【連載】Vol.068「Mike's Boogie St
ation=音楽にいつも感謝!=」

1960年代に数多くのソウル・ミュージック名作を誕生させたダン・ペン&スプーナー・オールダム。20年ぶりの来日公演に感動!
▲for Mike’s Collection

1960年代中期から後半にかけてローリング・ストーンズと同じくらい聴きまくっていたサザン・ソウルだが、中でもジェームス・カーの「The Dark End Of The Street」が大好きだった。当時の僕はどうしてもジェームスのLPが欲しくてアメリカに留学中の友人にお願いしてエア・メール便で送って貰ったことがある。今やサザン・ソウルの名曲として語り継がれている「The Dark End Of The Street」の作者がダン・ペン。そしてダンと古くから友好を深めたのがスプーナー・オールダム。これまで二人は素晴らしい楽曲を共作している。言うまでもなくスプーナーは卓越したキーボード奏者でありソングライターだ。
この二人が揃っての日本でのステージは20年ぶり。
3月16日Billboard Live TOKYOでのファースト・ステージ前、ダン・ペン&スプーナー・オールダムにいろいろ聞いた。
Mike:日本へようこそ、20年ぶりのお二人での日本公演です。まずダンさんにお尋ねします。音楽との出会いからお願いします…。
Dan:アラバマ州ヴァーノンの生まれなんだ。父がギターを母がピアノをちょっと弾いていたんだ。音楽好きの両親が私を教会に連れて行ってくれた。二人でよく教会で演奏して歌っていた。そんな姿を見ていたんで、自分も自然と教会で歌うようになったんだ。
10代の中頃だと思うけど、エルヴィス・プレスリーを聴いてから私の中で音楽の世界が大きく花開いた。その後は黒人シンガーの音楽を聴くようになったね。自分の部屋に小さなラジオがあってナッシュビルのステーションWLACに耳を傾けていた。そのラジオ局は黒人音楽を沢山オン・エアしていた。とても衝撃的だった。こうして私はどんどん黒人音楽にのめり込んでいき、自分でもギターを弾いて歌うようになったんだ。マッスル・ショールズでリック・ホールに出会ったのは1950年代末、私がまだ10代の頃だった。
M:リックは貴方を「レイ・チャールズの様に歌う素晴らしい歌手!」と絶賛したそうですね!
D:ああ、レイ・チャールズは上手く歌えるよ。レイ・チャールズやジョニー・ブラウン他、多くの黒人シンガーの曲を歌っていたかたね。ある晩アラバマ州バーミンガムでの自分のライヴ終了後、別のクラブに遊びに行くとチャールズ・フレイという男がオルガンを弾きながらレイの様にシャウトしていたけど私が思うに最高のレイ・チャールズではなかった。レイに関してとても自信があったんだ。
*レイ・チャールズ楽曲をいくつか歌っていただいたのです。

M:そして1960年にファースト・レコーディング、「Crazy Over You」。
D:そうだ。いや59年だったかもしれない。ビリー・シェリルという人物が私を音楽ビジネスへと引き入れてくれた。まだ大学生だった頃、私はアラバマ州ショーターで自分のバンドを率いてステージに立ったりセッションをしたり…。そのバンドのサックス奏者がビリー・シェリル。彼が「曲を作れるか」と尋ねるから「もちろん」と答えた。二人でフロレンスに行って楽曲を作ってレコーディングしたんだ。A面はビリーが書いた曲「Crazy Over You」、B面が私の「You Don't Treat Me Right」。でもいつの間にかビリー・シェリルの名がダン・ペンにすり替わっちゃった。「Crazy Over You」をダン・ペンは書いてはいないんだ…。
M:その後ソングライターとして頭角。コンウェイ・
トゥイッテイにも楽曲提供。
D:コンウェイの「Is A Bluebird Blue?」の頃、彼は純粋なカントリー・シンガーというわけではなかった、ポップだった。「Is A Bluebird Blue?」を歌う彼はその生涯で一時だけロックンローラーだったんだ。後に彼は純粋なカントリー・アーティストで有名になっていった。

M:貴方が1960年代モータウン、スタックスやハイのメンフィス・ソウル、ニュー・オールリンズ、そしてリトル・アンソニー&ジ・インぺリアルズなど幅広くR&Bを聴きまくっていたという記事を読んだことがあります。
D:そう、私はいろんなフィールドの黒人音楽を楽しんでいた。リトル・アンソニー、すごくいいよね。
*またまた歌っていただきました。♪Going Out Of…
M:スプーナー・オールダムさんとの出会いの経緯を教えてください。
D:スプーナーと私はアラバマ州フロレンスのトム・スタッフォードの家で出会ったんだ。友達になってちょっと話すようになって、段々と親しい間柄に…。1965年までに彼と共作した楽曲が多くのアーティストによってレコーディングされた。ジョー・サイモンの「Let’s Do It Over」とか。彼は最高のR&Bシンガーの一人だよ。

Spooner:その頃ダンとリンダが結婚したんだ。
D:これまでふたりでは152曲ほど一緒に作っている。
M:ソングライターとしての最初のヒットはジェイムス & ボビー・ピューリファイ「I’m Your Puppet」ですか。
S:実際には、最初のヒットは「I’m Your Puppet」でなく「Let’s Do It Over」なんだ。チャートでみるとこっちのほうが先だから。「I'm Your Puppet」は、ダンが12弦ギターを買った時だったね。
D:そう、12弦ギターを買ってそのギターで最初に書いて弾いたのがこの曲だ。こんな風に始めて…♪Pull a string…♪、でリフを弾いて曲を作り始めてね、12弦ギターにぴったりだった。そこから発展させて、あとは流れのままに作ったんだ。
M:とても洗練されています。
D:私達にとってはかなりあか抜けている。殆どその場で展開して出来上がったんだ。二行くらい作ったら、そこから自然に出来上がった。書いてから手直しせずにさっと流れに乗って出来た。

M:その後メンフィスに移り、チップス・モーマンと「The Dark End Of The Street」を共作。ジェームス・カーで注目を集めました。

D:ジェームス・カーは素晴らしいシンガーだ。彼の「You Got My Mind Messed Up」も大好きだ。「The Dark End Of The Street」はメンフィスで書き上げたんだけど、メンフィスでは良い曲を書けば仕事が続いて来る。次の曲も良ければ誰であろうとかまわず取り上げてくれる。ジェームスは少しナーバスになっていたけど、アメリカン・サウンド・スタジオのレジー・ヤングやボビー・エモンズがいろいろサポートしてくれた。ジェームスに楽曲について説明し、チップス・モーマンと私はコントロール・ルームに移ったんだ。ジェームスはマイクの前で歌い出せないでいる。チップスが「ダン、歌って見せてやれ」って言うんで、私は彼のヘッドホンをもらって歌って聴かせることにした。ジェームスはきょとんとして「歌ってくれるんですか」って。当時は俺も結構歌が上手かったんだ。自分ではベストな歌いが出来たと確信した。歌い終わると、ジェームスが「OK大丈夫です」。レコーディングは無事に終了。私はバック・コーラスとしてちょっと参加した。最後の方の黒人女性の「ハハアー」ていう声は私なんだ。
M:アレサ・フランクリンとも仕事しましたね。
D:ある時チップスが私とリンダをディナーに招待してくれた。彼の家で一緒に「Do Right Woman - Do Right Man」を書いたんだ。マッスル・ショールズでジェリー・ウェクスラーのプロデュースでこの曲のバックトラックを制作。ジェリーがサビの部分の歌詞も欲しいというのですぐ用意した。彼に連れられニューヨークに行った。8トラックのスタジオでアレサはこの曲をレコーディング、ピアノを弾いて歌ったんだ。ジェリー、チップスらとコントロール・ルームでレコーディングしたばかりのこの曲を聴いた。何と表現していいのか分らないくらいとても素晴らしい出来に仕上がっていた。感動!

M:ではスプーナーさんに音楽との出会いなどをお聞きします。
S:アラバマ州センタースターの生まれ。私が幼い頃、父とその兄弟二人がよくリビング・ルームで歌の練習をしていたんだ。セッションというかレッスンというか、まさに音楽友の会という感じで、父がマンドリン、もう一人がサックスを演奏したりもした。私は訳も分らずその辺に置いてあったギターをポロンポロント(笑)。幼児だったけど、どっぷりと音楽に浸かった。そこにいつも音楽があったのだ。その後ピアノも弾くようになり、従兄達とトリオを組みタレント・ショーに出演したりしていた。10代になるといろんなバンドに加わり、その後にスタジオの仕事をするようになった。こうしたことで曲も書くようになったんだ。
M:1960年代、大学生の頃からはフェイム・スタジオでも仕事も…。
S:フェイムだけではなかった。ひとつのスタジオではなく、いろんな所で仕事をしていた。
D:一つ重要な場所を忘れてるぞ。俺たちが入り浸ってた唯一の場所は、フロレンスのトム・スタッフォードのところだったな。
S:その昔フェイムはスパー・ミュージックと呼ばれていて、私たちは皆そこで知り合いになったんだよ。
D:それで、後に皆が一緒にフェイムで仕事することになったんだ。
S:うん、そんな感じだったかな。
M:どんな曲のレコーディングに参加していましたか?
S:アーサー・アレキサンダーの「You Better Move On」、エッタ・ジェイムズの「Tell Mama」…、沢山ある。アーサーはダンとともに仲良しだった。とても良い奴でよく一緒に仕事した。「You Better Move On」は彼の最初のヒット・レコード。トム・スタッフォードが、アラバマ州フロレンスのシティー・ドラッグストアの上でお父さんから月30ドルで場所を借りていた。トムのお父さんは薬剤師で医者だった、ドクター・スタッフォードだ。スタジオの下の1階で彼の親父は仕事をしていた。ある日トムが私にこう言ったんだ、「シェフィールド・ホテルでベル・ボーイをやってる男がいる、歌が上手いので会ってみようって」。ということでアーサー・アレキサンダーに来てもらい歌ってもらった。でも私がこの曲に参加したのはオルガンのオーバーダブだけだった。初めてのオーバーダブだった。確か2台のモノラルの機械があって録音した。“モノラル・オン・モノラル”(モノラルの上にモノラルをダブ)。その頃、私は10代だった。結構早い時期からレコーディングの仕事に関わっていたんだ。あの当時のビルボード誌やキャッシュ・ボックス誌には地方のチャートがあって、「You Better Move On」はボルティモアで人気があった。その後ラジオでもオン・エアされるようになりヒットした。イギリスのビートルズやローリング・ストーンズといった当時はまだ殆ど聞いたことなかったバンドが、彼の曲をカバーしていた。音楽の世界は狭い。一夜にして状況が変わる。そういうものなのだ…。
M:パーシー・スレッジの「When A Man Loves A Woman」、マック・ライスがオリジナルでウィルソン・ピケットでヒットした「Mustang Sally」、アレサ・フランクリン「I Never Loved A Man」についてお教えください。
S:「Mustang Sally」はマック・ライスのために書いた曲だ。ウィルソン・ピケットのヴァージョンでオルガンを弾いた。「When A Man Loves A Woman」でもオルガンを弾いたよ。
D:でもその曲はスプーナーが書いたんじゃないよね。
S:ああ、私が書いたんじゃない。オルガンを弾いただけだよ。でも時々私のクレジットになっていたりする。「I Never Loved A Man」はアレサ・フランクリン、これもオルガンを弾いた、楽しかったね。

M:その後、活動の場所をロサンゼルスに移します。
S:メンフィス時代は独身だったんだけど、その頃フロリダに住んでいたカレンと出会い結婚。それを機にL.A.に引っ越したんだ。1970年代初頭のこと。同地ではデラニー・ブラムレット、ジョー・コッカー、リンダ・ロンシュタッド、ジャクソン・ブラウン、エヴァリー・ブラザーズほか多くのアーティストのレコーディングやライヴで活動した。70年代半ばにはニール・ヤングのアルバム『Harvest Moon』にも参加。13年前にはCSN&Yのツアーにも参加した。ここ4年位
ニールとは仕事をしていないけど、彼はウィリー・ネルソンの息子のマイカー・ネルソンとルーカス・ネルソンと新しいバンドを演っているよ。

M:では最後に下記について一言お願いします。

*「You Left Me Water Running」オーティス・レディング
D:これはオーティスがデモを作ってくれた。リック・ホールと俺でこの曲を書いたと記憶している。フェイムがプロデュースしていたアーサー・コンレーの大ヒット曲「Sweet Soul Music」をレコーディングした日だった。終了後リックと私とオーティスの三人でコントロール・ルームに入って、リックがオーティスにこう語りかけた「ヘイ、ビッグ・オー(オーティスのニックネーム)、ちょっと歌ってデモを作ってくれない、ダンが書いた曲があるんだ」。私は歌詞をファイナル・チェックして1回だけ歌った。私がコードを弾き出してすぐにオーティスが歌い始め、そして全部を歌い切ったんだ。勿論、私よりずっと上手く。ソウルがあって素晴らしかった。
*「Sweet Inspiration」スウィート・インスピレーションズ
D:私とスプーナーが書いた曲で、大ヒットした。

*「When A Man Loves A Woman」パーシー・スレッジ
S:この曲ではオルガンを弾いた。その日、新しいスタジオでの初めてのセッションに呼ばれたんだ。病院で働いていた初めてレコードを作る人のバックでキーボードを弾いたんだけど、スタジオに入ると見たこともないような赤く輝くプラスチックの塊みたいなオルガンがあって、アンプとオルガンのスイッチを
入れると、ボタンが二つだけあって、一つはマルチトーン・ブースターで、ハチがたくさん唸ってるみたいで頭が混乱して大変だった。もう一つのボタンは、レコードの左側用だった。心臓が温かく感じたね。それがパーシー・スレッジとの最初の出会いだったな。
*「Cry Like A Baby」ボックス・トップス
D:これはスプーナーと二人で書いた。レコーディング・プロデューサーとしても働いた。ニューヨークから電話が入りもっと作品を提供して欲しいということで、このほかに「Neon Rainbow」ほか数曲を制作した。
*協力:河合千春
*インタビュー・ショット:Pic. by K.Sato

インタビュー終了40分後、今度は客席からじっくりとダン・ペン&スプーナー・オールダムのステージを楽しんだ。Billboard Live OSAKAとBillboard Live TOKYOの全6ステージが完全ソールド・アウトのすざましく超人気のライヴ。サザン・ソウルの魅力をソングライター・サイドからじっくり楽しむのも乙なもの。ダンがアコギ、そしてスプーナーがキーボードというシンプルな編成だけど、そこはまさにステージに登場する素晴らしき原作者のパフォーマンス。こんな体験を味わうことが出来るとおもうとぞくぞくしてきてとても光栄に思った。
しっとりとしたムードの中でオープニング「I’m Your Puppet」が始まる。基本的にダンがヴォーカルをとる。“恋のあやつり人形”という邦題がついた男性ソウル・デュオ、ジェームス&ボビー・ピューリファイの66年のヒット。Billboard誌R&Bチャート5位、同誌HOT100で6位を記録。当時FENで毎日数回オン・エアされていたのを憶えている。勿論、僕は日本盤シングルをしっかり購入。DP&SO共作。ダンはMGMで65年にシングルA面として発表。
続いて「Sweet Ispiration」。シシー・ヒューストン(ホイットニー・ヒューストンの母)もメンバーだった黒人女性4人組、スウィート・インスピレーションズの68年のヒット。BB誌R&Bチャートで5位を記録。同誌HOT100でもBEST20内にランク・イン。彼女たちは60年代末から70年代にかけてザ・キング、エルヴィス・プレスリーのバック・コーラスとしても活躍。ふと72年11月のホノルル・インターナショナル・センターでのステージを思い出す…(僕の初めての海外旅行でもあった)。スプーナーがコーラスを担当。ヴァリーエーションに富んだ構成で実にハートフルな仕上がり。DP&SO共作。
そして「Cry Like A Baby」。DP&SO共作のこのナンバーはメンフィス出身の白人ロック・グループ、ボックス・トップ68年のヒット。HOT100で2位を記録。スプーナーは“ブルー・アイド・ソウル”という表現はあまり好きじゃないと語っていたけど僕にとっては60年代末のBESチューン(スミマセン)。スプーナーの途中でのキーボードの入り方がとてもユニーク、その彼が♪Cry Like a Baby…♪パートでコーラス。僕らオーディアンスもつられて一緒にハモらせていただく。
そして、アレサ・フランクリンの「Do Right Woman - Do Right Man」。アレサがマッスル・ショールズでレコーディング中に失踪、改めてニューヨークで完成させたストーリーはよく知られる。アレサのアトランティックでのファースト・ヒット・シングル「I Never Loved A Man(The Way I Love You)」のB面として登場。しかしB面ながらR&BチャートではTOP40入りしている(37位)。邦題は“恋のおしえ”、DP&SO共作。
5曲目はボックス・トップスのためにDP&SO共作した「I Met Her In Church」。プロデュースはダンでアメリカン・サウンド・スタジオ(メンフィス)での録音だった。68年にシングル・カットされHOT100で37位を記録。ミディアム・アップのゴスペル・タッチのナンバーだ。ダンのミュージック・ルーツを感じさせる作品。手拍子で盛り上がりならの♪Hallelujah♪パートは勿論コーラスでもジョインさせていただいた…。

今度はスプーナーが歌う「Lonely Women Makes Good Lovers」。彼がフレディー・ウェラーと共作。ボブ・
ルーマンで大ヒット。72 年Billboard誌カントリー・チャートで2位を記録した。
「You Left The Water」はダン・ペン/リック・ホール/オスカー・フランクの共作。オーティス・レディングが歌ったウィルソン・ピケット用デモ・ヴァージョン。66年のレコーディング。オーティス・ヴァージョンは70年代にシングルとして登場。80年代後半にアルバム『Otis Redding Story』収録された。

そして僕の一番聴きたかった楽曲が8曲目に登場、「The Dark End Of The Street」。ダンとチップスの共作。素晴らしきサザン・ソウル・シンガー、ジェームス・カーの代表作(年は違うけど彼の誕生月日は僕と同じなんだ…どうでもいいか 冷や汗)。67年にR&Bチャート10位、HOT100で77位を記録した名作。ダンが最も気に入っている作品とインタビュー後に何度も語ってくれた。しっとりと歌い上げるダンに見惚れ聴き入りながら自然とコーラスについて行ってしまう…。パーシー・スレッジも聴き逃せないのだ。
続いては「Nobody’s Fool」は71年リリースのダンのアルバムのタイトル・ソング(アルバムにはCCRのカバーも収録)。ダンとボビー・エモンズの共作。前年にシングルを先行リリースしている。ダンがちょっぴりシャウトするところがここの聴きどころだった。
そして「Woman Left Lonely」。DP&SO共作のこのナンバーはジャニス・ジョップリンの遺作として71年にリリースされたアルバム『Pearl』に収録された。“寂しく待つ私”という邦題でも知られる。
11曲目は「I’m Living Good」。このマニアックなR&BソングはDP&SO共作。65年にジ・オヴェイションズがゴールドワックス・レーベルからリリースしたシングル・チューン。スプーナーが♪I’m Living Good♪のところでコーラス参加。
「Ol’ Folks」はしっとりとしたダウン・トゥ・アースなナンバー。DP&SO共作で二人の2000年のライヴ・アルバム『Moments From This Theatre』に収録。

続いてはインタビューにも登場した「Is A Bluebird Blue?」。ダン・ペンの作詞・作曲でコンウェイ・トゥッティが60年にMGMからシングルA面で発表している。まさにロッカビリー。こんなにも珍しいダンの60年近く前の作品を聴けたことはこの日の大きな収穫だった。ダン自身前出の65年シングル「I’m Your Puppet」B面で発表したことがある。
そして次のナンバーも注目だった。「These Bars Have A Prisoner Out Of Me」、スプーナーがフレディー・ウェラーとマイク・ハーディンと共作。ビーチ・ボーイズやザ・バーズのファンには馴染み深いテリー・メルチャー(ドリス・デイの息子としても知られる)の74年アルバム『Terry Melcher』に収録された。そしてこのアルバムにレコーディング・メンバーとしてスポーナーの名もクレジットされている。同年エディ・ウェーヴァーもシングル・リリースしている。ジーン・クラークでもお楽しみあれ。ということでスプーナーが歌うカントリー・タッチの素晴らしい作品。邦題は“バーの囚人”。
15曲目は「Memphis Women And Chicken」。ダンが再びヴォーカルをとる。彼がドニー・フリッツとゲイリー・ニコルスンと共作。ダンの94年アルバム『Do Right Man』収録。レコーディングにはスプーナーも参加している。観客も手拍子で大きく盛り上がる。
▲from Mike’s Collection

そしてラストは「I Do」、フェイム時代にレコーディングしたナンバーで2012年にアルバム『The Fame Recordings』に収録された。DP&SOの共作。コーラス♪I Do♪…。
勿論アンコール!アルバム『Nobody’s Fool』から「Raining in Memphis」。ダンとスプーナーがミック・ライツと共作。スウィートでソウルフルなテイストのドラマティックなナンバーだった。

こんなにも素晴らしいステージを多くのファンと共有出来て堪らない感情が込み上げてきた。来年も是非日本にやって来てもう再び我々の前に現れて欲しい。そんな希望を込めながら『ダン・ペン&スプーナー・オールダム/ザ・コンプリート・デュオ・レコーディングス』(MSI/MSIG 1024~5)をじっくり楽しむことにしよう。
▲提供:MSI

*ライヴ・ショット:Pic. by Masanori Naruse

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【イベント報告】
◇MBSプレゼンツ【MIKE’S GARAGE VOL.8】
沢田研二 大研究”発売記念 I love Julie!!!
ジャパニーズ・ミュージック・シーンを悠々と闊歩する沢田研二。1967ザ・タイガースでデビューしてから半世紀以上にわたって歌い続けるその姿は日本の音楽界の宝だ。昨年、古希を迎えてのOLD GUYS ROCKも大盛況だった。そして5月9日からは“沢田研二 LIVE 2019 SHOUT!”がスタートする。 彼の気骨溢れる音楽魂は今後もブレることなく真っ直ぐ突き進んでいくことだろう!
そんな沢田研二の熱烈なファン歴52年、國府田公子が書籍『沢田研二 大研究』を上梓。これを記念して3月30日ROCK CAFÉ LOFTでトーク・イベントを行った。超満員御礼で2時間半にも亘る國府田さんの“ジュリー 愛”溢れるトークで沢田ファンの歴史を語り、お宝披露、そして沢田研二の魅力をいろんな方面から伝えていただいた。これぞI love Julie!
僕はザ・タイガースのステージを池袋ドラムで楽しんだこともあるし、80年代にジュリーにインタビューもした。ザ・タイガース時代やソロになってからのストーンズ・カヴァーを探求。また毎年1~2回は沢田研二LIVEを堪能している。でも國府田さんのJulie一筋の愛には脱帽。
長いファン歴の中で“追っかけ”として彼に遭遇したりツー・ショットおねだり。一方でFCスタッフとして公式会見したこともあったとか。そのエピソードはエンドレス…。販促グッズの懐かしのソノシートをかけたり、大昔のステージ・ショットや移動時シーンを眺めたり、勿論ニュー・ディスク『SHOUT!/根腐politician SHOUT!』(COLO-1903)も何度もプレイ。
▲提供:ココロ・コーポレーション

会場にはザ・ティーンズのメンバーとしてザ・タイガースほか多くのGSのバックでダンスした麻未さんや1978年にジュリーの付き人をしていた西澤守さん(現在はタンゴ歌手)がいらっしゃっていたので、アドリブ大好きMikeとしてはお二人にもDJブースに来ていただきほんの少しずつトークしてもらった。大盛り上がりの150分、國府田さんから皆さんへプレゼント&お土産も…。でも、まだまだ聞きたいことがテンコ盛り。近々パート2を開催予定、乞御期待!
Pic by K.Sato

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チャーリーやキースもきっと気に入るだろうジャジーなヴォーカル・アルバム登場!マーク・ジョーダンがしっとりと歌い上げる『Both Sides』ストーンズ・カバーも登場するのだ!!
▲提供:BSMF RECORDS

ヒット・ソングやブリテッシュ・ビート、ブルースやR&Bを聴きまくっていたまだ10代の頃からジャジーな大人っぽいヴォーカルやR&R誕生前のヴォーカル・グループなどにもちょっぴり興味があったんだけどそんな習性は今も変わらず、たまに思い立ったようにナット・キング=コールやカーメン・マックレー、エラ・フィッツジェラルド、アンドリュー・シスターズ(Andrews Sisters)ほかのLPを楽しむ。昨年夏のTAKE 6、クロード・マックナイトのジャズ・スタンダード・ライヴはとても印象深いものがあった。
ところで最初はストーンズ・カバー収録ということでゲットしたアルバム、マーク・ジョーダンの『Both Sides』(BSMF RECORDS/BSMF-8026)だったけど、収録の9曲をじっくり聴いてみるとそのソフィストケイトされたジャジーでポップな歌いぶりはとても味がありエモショーナル、吃驚させられた。
NY生まれトロント育ちの70歳、父親はジャズ歌手。20歳頃からこの世界で活動、スティーリー・ダンのプロデューサーとして知られるゲイリー・カッツに認められ70年代後半にアルバム『Mannequin』で注目を集める。その後80年代に話題の作品集をリリース、ウエスト・コースト・サウンドやAORのファンから絶賛される。99年にはBlue Noteからジャズ・アルバムを発表。
▲提供:BSMF RECORDS

新作『Both Sides』ではジャズ・スタンダード、ロック/ポップ・カバー、そしてジャジーなオリジナル・ソングを鏤めまさに“大人の味”ヴォーカルを楽しめる。“あなたのおそばに”で知られるホーギー・カーマイケルのスタンダード「Nearness Of You」で始まる。チャーリ・ワッツやキース・リチャーズでも知られる。カバーではルー・リードの「Walk On The Wild Side」、ジョニ・ミッチェル「Both Sides Now」。そして我らがストーンズの「Wild Horses」、実に新しいタッチのテイストの作品と化している。オリジナル「I Saw Your Smile」「He’s Going Back To Break Your Heart」も注目。そしてラストはジ・インプレッションズのカバー、R&Bスタンダード「People Get Ready」。個人的に一番気に入った!ぜひともこのアルバムを引っ提げてLIVE IN JAPAN実現して欲しい。尚、マークはロッド・スチュワート、ダイアナ・ロス、シェール、ベット・ミドラー、シカゴなどに楽曲提供している。

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<ライヴinfo (1)>
世界初!!!コリー・ハート&ポール・ヤング
ライヴ・イン・ジャパン 2019~ヤング・アット・ハート~
1980~90年代ローカル局だったけど僕は毎週2時間の生番組“POPS BEST 10”のDJをしていた。そこに頻繫に登場したのがコリー・ハートとポール・ヤングだ。大ヒットしたコリーの「好きにならずにいられない」&ポールの「エブリタイム・ユー・ゴー・アウェイ」はとっても素敵な楽曲。今でもマイ・ターンテーブルに登場する。3年前の湯川れい子さんの“お祝いパーティー”でコリーの素晴らしい歌声を堪能、再び日本でもコンサートが開催されることを願った。
そして2019年夏コリー・ハートのステージが久々に日本のファンの前で披露される。それもポール・ヤングと一緒なのだ。コリー&ポールの共演ステージは世界初!どんなステージ構成になるのかとても楽しみ。
カナダ/モントリオール出身のコリーは80年代前半から脚光を浴び、86~7年にかけてザ・キング、エルヴィス・プレスリーのカバー「好きにならずにいられない」をヒットさせた。我が国ではCMソングとしても馴染み深かった。エルヴィス・フリークからも大きな声援が送られた。カバーといえば僕はコリーの「愛の讃歌」(エデット・ピアフ)も大好きだ。
ポール・ヤングは80年代にソロ・シンガーとして頭角を現す。番組で“英国出身のブルー・アイド・ソウル・シンガー”と何度も紹介させてもらった。「エブリタイム・ユー・ゴー・アウェイ」はアメリカでもゴールド・シングルを獲得するベスト・セラー、Billboard誌HOT100で1位を記録したのだ。実に味わい深いソウルフルな作品でビデオ・クリップを観ると分るけどアクションもこれまたとってもソウルフル、“ライド・オン”なのだ。僕は彼の歌うR&Bカバー「オー・ガール」(シャイ・ライツ)「恋に破れて」(ジミー・ラフィン)も大々好きなのだ。きっとマーチン、鈴木雅之選手もコンサートにかけつけるでしょう。
コリー・ハートのステージにはエルヴィス・ファンやロックンロール・フリーク。そしてポール・ヤングのステージにはソウル・ミュージック・ファンもぜひともジョインして欲しい。

*2019年7月2日 
開場18:00 開演19:00
会場:Bunkamura オーチャード・ホール
*2019年7月3日
開場18:00 開演19:00
会場:NHK 大阪ホール

https://youngathart-japantour.com/

<ライヴinfo (2)>
TAKE 6のリーダー クロード・マックナイトソロ公演!
日本で絶大なる人気を誇るTAKE 6。素晴らしきアカペラの世界へ僕らを誘う。彼らはもう28回も来日している。そのTAKE 6のリーダーはご存じクロード・マックナイト。弟のブライアンも実力派シンガーで日本でもこれまた人気者。兄クロードはTAKE 6を引っ張るとともに時折ソロ・アクティヴィティ。大の親日家である、ソロ・シンガーとしては4度の公演などを行っている。ソロとして日本の土を踏むと、彼はステージのほかワークショップなどを通してより親密にファンと交流。今年4月から5月にかけての33回目の来日ではいつも以上に様々なイベントでファンと触れあう。

【吉祥寺音楽祭 ジャズ・コンサート】
✴日時:2019年4月29日 
開場19:00 開演19:30
✴会場:武蔵野公会堂パープルホール
✴チケット購入
イープラス および吉祥寺の以下店舗:
山野楽器・宮地楽器・SOMETIME・NORO・
カヤシマ・MojoCafe・SCARABほか

【ワークショップ&ライヴ】
✴日程:2019年4月30日
✴会場:栃木県小山市 Fellows
✴ワークショップ OPEN 15:00 START 15:30
✴ライヴ OPEN 17:30 START 19:00
✴︎予約:TEL 0285-27-2790

【丸一日ヴォイス・トレーニング合宿】
クロード・マックナイトが丸一日レクチャーする少数精鋭合宿型ワークショップ。10名限定!
✴日時:2019年5月1日
10:00〜18:00 ワークショップ
19:00〜19:30 カラオケ・ライヴ
✴︎会場:新宿(参加者のみへお知らせ)
見学のみ、カラオケ・ライヴ参加もOK。
✴お問い合わせ:michikot6@gmail.com

【ゴスペル・ワークショップ】
TAKE6の歌うゴスペル楽曲でワークショップ。今回は「6 to 1」「A Quiet Place」の2曲。
✴日時:2019年5月2日
OPEN :16:30 START:17:00  END:19:00
✴会場:新宿シャローム教会 大久保会堂
✴問い合わせ先:新宿シャロームゴスペルミニストリー  shalom.gosministry96@gmail.com

【ワークショップ&ライヴ】
✴日時:2019年5月4日
17:00〜18:00 ワークショップ
19:00〜20:00 ライヴ
✴会場:新津福音キリスト教会(新潟市)
✴お問い合わせ先:090-5497-7252

【LIVE】
✴日時:2019年5月5日
ファースト・ステージ 開場15:00 開演16:00
セカンド・ステージ  開場18:30 開演19:30
(入替制)
✴会場:ブルース・アレイ・ジャパン(東京・目黒)
✴予約:03-5740-6041

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