南河内万歳一座座長・内藤裕敬インタ
ビュー~23年ぶり再演『唇に聴いてみ
る』令和ニッポンの原点を問う~

1980年に大阪で旗揚げしてから2020年で40周年を迎える南河内万歳一座。令和を迎えて初めての東京公演で、昭和の匂いが漂う初期の代表作を『~21世紀様行~唇に聴いてみる』(読み方は「にじゅういっせいきさまゆき、くちびるにきいてみる」)と題し、23年ぶりに再演する。舞台は、1970年代半ばのマンモス団地。「高度成長が一段落したあの頃から今へと続く現代が始まった」と語る、作・演出で座長の内藤裕敬に、これまでの活動を振り返ると共に、演劇への思いを聞いた。
--南河内万歳一座は、1980年10月に大阪芸術大の学生有志によって結成され、2020年に40年目を迎えます。その特別企画として今回の公演上演するそうですね。
40周年企画は、丸40年間をやりきった2021年にやる予定です。それに向けて2018年からの3年間に、メモリアルな作品の再演と、大阪の若手劇団との合同公演の2本柱でやろうと思っています。
--1980年代、大阪の劇団は東京ではほとんど無名でした。その中で、南河内万歳一座が東京公演の先鞭をつけ、大阪の演劇史を牽引してきました。
80年代は、ちょうど僕らの世代が、大阪で頭角を現してきた時期。「劇団☆新感線」やマキノノゾミ、生瀬勝久もいたし。僕はもともと東京出身だったので、大阪の劇団が東京で公演することがハードルの高いことだと思っていなかったので、東京公演を気軽に行なっていました。大阪にいると、東京へ行くならそれなりの覚悟で、という考えがあったけど、僕は「そんなことないよ」と言っていたね。だから、僕らの東京公演をきっかけに、他の大阪の劇団にもフォーカスが当たったところは確かにある。東京の一極集中が続き、地方で小劇場の劇団が旗揚げしたところで長続きしないという冷めた見方が強かった中で、僕らがやっていると言うのは大切だったと思いますね。そうしないと、地方の有能な人材は流出してしまいます。
映像ではできない表現を演劇で追求したい
--大阪から見ると、東京の演劇状況はどうですか?
全く見えないですよ。ネット環境が進歩して、宣伝やパブリシティーも全部ネットの中に収まっちゃって、紙媒体も少なくなったから。僕らがやってきたチラシの配布やポスター貼り、チケットの手売りも徐々になくなっていくんだろうなあ……。今では劇団の情報を知るには、劇作家や俳優たちのツイッターだものね。全否定はしないし、劇団のホームページは更新していくけど、SNSとか僕たちには似合わない。だから、そんなことしない(笑)。そういう劇団があってもいいんじゃないかな。
--今、漫画やアニメ、ゲームの2次元の世界を3次元の舞台作品にした「2・5次元」が花盛りです。
そうだってね。2・5次元は、舞台効果で使われる映像技術が進歩して、表現の幅が広がってきた。でも、それが演劇の発展につながっているとは思えないんだよ。演劇の本流ではない。僕たちはやっぱり演劇をやりたい。映像を使わずに人がどう演じるのか、工夫を重ねることで演劇は発展する。だから、そこにこだわっています。
--今の劇団の状況は?
旗揚げのメンバーで残っているのは、僕を含めて4人。若返りしているとは言っても、20年選手が多い。ただ、今回の公演の出演者には、オーディションで選んだ、大阪芸術大学の教え子たち※もいます。(※現在、内藤は出身校である大阪芸術大学の教授を務めている)
--大学で教えていて、今の若者たちの印象は?
僕は今、大阪芸大で演劇の理論を実践も交えて教えています。それが必要だということを学生たちは分かっているけど、どうやったら俳優として売れるのかとか、身の振り方ばかりに気を取られすぎていると感じるね。僕らが若い頃は、実力を上げないと通用しないと思ったから、難しい知識まで蓄えたものだけど。 
--若いと言えば、内藤さんご自身がまだ20代の時に書いたのが『唇に聴いてみる』ですね。
今回の再演を機に読み返してみて、書いた26歳の頃のことがよみがえってきました。まだ戯曲を書き始めたばかりで、頭を抱えながら一本一本書いていたんだなと。『唇に聴いてみる』は、蓄積したノウハウを何とか一本にまとめて、今ある力を発揮できる構成にしようと思って、書き上げたんです。とても意欲に満ちているな、と他人事のように感じました(笑)。初期の集大成的な作品ですね。
--1988年に第32回岸田國士戯曲賞(白水社主催)で最終候補となりました。雑誌『新劇』(1988年3月号)に掲載された選評を読むと、審査員の唐十郎氏は「これはウルトラ・センチメンタリズムとドタバタのシーソーゲームになっている」とコメントしています。ご自身では、どう受け止めましたか?
そう言われてみるとそうだなと思いましたね。当時ノスタルジックな作品が多かったので、ベタベタにならないようにしたら、センチメンタルになった。この作品の評判が良くて、自分のオリジナル作品の中では一番多く再演を重ねています。折に触れ再演してきたので、「もういいんじゃないか」と思って1996年を最後に封印をしたんだけど、観客の再演リクエストも常にトップだし、劇団員たちも強く望んだので再演することになりました。でも、今回がおそらく最後の再演になるでしょう。
70年代半ばの団地に映る現代ニッポン
--『唇に聴いてみる』を初めて見る観客の皆さんに向けて、作品を紹介してください。
野原の中に造成されたマンモス団地で育った青年が、ある朝、近くの空き家が放火されるのを目撃します。彼が第1通報者となり、捜査員から事情を聴かれるところから物語は始まります。犯人は誰か? 団地内のスーパーに客を奪われた地域の商店主や、団地のオバサンたちも登場。犯人捜しをする「現在」と、青年が失われたものを回想する「過去」が交錯しながら、1970年代半ばの団地コミュニティーが描かれます。
--団地が重要なモティーフになっていますね。
僕は、東京・ひばりヶ丘団地の近くで育ちました。クラスメートのほとんどは団地っ子でした。僕は団地コミュニティーを外側から観察していたんです。団地の中にスーパーとか何でもそろっているし、友達の家もあるし、最初は楽しそうだなと思っていた。でも、だんだん、そうでもなくて、しんどい人もいるんだなと気づいたし、閉塞感も覚えました。隣りの目を気にしてみんな見栄を張って、着るものは小ぎれいにしているけど、家の中はそうでもない。見えない闘いがあるんだなと感じましたよ。
--団地とはどんな場所だと捉えていますか?
当時、団地の内側は都市で、その外側は雑木林や畑が残っていた。近代と前近代がせめぎ合っていて、ちょうど1970年代中盤の原風景。住んでいるのはサラリーマン世帯ばかりで、じいちゃんやばあちゃんはあまりいなかった。僕は、核家族化が日本の社会構造を変えたと考えている。その象徴が団地なんです。ただ、団地がもはや前近代的な居住空間になってしまった現代において、果たしてこの物語は通用するのか? それが一番の問題だっただけど、台本を読み返してみて、今と全然変わらないものがあった。それで思ったんです。現代とは、経済成長がやや落ち着いてきたあの時代から始まったのだと。そこで今回の再演にあたり、公演タイトルに「21世紀様行」を加えたのです。
--つまり21世紀の私たちに向けて、ということですね。
そうです。「この現状をどう見ますか」 という問い掛けです。劇中、青年が回想シーンで、「あの頃僕は、唇に何を聴いていたのか? 強く噛むたびに額に駆け登ったのは一体何だったのか?」と反芻する。唇をかんだ瞬間、何かを思うよね。喪失感に襲われながら、胸の中に何かを聴いているんです。
--令和を迎え、時代の曲がり角に行き当たっている気がします。
令和元年というけれど、日本の一番顕著な「元年」は、1945年の終戦だったと思う。そこから復興へと向かう勢いが、高度成長を支えてきた。戦争で多くの人を失い、ベビーブームが到来し、東京に人口が集中する。その流れの中から巨大団地が生まれる。「風が吹けば桶屋が儲かる」式に、いろいろなことが起きた。転がり続ける石が、どこかにぶつかって、逆の方向や上にはねながら、戦後復興から高度成長への道を突っ走ってきた。でも、阪神大震災や東日本大震災などに見舞われ、原発事故が起こるに至り、日本が犯してきた過ちが露呈し、ほころびが出てきた。もう転がらずにブレーキを踏んで、「成長しなくてもいい」という考え方に方向転換する時期に来ているのに、未だに昭和の成長神話を信じ続けている。先行き不安の社会保障制度問題とか不都合な事実は伏せたまま。2020年の東京五輪・パラリンピックや2025年の大阪万博は、その典型だよね。この、近代が行き詰まった現代のスタートラインが団地にあったと思うんです。だからこそ『唇に聴いてみる』を見たら、この半世紀近くの間に自分たちが失ってしまった大切な何かが、見えてくるのではないでしょうか。心の痛みを覚えながら。
取材・文=鳩羽風子  写真撮影=安藤光夫

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