「異才ピアニスト」紀平凱成~待望の
デビューリサイタルでみせた感性と魅

弱冠18歳にして「異才ピアニスト」として活躍するピアニスト・紀平凱成(きひら かいる)。昨年は、青島広志が手がける『世界まるごとクラシック2018』(東京国際フォーラム)を始め、eplus LIVING ROOM CAFE & DINING『サンデー・ブランチ・クラシック』や『STAND UP! CLASSIC FESTIVAL 2018』(横浜赤レンガ倉庫)への出演を果たし、飛躍の年となった。その紀平が、4月7日、待望のデビューリサイタルを東京の浜離宮朝日ホールで行った。暖かい春の日差しが降り注ぐ休日の昼下がり、満開の桜で彩られた会場には、子ども連れのファミリーから年配の方まで、幅広い年齢層の聴衆が集まった。今回のプログラムは、得意とするニコライ・カプースチンを主軸に据えつつ、紀平が作編曲した作品を散りばめた力作。リサイタルから見えた紀平の「今」をレポートする。
音と情景に向き合う中で生じたインスピレーションを聞く
紀平凱成
紀平凱成
デビューリサイタルという演奏家にとっては緊張を伴う場面。暖かい拍手に迎えられて、ステージに登場した紀平は、鍵盤に向きあうと深い深呼吸と伸びをしてから、演奏に入った。冒頭を飾ったのは、オリジナル作品の「テイキング・オフ・ロンリネス(Taking off loneliness)」。そよ風に乗せて運ばれてきたような繊細かつ爽やかなメロディが耳に心地よい。すべてを優しく包み込む丁寧な演奏で、会場には優しさの和が広がった。続く2曲目も紀平のオリジナル作品。「ロック・デッドリー・ファースト(Rock deadly fast)」というタイトル通り、音符が踊るように配された冒頭では、会場に愉しさが溢れた。一転して、優美かつ雄大な旋律が展開される中間部では、巧みに物語が紡がれていった。幼い頃から、一度しか聞いたことのない曲をエレクトーンで再現し、自然に覚えた和音に『風の音』や『雨のしずく』、『鳥のさえずり』といったコードネームをつけていたという紀平。次々と生まれ出てくる瑞々しい彼の発想を聞き、これまでに歩んできた道のりと感性が垣間見えた気がした。
紀平凱成
紀平凱成
「今日は来てくれてありがとう」という挨拶に続けて演奏されたのが、ラフマニノフの前奏曲嬰ハ短調。“鐘”の愛称で親しまれ、ロシアの民族的な情念が凝縮された傑作として知られている。特徴的な冒頭の三音からなるテーマを、紀平は威厳さに満ちた、重厚な輝きをもって奏する。ピアニッシモであってもはっきりとした輪郭をもつ音の粒で奏でられる和音は、澱みのない紀平の内面を映し出すかのようで、教会の鐘の音がはるか遠くから聞こえてくる情景を巧みに表現した。
紀平凱成
紀平凱成
そして、紀平が得意とするカプースチン。クラシック音楽にジャズの要素を取り入れた彼の作品には、弾くものの力量を試すような難曲が多い。今回選ばれたのは、「夜明け」、「トッカティーナ」、「24の前奏曲より11番」、8つのコンサートエチュードより5番「冗談」という4作品。流麗でありながらも、温かみのある紀平の音色が心地よく響き渡り、身を任せた。どの曲も聴き応え十分だったが、なかでも印象に残ったのは「夜明け」の演奏。夜の時間が終わりに近づき、朝日を心待ちにする胸の高鳴りが、ジャズの空気を纏った疾走感のある演奏で表現された。
リサイタル前半の最後は、キューバの作曲家レクオーナによる「マラゲーニャ」。マラゲーニャとは、スペイン南部アンダルシア地方のマラガに伝わる民謡のことで、この小品は組曲「アンダルシア」の終曲となっている。地中海に面し、西洋とアラブとの接点となってきたマラガ。照りつける日差し、そして純白の街並みが特徴的なこの街に残る異国情緒と溢れんばかりの曲想を、紀平は心沸き立つ演奏で聞かせ、会場からは惜しみない拍手が送られた。
紀平凱成

紀平凱成
紀平凱成
第二部はドビュッシーの「月の光」で始められた。誰もが知るこの名曲に紀平は瑞々しい演奏で真っ向から挑み、美しい旋律を混じりけのないストレートな演奏で聞かせた。カプースチンを始めとした難曲をさらりと弾きこなす普段の演奏とは一転して、聴くものの心に染み入る好演であった。

続く一曲は、紀平が手掛けたアレンジ「虹の彼方に」スペシャルメドレー。ミュージカル映画『オズの魔法使』の劇中歌として知られる「虹の彼方に」から始まったモチーフが、最後には坂本九のヒット曲「見上げてごらん夜の星を」へと繋げられた。雨上がりの夜空が次第に満天の星空へと移り変わっていくという空の時間の移ろいを描き出したアレンジに、音楽を捜し求める紀平の旅が重なる。米国の作曲家ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」から始まったガーシュウィン・メドレーでも、誰もが一度は耳にしたことのある名曲の数々を華やかで上品な作品へとアレンジし、才能の片鱗をのぞかせた。
紀平凱成
リサイタルの最後には、オリジナル作品の「ウインズ・センド・ラブ(Winds send love)」とカプースチンの「変奏曲」が奏された。前者は、古典的とも言うべき様式感が残されつつも、音と情景に向き合う中で紀平が受けたインスピレーションを追体感できる一曲。また、「変奏曲」は、曲がもつ祝祭的で煌びやかな曲想をダイナミックな演奏で表現し、1時間半に亘るリサイタルの最後を飾る一曲として相応しいものであった。プログラムを終え、ステージを後にする紀平の背中には鳴り止まぬ拍手とアンコールの声が届く。それに応えた紀平は、カプースチンの「ビッグ・バンド・サウンズ」を演奏し、再び会場は大きな拍手に包まれた。
紀平凱成
今回のリサイタルでは、事前販売でチケットが売切れ、聞き逃した方も多いはず。幸い、渋谷 eplus LIVING ROOM CAFE & DININGでのアンコール公演(2019年6月24日)が決定している。早くもデビューリサイタルで、クラシック音楽とジャズ、そして魅力的なオリジナル作品を聞かせた紀平の「これから」にも注目したい。
2019.4.7 紀平凱成ホールデビューピアノリサイタル@浜離宮朝日ホール ダイジェスト映像
取材・文=大野はな恵 撮影=山本 れお

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