指輪ホテル・羊屋白玉「台本なんか読
まなくていいって言われたの」~NYア
ングラ演劇の巨匠リチャード・フォア
マン作品『バタイユのバスローブ』に
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「フランスでフォアマンを見たんだよ。ロープが張られて、突如としてブザーが鳴って。でも物語はなんもわからなかった」。そんなふうに僕(いまいこういち)が言うと「いつもそうだよ」と羊屋白玉と岸本佳子がくすくす笑う。北千住にあるアートセンター「BUoY(ブイ)」2階にあるカフェは、午後の日差しが窓から深く入り込んで、まだ2月半ばなのに春めいていた。羊屋の主宰する指輪ホテルが“N.Y.アンダーグラウンド演劇界の巨匠”リチャード・フォアマンの『バタイユのバスローブ』を上演すると聞いて、「いつも一人でインタビューしているから、誰かと一緒にやろうよ」と羊屋に相談したら、会場となるBUoYの芸術監督・岸本佳子の名前が挙げられた。お、うわさのアートセンターか、ぜひぜひと訪ねた。
フォアマンは知的であり、すごくバカバカしい
――フォアマン作品の取材ですが、羊屋さんが、岸本さんを紹介してくださった理由から教えてください。
羊屋 2007年の東京国際芸術祭のこと、アメリカの劇作家トリスタ・バルドウィンと共同制作で『雌鹿』という作品を上演したんです。そのときに翻訳とかいろいろお手伝いしてくれたのが佳子(かこ)ちゃん。アメリカ演劇に詳しくて、フォアマンの最後の作品も見ているんだよね。
岸本 たまたまニューヨークにいたんです(笑)。
羊屋 それでフォアマンをやるなら佳子ちゃんが芸術監督を務めるここ(BUoY)がいいなと思って相談しに来たりしてたんです。
――じゃあ岸本さんもフォアマンについてはお詳しい?
岸本 いえ、私はアイルランド演劇が専門で、特にサミュエル・ベケットの研究をしていたんです。それなのになぜか東大のゼミでは指導教官がアメリカ演劇の内野儀先生で、留学先がニューヨークでした(笑)。
羊屋 でもフォアマンもベケットのことはいろいろ発言しているよね。
岸本 そう。フォアマンはいわゆる前衛と呼ばれ、演劇らしさをどんどん引っぺがしていく流れの人です。日本はやたらベケットが有名ですが、それに比べるとフォアマンやアメリカ系のパフォーマンスはあまり知られていない。でもBUoYで羊屋さんがフォアマンをやっていただけるのは、ここのコンセプト的にはバッチリです。
――そのバッチリを詳しく教えてください。
岸本 BUoYは異ジャンルのアートが集う、異なる価値観と出会う場所をコンセプトにしているんです。一番わかりにくい言葉で言うと「社会的無意識という名の他者と出会う」。つまりコンセプトがしっかりしていて、社会を違う角度から見せてくれるものと出会える場でありたいんです。日本ではアートの定義がなんとなくエンターテインメントに寄りがちだけど。そしてオルタナティブなことができる場所が東京からすごい勢いで失くなっているので、そういう空間であることも意識しています。フォアマンの場合は誰もが舞台芸術だと思っているイメージに対して、まったく違う方向からガツンとくる。私たちが無意識に前提だとしていることを徹底的に暴くし、破壊してくる。そしてそういう作品を見ると自分が何を無意識の前提としていたかがわかるし、その気づきを積み重ねていくことがより豊かな人生を生きることにつながると私は思っているんです。コンセプチュアル・アートという前提を知らないと難しいと思われちゃうんですけど、フォアマンなんて知的だけど一方ですごくバカバカしいんですよ。
羊屋 そう、すごくバカバカしいの。
岸本 ベケットも『ゴドーを待ちながら』は日本だと知的なものとして扱われて、翻訳も難しかったりするんですけど、本当は台本の英語は中学生レベルの単語で書かれていたりする。「無意識を掘り起こす」という意味で、フォアマンもBUoYのコンセプトにはとても合っているんです。
――岸本さんはフォアマン作品を見たのはどんな経緯でしたか?
岸本 ニューヨークで最後の作品を見たんですけど、私にとっては歴史上の人物に近くて。私はコロンビア大学に通っていたんですけど、リヴィング・シアター(The Living Theatre)のジュディス・マリーナが授業で話す機会があって、そのときに「私たちは前衛演劇をやりたかったわけではなく、貨幣経済に対する根本的な異議を唱えたかった。私たちは演劇界でさも革命児のように言われたけれど、そんなもんじゃない。お金との関係をなんとかしないと、世の中は平和にならないと思って活動していただけ」と語ったんですよ。日本では、彼女はそんなふうには受容されていませんよね?
羊屋 ない、ない。
岸本 私にとってジュディス・マリーナも歴史上の人物だから、作品という表層だけを見てもわからないけど、彼らの根本的なラディカルさみたいなものに触れたのはすごくいい機会でした。そのときにフォアマンの最後の公演があると知ったので、これは見ておかなければと出かけたんです。ちょうどその前年にロバート・ウィルソンの『浜辺のアインシュタイン』もリバイバル上演があって見たんですけど、ちょっとがっかりしたこともあって。
羊屋 彼らの思想を知っていたから?
岸本 『浜辺のアインシュタイン』は演劇史で金字塔とされているけれど、現在の目から見ると生きた化石に見えてしまった。ルシンダ・チャイルズの振付も古くて、ミニマルミュージックの超巨匠フィリップ・グラスの天才性だけが際立っていた。でもフォアマンの作品を見たときは、聞いていた通りだと思ったんです。全然古びているようには見えなかった。すごいなと(笑)。その当時でも70歳過ぎたおじいちゃんですから、この人、1960年代からこれをやっているんだよなって。
羊屋 私も古びているとかは全然思わなかった。この間お話したときは、僕は若い時から、ラディカル・レフトだけど、でも今は、夢を壊されたラディカル・レフトかなって。
岸本 ああ、夢は壊されていますよね、だいぶ。
羊屋 でも20世紀後半の芸術家だという自覚はあるし、その立場で、演劇というよりは詩のようなものをつくったきたと言ってました。
岸本 そうですよね、演劇ではないですよね。
まずは何も考えずに演じたけれど、とても楽しくて、衝撃的だった
リチャード・フォアマン(右)と羊屋白玉
――羊屋さんは2006年に京都造形芸術大学・舞台芸術研究センター主催の『The Bridge Project』でもフォアマンと一緒に作品づくりされているんですよね?
羊屋 あのときは「好きな食べ物は何ですか」くらいの話しかできなかったけれど(笑)。
――何がお好きだと?
羊屋 チョコレートと、チキンを油でじっくり煮込む……コンフィ! コンフィは体のこともあって今は食べられないけど、チョコは食べてるよって。
――羊屋さんは、今フォアマンをやろうというのは理由があったのですか?
羊屋 う〜ん、今回も勘です(笑)。ここ数年は、各地の芸術祭とかエキシビジョンとか、いろんな方面に出向いて作品を発表しました。でもそのぶん私の中でフォアマンは少し奥に閉じ込められていた感じはしていました。そんな中、フォアマンと会ってお話しさせていただく機会が去年ありまして、扉がこじ開けられたというか。今がアウトプットのタイミングかなと。
――『バタイユのバスローブ』という作品を選んだ理由は?
羊屋 私はフランスの思想家ジョルジュ・バタイユも好きですけど、フォアマンの作品のタイトルが大好きで、いつもグッとつかまれるんです。その中でも『バタイユのバスローブ』がグサッときて。タイトルについてはフォアマンは自分なりにキャッチーだと思うものをつけるんだって。何年か前の作品の稽古でバタイユのバスローブにまつわるエピソードがあって、新作をパリで上演する機会があったときにそれをつけたんだとか。でも公演地がニューヨークだったらつけなかったって。だからバタイユもバスローブも作品には関係ない(笑)。
――これはどんな作品だと言えばいいんでしょう?
羊屋 主人公の女性がいて、彼女が周りに翻弄されていくんだけど、彼女は一貫して変わらないのに周りが反転して行くからなの。それで気がおかしくなっていくけど、ギリギリ半狂乱にはならず、静かに冷たく終わっていく。でも内容についてはわからないんです。だから今回、まず札幌の俳優さんたちと、感情も解釈も考えずにとにかくト書き通り最後までやってみようと。俳優さんたちにも衝撃が走ったようでとても楽しかったんです。たとえばテーブルを縦から横に置き直したりするんだけど、それだけで、私たちは空間を把握できなくなったりする。そして、後から、その把握不可能なそのことを思い出したり、演劇とは何かとか私もいまだにわかりませんけど、フォアマンの作品には無意識に訴えかけてくるものがあるの。精神分析家のラカンをよく読むと言ってましたし。それでたぶん俳優さんたちからも吹き出てきちゃったんじゃないかな、置き忘れた記憶の蓄積のようなものが。
――演出をするときは羊屋さんの流儀になるわけですよね。
羊屋 まったくこの通りにやるということはないです。フォアマンも台本を読まなくていいからって。
一同 爆笑
羊屋 彼はコピーレフト(著作権者が著作物の自由な利用、複製、改変を認め、その派生物の再配布も制限しない権利)だから戯曲がネットに公開されているんだけど、この作品はなかったんですよ。でも誰かが上演台本を書き留めたのを見つけて。これが発見できなかったら、何もないところからタイトルだけでつくるところでした。
岸本 私、ドラマトゥルクでもあるので主に女性演出家と仕事をすることが多いんですけど、皆さんつくり方がもちろん違うとはいえ、素材があって、だからこう、だからこうとある程度の方向性を出していく。でも羊屋さんのつくり方は前もって示すことはなく、目の前にあるテーマは何か、目の前にいる人が誰かみたいなところを役者に投げて、返ってきたボールから立ち上げていく。だからプロセスとしては、道筋から外れながら、どんどんいろんなものをすくっていく感じがあります。
羊屋 そう、遠回りばっかりしているの。
岸本 遠回りするにしても、わりと獣道ですよね(笑)。
羊屋 その方が豊かだと思うの。発酵にも時間がかかるじゃないですか。発酵は菌と環境があってただ仕込むだけで方向性とか決めないでしょ。
一同 笑い
――この作品の俳優者の皆さんもユニークですよね?
羊屋 ナガムツさんは北海道の小劇場の女優さんで、ずっと気になっていたんですけど札幌国際芸術祭で初めてご一緒できたので、いよいよ指輪でもと思いお声がけしました。坂見和子さんは札幌のモダンダンス界を牽引してきた方。昨年、札幌のコンカリーニョでダンス作品をつくったときに出てくださって、次も出たいと言ってくださった。うれしい。だってフォアマンと同世代の方ですよ。83歳! 遠藤麻衣さんは芸大の油画科出身のアーティストでパフォーマー。私が地方へ行っていてしばらく留守をするときに、彼女がウィーンから帰ってきて住むところがなかったから会ったこともないのに私の家に住んでもらったの。でも久しぶりに帰ってきたときに、自分の家がいい感じだったので麻衣ちゃんってどんな人かなあと思って出ませんか?って聞いた(笑)。ジェームス・タイソンは、イギリス、ウェールズ州チャプターアーツセンターのプログラムオフィサーをしていたときに指輪ホテルを呼んでくれて、それからの付き合いで、何回もチャプターで公演してます。彼は俳優でもあるけど、シンガーソングライターでもある。美声です。そして何度も一緒に共演してるSKANK。札幌から二人、東京から三人、ロンドンから一人という俳優陣です。
――ちょっとでこぼこといったら失礼ですけど……。
羊屋 でこぼこしていると思いますよ。34、5から83歳までいる(笑)。どんなことになりますか。
《岸本佳子》「北千住BUoY」芸術監督。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得満期退学後、米国・コロンビア大学芸術大学院修了。2014年帰国。東京大学と東京女子大学、専修大学で英文学、演劇史の講師に。主宰する多言語劇団『空(utsubo)』では14年に芸創connect vol.7最優秀賞受賞。http://buoy.or.jp
《羊屋白玉》「指輪ホテル」芸術監督。演出家、劇作家、俳優。2001年ニューヨーク同時多発テロのさなか、ニューヨークと東京をブロードバンドで繋いだ同時上演以降、北米、ヨーロッパ、南米などでのツアーが続く。国内では、2013年より、札幌国際芸術祭や瀬戸内国際芸術祭など、都市や自然の中で、その土地の人たちと恊働し、サイトスペシフィックな作品を手がけており、人や物や街など、あらゆる現象の看取りや喪失、目に見えない境界などに関するネガティブなテーマの取り組みを演劇を通して生成している。同年、アジアと女性と舞台芸術の通奏低音を担うべく亜女会を設立。2006年、ニューズウイーク日本誌において「世界が認めた日本女性100人」の一人に選ばれ、表紙を飾った。
取材・文:いまいこういち

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