高橋 優 ハードに切り込んだ表現か
ら可笑しみまで、360度表現する今の
姿を横浜アリーナで見た

高橋 優LIVE TOUR 2018-2019「STARTING OVER」

2019.03.03 横浜アリーナ
ニューアルバム『STARTING OVER』は、1stアルバム『リアルタイム・シンガーソングライター』を超える、そしてデビューアルバムのつもりで作ったとインタビューで語っていた高橋 優。感知したことを薄めず解像度の高い状態のままで表現する姿勢は、去年のツアー『ROAD MOVIE』時にも兆しとしてあったが、音楽的な深度についても“今のままではダメなんじゃないか”という思いがニューアルバムに反映されていただけに、ライブも自ずと音楽的な強度を高めたものになっていた。
高橋優 撮影=新保勇樹
今回のツアーの核心は冒頭から突きつけなければ意味がないとばかりに、オープニング映像はどこか海外の場末の路地を高橋と思しき男性が歩いていくハードなタッチのもの。続いて天井からのスポットライトのみで激しくアコギをかき鳴らす「ルポルタージュ」からライブはスタート。息もつかせぬ展開でバンドの筋力を実感するミクスチャーロック「ストローマン」、ファストな「太陽と花」まで、シリアスで激烈なトーンで駆け抜けた。その熱に男性ファンの野太い声も上がる。明らかに今回のツアーは様子が違う。
早い段階で高橋は、再出発は一人ではできないことをツアーを回る中で実感したこと、この日、日曜日の15時開演という設定は、日曜日シンドロームをぶっ飛ばして、明日からの日々を楽しみでしょうがないものにするためだとも話した。
高橋優 撮影=新保勇樹
序盤にニューアルバムの核心を固めた構成は続く。素朴なフォークロックでありつつ、今まさに1秒に4人が生まれ2人が死ぬ世界という、自分ももしかしたら含まれるかもしれない現実の中。例えば美しい鳥を見つけた時の感覚は他の何にも換金できたりしない――そんな内容を勢い余ったスポークンワードで表現する「美しい鳥」は、膨大な言葉が溢れて仕方がない、シンプルにまとめ切れない思いに心臓がぎゅっとなる。さらにエスニックなニュアンスのある変拍子の「aquarium」も、気がついたら自由に大海を泳いでいたつもりが狭い水槽の中で飼われていた現実と、それでも捨てられない自分を信じるなけなしの力、そんなものが渦巻くような膨大な歌詞の中で拮抗する。前向きな出口はあるものの、逡巡する思いをそのまま表現するには、自然に溢れてくる言葉の膨大さがどうしても必要なのだろうな、音源以上に、息継ぎがどこにあるのかわからないほど畳み掛ける高橋のボーカルに、彼がなぜ歌い始め、今も歌っているのか? その根拠を見た思いだ。
高橋優 撮影=新保勇樹
また、今回のツアーはシンガーソングライター・高橋 優とバンドが、より一つのバンドとしてグルーヴを深化させていたのも再始動の意味を具現化していた。序盤にアルバムのタイトルチューンである「STARTING OVER」を配し、オーセンティックなロックンロールの楽しさをギターソロやピアノリフで表現。さらに「羅針盤」ではメンバーのソロショットを左右のビジョンに映し出し、フィーチャーしていたこともこのバンドで音楽を作り上げてきたことを視覚で表現していた。
高橋優 撮影=新保勇樹
怒涛の序盤の後は、高橋がどんなに楽しそうにしていても“目が笑っていない”という話題から、新しい現場マネージャーにツアー先でのオフの日、何気なく避けられているという疑惑に続き、ある日、その日の楽屋で自分の顔を鏡で見てそのことを理解したというMC。これが長い前振りになって、「いいひと」へ。間奏~ブレイクで大映しになった彼の目は演出もあるだろうが、実際笑っていなかった。善人とか悪人とか簡単に分けられないだけじゃない、何かと闇も謎も多い人、それも高橋 優の面白さなのだが……。ビートルズライクなアレンジと、サッカーボールを追い続けるアニメーションが歌詞の世界観を拡張した「若気の至り」、「平凡な日々に花を飾るようになるだけで何かちょっと変わる、そんなことを歌った歌です」という曲紹介から始まった「非凡の花束」は、歌詞の中で最も話し言葉に近い<いい匂いするでしょ>という、素直なのか照れなのか、そのフレーズがとても染み入ることに気づいた。日常はなんと非凡なのだろう。人間の闇や逡巡を激烈に表現した前半を経たからこそ、オーディエンスも苛烈な毎日を体感し、“よくやってるよ”と、自分や身近な人を心の中で称えたい。そんなタイミングで歌われた「非凡の花束」。実によく練られたセットリストである。

高橋優 撮影=新保勇樹
高橋優 撮影=新保勇樹
次なる展開へのブリッジには路上時代のスナップなど、原点と今をつなぐ映像が挟まれ、後半は新曲とこれまでの楽曲を並列して展開していく。堂々としたスケール感とバンドならではのダイナミズムに乗り歌う「プライド」。『STARTING OVER』の音楽的にも精神的にも多彩な感情をくぐり抜けた先にある覚悟を歌うような、ライブの展開の中でこそ理解できるものがあった。バンドと一体になったダイナミズムという点では悲しみの中に真実を見つける「象」をこの後にセットしたのも心を揺さぶるものがあった。
高橋優 撮影=新保勇樹
さらにユーモラスだが売れ残りの高野豆腐に自らを重ねる「高野豆腐~どこか遠くへ~」の哀愁、秋田弁のコール&レスポンスでオーディエンスも腹の底から声を出しきった「Harazie!!」。秋田弁の異様に簡素化された言語とファンクの相性の良さを再認識したりもして、本編20曲の中でなんとも多彩な音楽の幅を披露していく。ブロックごとの音楽的な濃さがこれまでのライブに比べ、相当濃い。そこまで音楽的に掘り下げた展開を見せてきたからこそ、ある意味、レッテルにもなった「明日はきっといい日になる」が、タイトルや歌詞のメッセージ通り、素直に受け取れるものになった印象も。サビをオーディエンスに歌わせる高橋の思いは、もはやこの歌が完全に聴き手のものになったという、前向きな喜びに裏打ちされていたのではないだろうか。しかし直後に一転、今、目をそらすことのできない行き場のない声なき声を表現した「こどものうた」をぶち込んでくるあたり、感情が振り回される。誰かが笑顔でいる時、一方で泣いている人もいる、それが現実なのだと言わんばかりの構成は、彼の楽曲1曲の中でもしばしば起こることだ。様々な感情に気づくこと。モヤモヤした気持ちを抱えたまま生きること。それをライブの流れの中でも自然と感じるように設定した今回のセットリストに、高橋の再出発の意志が見て取れる。
高橋優 撮影=新保勇樹
本編ラストを前に、まだツアーは続くが横浜アリーナ2daysでどこまでできるか?は、今回のツアーの一つの試金石だったと語り、ある種、挑戦的なこのツアーを経験し、ファンの目の前でその時間を過ごしてきたことで、これから先、どんな場所にも行けると実感したと話してくれた。この言葉を踏まえた上で、個人的なラブソングにも、彼が歌うことの普遍的なテーマソングにも聴こえる「ありがとう」は、この言葉以外に似合う言葉がないものだった。名もなき圧倒的多数の普通の私たちを全面的に肯定してくれるこの歌を歌わざるを得ないのは、むしろ高橋 優本人の実感からなのだと思う。歌の安定感や天井知らずのパワーはもちろん、自分でもつかめない自分をさらけ出すことで、この人が作るこの先の音楽をまだまだ聴きたい、そう思えるツアーになった。
高橋優 撮影=新保勇樹
天井知らずのパワーといえば、高橋のライブでなまはげでお馴染みの「泣く子はいねが」に始まるアンコールのカオティックなまでの狂騒を盛り上げるファンもたくましい。彼曰くの日曜日シンドロームをぶっ飛ばす勢いで鳴らされた「リーマンズロック」。小雨の横浜の街に溢れたファンは、またそれぞれの日常を歩き出して行った。
取材・文=石角友香 撮影=新保勇樹
高橋優 撮影=新保勇樹

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