パスピエ・大胡田なつきを開花させた
カルチャーたち1(Book編)

今年(2019年)10周年を迎えたバンド・パスピエ。大胡田なつき(Vo.)による印象的なアートワークやMVなど、その登場からすでに、バンドの背景には数多くのカルチャーが見え隠れしていた。ニューウェイブやテクノ、クラシックを取り入れたバンドサウンドだけでなく、オリエンタリズム、日本舞踊、近代文学など、さまざまな要素の香りを複合的に漂わせ、10年という時間をかけて、パスピエは唯一無二のロックバンドへと成長していった。

そこで、ミーティアでは、パスピエの豊潤なカルチャー要素の中心を担う大胡田なつきにフォーカスした連載企画をスタート。序盤のテーマは、本、イラスト、音楽、ファッションの4つ。彼女に影響を与えた作品について掘り下げていくことにする。

第1回は「Book編」。大胡田なつきを開花させた3冊の本を持参してもらい、それぞれの出会いや魅力、自分への影響について語ってもらった。

Photography_Yuki Aizawa
Interview & Text_Sotaro Yamada
Edit_Alex Shu Nissen

1冊目 島崎藤村『島崎藤村詩集』

大胡田 : 『島崎藤村詩集』は家にあった本で、小学2年生の頃に読みました。意味は全然わからなかったけど、アイテムとして好きだったんです。わたし、見た目から入るタイプなので(笑)。

――かなり年季が入っていますね。

大胡田 : 結構ボロボロですね。奥付には昭和43年発行って書いてある。小さい時から、古典が好きだったんです。たぶん、歴史的かな遣いの見た目や響きが好きだったんだと思う。略されていない言葉の丁寧さにも惹かれました。今だったら「ら抜き言葉」という言葉があるように、「た」とか「ら」は抜いてしまいますよね。でも古典にはそれがない。そうしたまわりくどさも含めて好きでした。寺山修司の詩集も好きだったけど、寺山と藤村の詩は全然違うんですよね。

――それも小学生の頃ですか? 島崎藤村と寺山修司の詩集を読んでいる小学生って……渋すぎる(笑)。

大胡田 : 寺山修司は一読して意味が通じるし、描かれていることが想像できる。それに比べて島崎藤村は時代が古いし、描写の仕方がぜんぜん違う。読み比べて、どちらも好きだけど、古典って素敵だなあと思っていました。
――家にあったということは、ご両親が読んでいたんでしょうか。

大胡田 : おそらく母か、母の妹が買った本だと思います。パパはこういう本、興味ないと思うので。

――渋いチョイスですよね。数ある近代詩のなかから、なぜ島崎藤村だったのか、気になります。

大胡田 : パッと開いて最初に読んだ詩を気に入ったんです。それが『初恋』という詩の一節でした。

やさしく白き手をのべて 林檎をわれにあたへしは 薄紅の秋の実に 人こひ初めしはじめなり

大胡田 : 「素敵! こんなの誰も読んでなくない?」と思っていたんです。今にしてみれば、当時は本当に何もわかっていなかったんだろうなと思うけど、こういう本を読んでいる自分が好きだったんです。まあ、結局カッコつけていたんですね(笑)。

――なぜ、そういったものを好きになったと思いますか? 小学2年生って、一般的にはアニメや特撮モノに夢中になる人が多いと思うのですが。

大胡田 : もちろんポケモンとか、人並みにそういうものも好きでした。でもいちばん好きだったのはこういう古典や、『ファーブル昆虫記』。好きなものの見た目が、子ども寄りではなかったのかもしれないですね。

――それは、母親の影響でしょうか?

大胡田 : 母と、曽祖父母の影響もあるかもしれません。家のすぐ隣に曽祖父母の家があったんです。そこで大正琴を教わったり、曽祖父が開く詩吟の集まりに参加したりしていました。曽祖父は詩吟の先生だったんです。だから詩吟のリズムや言葉の響きに自然と惹かれていきました。曽祖父母の家には俳句や詩吟が壁に飾ってあったので、目からの情報も豊かだったと思います。

――詩吟の先生だったんですか。それは、大胡田さんの言語感覚を形成する上でかなり影響を与えていそうですね。島崎藤村の詩も、『初恋』の部分がすごく良い例ですが、色彩感覚が強いですよね。現在の大胡田さんの作詞の特徴に強く影響していると思いました。

大胡田 : そうかもしれない。藤村の詩集は何回も読みました。『ヨアケマエ』という曲も書きましたし。まあ、藤村の小説『夜明け前』は、曲をつくる前は読んでいなかったし、内容が社会派すぎてちょっと苦手なんですけど。
(パスピエ『ヨアケマエ』MV)

――でも近代詩集を読んでいる小学生って珍しいですよね。谷川俊太郎さんやまどみちおさんの詩ならまだしも。

大胡田 : 谷川俊太郎さんやまどみちおさんは教科書に載っていますしね。でも藤村の詩には独特のリズムがあって、読んでいて気持ちが良いんです。
島崎藤村『島崎藤村詩集』

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2冊目 手塚治虫『ブラック・ジャック
』(+『人間昆虫記』)

大胡田 : これも親の影響ですけど、手塚治虫さんの漫画が大好きなんです。小さい頃はあまり身体が強くなくて、家で寝ていることが多い子どもでした。そういう時に、母が持っていた文庫サイズの手塚治虫さんの漫画をたくさん読んだんです。小さい頃って、具合が悪くても結構元気じゃないですか?

――そうですね。大人になってから38度の熱を出すと死にそうなくらい苦しいけど、子どもの頃はもっと楽だった気がします。

大胡田 : 38度ならラッキーくらいの気持ちでしたよね。家で休みながら、巻数の多い漫画を読んでいました。『ブラック・ジャック』は本当にめちゃくちゃ好きで。もう何周しているかわからないくらい何度も読み返しています。だからこれだけ長いのに(文庫で17巻)、ほとんどの話を覚えています。めちゃくちゃ好き!
――今回、選んでいただいた3冊のなかでは、『ブラック・ジャック』がいちばんポップな気がしました。

大胡田 : 絵も好きなんです。この、動きのある線とか。アニメや映画も昔のものが好きで、デジタルっぽくない、手で描いているような作品に惹かれるんですね。今は、すごく整ったきれいな絵が多いじゃないですか。そういう技術がなくても描けるものは、その人自身という感じがする。

――絵が好きで、作品も好きになったんですか?

大胡田 : いや、最初は話の内容からでした。『ブラック・ジャック』の世界は、自分の知り得ない世界だけれどもたしかに現実にある世界ですよね。それを覗ける面白さにまず惹かれたんです。うん、めちゃくちゃ好き(2回目)。

――キャラ萌えもありそうですね。

大胡田 : キャラ萌え、あります(笑)!! もちろんブラック・ジャック推しで。

――そういう男の人が好きなんですか?

大胡田 : そういうことではないですけど(笑)。でも「実は優しい」というのは素敵ですよね。最初はがめつい系だけど、だんだん優しさが見えてくる。

――ギャップ萌え?

大胡田 : ギャップ萌えです。あと、手塚治虫作品全般に言えることだけど、微妙に出てくるSF感も好きなんです。

――そういえば以前のインタビューで「手塚治虫さんが凄すぎるので、漫画は手塚治虫さんのものしか読んでいなかった」ということをおっしゃっていたのを思い出しました。
大胡田 : だから手塚治虫さんを読むと、小さい頃にずっと寝込んでいて、疲れているけど案外楽しいなとも感じていたあの感覚を、いまだに思い出します。親があの時寝床に持ってきてくれたゼリーがおいしかったなとか、そういう細かいことを。

――手塚治虫さんってものすごく作品数が多いですけど、もしかしてコンプリートしていたりとか……?

大胡田 : ちょっと抜けがあるんですけど、秋田文庫のものはほぼ持っていると思います。大人になってほとんど買い揃えました。文庫サイズの漫画が好きなんです。『ノーマン』『時計仕掛けのりんご』『MW』(ムウ)『どろろ』などなど……。

――もうひとつ『人間昆虫記』を持ってきていただいていますけど、これは『ファーブル昆虫記』が好きだった影響でしょうか?

大胡田 : この作品は、本当に話が完成されているなと感じるんです。これも初めて読んだのは小学生の頃で、当時、すごく斬新で面白く感じたんですよね。主人公の女性が出会う人たちの能力をどんどん自分のものにしていく、という話なんですけど、この主人公に対する憧れがありました。手塚治虫さんの漫画から1作品だけ選ぶなら『ブラック・ジャック』だけど、やはり巻数が多いので、1冊だけ選ぶとしたらということで『人間昆虫記』も持って来ました。

――ちなみに漫画と小説と詩は、昔から同じくらい読んでいたんでしょうか?

大胡田 : いや、文字だけの本の方がだいぶ多く読んでいました。それらはだいたい母の本棚にあったものなので、ちょっと大人びていたかもしれません。

――なるほど。なんだか、大胡田さんのお母さんに興味が湧いてきました。

大胡田 : 母はぜんぜん私と違うんですよ。ただ、成長するにつれて母に似てきたと感じています。人との会話における、敬語と敬語じゃない言葉の使い方とか、好きなものに対する態度とか、そっくりなんです。

――敬語と敬語じゃない言葉の使い方?

大胡田 : 完全な敬語じゃなくても大丈夫な相手っているじゃないですか。たとえばスタッフさんとか。そういう人に、それまで敬語だったのに突然「でしょー!?」とか言ってしまう。敬語と敬語じゃない言葉の混在具合や切り替わるタイミングが、すごく似てるんです。自分で話していて「あれ? この話し方、聞いたことあるな。……ああ、母か」と思うことがよくあります。

――年齢を重ねると同姓の親に似てくるって、よく言いますしね。

大胡田 : そうですね。順調に成長しております。
手塚治虫『ブラック・ジャック』

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3冊目 魚喃キリコ『魚喃キリコ短編集
』(+『blue』『strawberry shortcak
es』)

――たしか大胡田さんが最初に出会った魚喃キリコ作品は『blue』でしたよね。高校卒業後に東京に来て、友だちの家にあったものを偶然読んだという。

大胡田 : そうです。でもいろんな年代のいろんな話が収録されているものがいいかなと思って、今日はこの短編集を持って来たんです。『魚喃キリコ短編集』も18歳~20歳の頃に読んだ漫画です。読むとわかるんですけど、時期によって線の書き方が違うんです。

――魚喃キリコさんの作品には、真っ白なページや、白い背景に少しだけ文字が書かれているページが結構ありますよね。

大胡田 : そう、言葉やコマ割りがなくても伝わるのがすごいですよね。それから、キリコさんの描く人物の「人間っぽさ」が好きなんです。スーパーヒーローや美男美女じゃない、夢ばっかりの話じゃないところが好きです。
――今、見ていて気付いたんですけど、魚喃キリコさんの描く女性の指は、大胡田さんの描く女性の指に少し似ていますね。

大胡田 : すごく影響を受けていると思います。めちゃくちゃ好きですから! キリコさんは線を描く時、きれいになりすぎないように、強弱や揺れがあるように描き直すとおっしゃっていて。そういうところはマネしています。

――魚喃キリコさんの作品には『blue』を読んですぐにハマったんですか?

大胡田 : そうです。今まで読んできた漫画のイメージとまったく違ったんですよね。

――たしかに手塚治虫さんと魚喃キリコさんの作品には、かなり違いがありますね。

大胡田 : わたしのなかでは、手塚治虫さんは「ザ・漫画!」、魚喃キリコさんは「作品」という感じですね。『魚喃キリコ短編集』はたしか、池袋のヴィレバンでジャケ買いしました。その頃はまだキリコさんの作品だと知らずに買ったんです。

――大胡田さん、ヴィレバンで買い物していたんですね。……いや、なんか想像したら、やたら似合うなあと。特にデビューの頃。

大胡田 : ヴィレバンって楽しいですよね。自分の興味がないものもつい買っちゃう。思いがけない出会いがあって、素敵だなあと思います。

――魚喃キリコさんの作品のなかで、いちばん自分に影響を与えている作品はどれだと思いますか?

大胡田 : 影響でいうと『strawberry shortcakes』かなあ。同じ本に4人の女性の人生が入っていて、しかもその4人が特に関わりあうわけでもないのに1冊の本になっている。それは小説っぽいと思ったんです。自分が女だからこそ、これほど気に入っているのかもしれないな、とも思います。

――女だから?

大胡田 : 他人事じゃないというか。全然経験したことのない話なんですけど、ここに自分がいてもおかしくないなと思える。ただの漫画ではない、全然ファンタジーではない。自分にとってリアリティがすごくあったんです。

――なるほど、たしかに。初期の作品も全然古びていなくて、いま現在進行形で起きていることだという感じがしますよね。

大胡田 : 普遍的なことを描いていますよね。しかもあんなに抑制して描いているという。余計な線や背景がまったくない。

――10代後半の頃の感性にもグッと来たし、絵を描く人としても影響を受けているということですね。

大胡田 : かなり影響を受けていますね。横顔とか、めっちゃマネしましたもん(笑)。特に目の描き方はかなり影響を受けていると思います。
魚喃キリコ『魚喃キリコ短編集』

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第2回へ続く

作品情報

パスピエ 5th Album
2019.05.22
『more humor』

WPZL-31587/88 ¥3,241円+税

[収録曲]
01 グラフィティー
02 ONE
03 resonance
04 煙
05 R138
06 だ
07 waltz
08 ユモレスク
09 BTB
10 始まりはいつも

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パスピエ・大胡田なつきを開花させたカルチャーたち1(Book編)はミーティア(MEETIA)で公開された投稿です。

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「Music meets City Culture.」を合言葉に、街(シティ)で起こるあんなことやこんなことを切り取るWEBマガジン。シティカルチャーの住人であるミーティア編集部が「そこに音楽があるならば」な目線でオリジナル記事を毎日発信中。さらに「音楽」をテーマに個性豊かな漫画家による作品も連載中。

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