KENZI & THE TRIPSの傑作
『Kangaroo』に見る
奇跡的タイミングで生まれた
絶妙なバランス感覚

30年経っても古びた印象がない音像

本稿作成のため、おおよそ30年振りに『Kangaroo』を聴いて、素直に驚いた。まず、音がいい。古びた感じがないのだ。正確に言えば、さすがに80年代らしさは隠せなかったりするのだが、全体に籠った感じがないというか、いなたくないというか、各楽器の音像がクリアーなのである。たぶん、まったく知らない人に聴かせたら、2010年代のパンクバンドの音源と思う人がいてもおかしくないのではなかろうかと思う。

4人の音のバランスもすこぶるいい。バンドであっても歌とギターが前面に出て、ベースはそれほど目立たないといったような作りの作品もなくはない中、この均衡はなかなか小気味いい。アルバムのジャケ写通りのバランスと言える。誰かが突出しているわけじゃなく4人が均一なのだ。アレンジの巧さも手伝って存在感を際立出せていることに成功しているベースラインもさることながら、ヴォーカルの塩梅もいい。甲高い上に独特の揺らぎがあるKENZIの歌声はそれだけでも特徴的なのだが、パンクのマナーに則しているのか、Sex Pistolsのジョニー・ロットン(Vo)に似た、喉から音を絞り出すような歌唱。バンドサウンドとの融合が難しい局面もあるのでは…と素人考えながら個人的には思ってしまう代物なのだが、歌だけが浮くわけでも埋もれるわけでもなく、楽曲の中での音量が絶妙なのである。ディレイもいい具合だ。彼の天性の歌声を糊塗するわけでも、歌を平板にするでもない、本当にちょうどいいと思う。

この辺はエンジニアの確かな手腕があってのことであるのは間違いないが、歌に関しては優れたメロディーセンスが備わっていたからに他ならないであろう。いいメロディーがあればこそ、ことさらそれを前に出し過ぎずとも聴く人の耳に歌が入ってくるし、エフェクトにも耐えられる。具体的に見てみよう。M1「カンガルー」、M3「SKY TRIP」、M5「WORK AWAY」、M7「GOOD MORNING」。この辺りではキャッチーなメロディーのリフレインを聴くことができる。パンクというよりもR&Rの基本と言える。いつの時代も万人がカッコ良いと感じるロックがそこにある。速いビートに乗せているのはライブバンドの面目躍如でもあろう。インディーズ時代から続くKENZI のスタイルを体現しているとも言える。

一方で、勢いだけじゃなく、叙情的な歌メロも取り込んでいるのが『Kangaroo』の特徴でもある。Sex Pistolsの「Anarchy In the U.K.」のイントロをそのまま引用しつつも、Bメロ、サビでは日本的と言える旋律を聴かせるM2「これしかBABY」。全体的な聴き応えは意外なほどにポップであるのだが、音符への言葉の乗せ方がフォークソングにも似た印象のM6「ANOTHER BIRTHDAY」。ピアノとブラスが入り、R&B的な匂いも漂うミディアムナンバーM9「マイ・ペース」。この辺のメロディーに叙情性を見出せるが、何と言っても最注目はM8「滑るように眠る」であろう。スリリングな演奏が素晴らしいレゲエナンバーで、レゲエと言ってもジャマイカンのそれではなく、日本的と言っていいウェット感を見事に融合。アルバムの奥行きを増しているだけでなく、KENZI & THE TRIPSが単なるパンクバンドではないことを示すに十分な楽曲ではある。

話は前後するが、こうした多彩なメロディーは、もちろん多彩なサウンドがあってこそ成立する。M8「滑るように眠る」、M9「マイ・ペース」は前述の通りだが、上記でR&R、パンク系と述べたナンバーですら一様ではない。M3「SKY TRIP」は所謂A→B→サビという構成もあってか、ビートロック、ビートパンクと呼んだほうがしっくり来るし、M3「SKY TRIP」の逆にAとBで構成されたM5「WORK AWAY」はドンタコのリズムでブラス入り。かと思えば、M7「GOOD MORNING」では、ヴォーカルにしてもギターにしてもいかにもニューウェイブ感のある音作りが成されていたりと、基本はバンドサウンドではあるものの、そのバリエーションは豊富だ。M6「ANOTHER BIRTHDAY」の間奏ではおそらくキーボードであろうが、サイケデリックな音色を取り込んだりもしている。ひと言で言えば、バラエティー豊かなロックアルバムと言える。

OKMusic編集部

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