams, Roger Nichols/プロデュース:Jack Daugherty
レーベル:A&M
全米2位 アルバムも全米2位

・シングル:1971年6月19日/26日 2週連続ビルボード2位。
・何が1位:Carole King「It's Too Late / I Feel the Earth Move」 (6月19日→7月17日 5週連続)
・アルバム:1971年7月3日/10日 2週連続ビルボード2位
・何がアルバム1位:Carole King『Tapestry』(6月19日→9月25日 15週連続)
・72年グラミー賞で、「Album of the Year」にノミネート。しかしこれも『Tapestry』に持っていかれた。
カーペンターズ、他の全米2位のシングル:「We've Only Just Begun」「Superstar」「Hurting Each Other」「Yesterday Once More」
・カーペンターズ、全米1位曲:「(They Long to Be) Close to You(遙かなる影)」「Top of the World」「Please Mr. Postman」
Ed Sheeran「Thinking Out Loud」
なんと世界史上10番目に売れた曲なのですが、全米2位という珍記録。
∨第3弾シングル(2014年9月24日発売)
2nd アルバム『X(マルティプライ)』( 2014年6月23日発売)収録
作詞・作曲:Ed Sheeran, Amy Wadge/プロデュース:Jake Gosling
レーベル:Atlantic
全英1位、全米2位 アルバムは全英・全米1位

・2015年1月31日→3月21日 8週連続ビルボード2位。
・何が1位:Mark Ronson feat. Bruno Mars「Uptown Funk」(1月17日→4月18日 14週連続)
・ビルボード、2015年の年間シングル・チャートでも2位
・世界史上最も売れた曲ランキングで10位
(1)Bing Crosby「White Christmas」(1942)5000万枚
(2)Elton JohnCandle in the Wind 1997」(1997)3300万枚
(3)Bing Crosby「Silent Night」(1935)3000万枚
(4)Bill Haley and His Comets「Rock Around the Clock」(1954)2500万枚
(5)Wiz Khalifa feat. Charlie Puth「See You Again」(2015)2090万枚
(6)Mark Ronson feat. Bruno Mars「Uptown Funk」(2014)2000万枚
(7)Whitney Houston「I Will Always Love You」(1992)2000万枚
(8)Elvis Presley「It’s Now Or Never」(1960)2000万枚
(9)USA for Africa「We Are the World」(1985)2000万枚
(10)Ed Sheeran「Thinking Out Loud」(2014)1950万枚
※「Thinking Out Loud」以外の曲はすべて全米・全英ともに1位
・第58回グラミー賞で「Song of the Year」獲得
・英チャートではTOP 40に52週間(1年間)ランクインする新記録を打ち立てる。
Queen「Killer Queen」
発展途上の溌剌さがつまった、伸び代のある全英2位。アルバムも。
∨4th シングル(1974年10月21日発売)
3rd アルバム『Sheer Heart Attack』(1974年11月8日発売)収録
作詞・作曲:Freddie Mercury/プロデュース:Roy Thomas Baker & Queen
レーベル:EMI (UK) / Elektra (US)
全英2位、全米12位 アルバムも全英2位、全米12位

・シングル:1974年11月10-16日/17-23日 2週連続全英2位
・何が1位:David Essex「Gonna Make You a Star」(11月10-16日→11月24-30日 3週連続)
・アルバム:1974年11月24-30日 1週のみ全英2位
・何がアルバム1位:Elton John『Elton John’s Greatest Hits』(11月24-30日→75年1月26-2月1日 10週連続)


次回の爆音アワーは・・・

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