古市コータロー

古市コータロー

【古市コータロー インタビュー】
ギタリストのアルバムというより
“歌もの”って言われたかった

変わりゆく光景に巻き込まれて未来を語るのではなく、失いたくない風景や人間模様を刻み込むかのように歌う。作品に、歌に、音楽にすることで守られた、愛しく切ない古市コータローにとっての東京。約4年半振りとなる4作目のソロアルバム『東京』は、彼の魂(ソウル)そのものだ。

自分の生まれてきた背景が
滲み出なければ音楽じゃない

4作目のソロアルバムを作るにあたってどんなビジョンを描いて臨まれたのでしょうか?

前作の『Heartbreaker』(2014年11月発表)のリリースがちょうど50歳の時で、あれは周りに乗せられて作ったんです(笑)。でも、すごく楽しかったし、そのあたりから弾き語りライヴを始めたこともあって、自分の歌に対する向き合い方も変わって。で、僕はTHE COLLECTORSのギタリストだけど、古市コータローといういちアーティストも大事にしなきゃいけないと思い始めたんです。それで今回は初めて自分から“ソロアルバムを作りたい”という話をしました。今年55歳になるので“俺の55周年だ!”って言って(笑)。で、今回自分の中でテーマを置いたのが、1979年から1981年くらいの日本の音楽。いわゆる“シティポップ”と言われているものをやりたくて。というのは、ここ3〜4年で買って聴いてインプットしているのでが、だいたいそのあたりなんです。もちろんリアルタイムでも耳にしていましたけど、今改めて聴くとすごく新鮮だし、刺激になるんですよね。だから、今のタイミングで出すんだったらこれだなと。あと、意識したのは“歌謡ロック”。でも、まったく無理なくやりましたよ。全てがナチュラルでしたね、素直に。

ナチュラルだったということは、そこにコータローさんが生まれてきたこれまでの背景が出ているという証ですよね。

それもう絶対に。勝手に出るくらいのキャリアになったと思っています。それはギターのフレーズひとつ取っても、歌詞にしても、歌い方ひとつにしても。それが滲み出なければ音楽じゃないですから。

制作に向けてプロデューサーの浅田信一さんに特に伝えたことはありますか? 彼はコータローさんの盟友でもありますが。

浅田くんなりの気持ちっていうのはあったと思うし、“こういう仕上がりにしたい”っていう青写真もあったとも思うんですけど、僕は何も訊かなかったです。普段から仲が良いので、あえてディスカッションもしなかったですね。もう本当に信頼して、全てお任せしていました。

共有するものがたくさんあるわけですね。

そうですね。制作の途中で“堀下さゆりさんに1曲、作ってもらおう”って話になった時には、そこでもうお互いのイメージが一致していて。“堀下さんは絶対にシティポップだよね”って。

それも王道中の王道で。その堀下さん作詞作曲の「シティライツセレナーデ」は、THE COLLECTORSではやらないようなギターのカッティングが聴けますね。

そうですね。やっぱり好きだし、ルーツにもあるんでしょうね。ただ、ああいう16分音符のミュートしたギターはTHE COLLECTORSでやる気はないです(笑)。やっててすごく面白かったですけどね。ほんとギターに関してはいろんなことをやってきて良かったなって。“器用貧乏”って言葉が昔に流行ったけど、僕は器用貧乏にならない自信はあったし。朝起きて、天気とか気分に左右されて、いろんな音楽を聴く…という、ただの音楽好きのいちおじさんの面もありますからね(笑)。何でも素直に出したいんですよ。“自分はこういうイメージだから。ここはちょっと隠しておこう”とかいう歳でもないですし。むしろ、どんどん“これもいいよ!”って教えてあげたい。

映画『THE COLLECTORS~さらば青春の新宿JAM~』(2018年に公開されたTHE COLLECTORSのドキュメンタリー映画)の中に新宿遊歩道公園の四季の路のことを“俺たちのカナビーストリート(60年代ロンドンの流行最先端のファッションと音楽の中心地)”と称しているシーンがありますしね。でも、このアルバムを聴いていると四季の路は四季の路そのままで、ゴールデン街とかが浮かんでくるんです。

なるほど。それはすごく分かる…というか、やりたかったことは、まさにそういうことなんです。カーナビーストリート的なことはTHE COLLECTORSでやっているので。
古市コータロー
アルバム『東京』

OKMusic編集部

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