京大・吉田寮食堂大演劇『三文オペラ
』益山貴司(劇団子供鉅人)×小林欣
也インタビュー~「吉田寮食堂だから
こそできる『三文オペラ』になってき
ています」

創立105年の歴史を誇る、京都大学の学生寮[吉田寮]。大学の管理ではなく、入寮する学生たちの自治会によって運営されるという、京大の自由な校風を象徴するような場所だ。この吉田寮は、築105年の現棟が「倒壊の恐れがある」という理由で、しばしば立ち退き問題が浮上していたが、ついに昨年大学側から「2018年9月末までに完全退去」という通告が下された。しかし「現状では、自治会との話し合いを行える状況ではない」と対話を打ち切る形となった、大学の姿勢に疑問を持つ一部の寮生たちは、未だにここに暮らし続けている……という現状を各種報道や、昨年のNHKドラマ『ワンダーウォール』で知った人も多いだろう。
その渦中の吉田寮敷地内にあり、音楽や演劇のライブスペースとしても活用されている[吉田寮食堂]にて、ブレヒトの傑作『三文オペラ』が、「劇団子供鉅人」の益山貴司の演出で上演される。カウンター芝居の代表とも言える音楽劇を、世間的には“不法占拠”となっている空間で上演するとは、もうそれ自体がドラマティックでセンセーショナルだ。この舞台について、現在京都で稽古中の益山と、本作の企画責任者・小林欣也にインタビュー。『三文オペラ』のことだけでなく、吉田寮OBでもある小林に「なぜ、この場所にこだわるのか?」という素朴な疑問もぶつけてみた。
■「吉田寮食堂はおもちゃ箱だから、何か持ち込まなくてもいいんだと」
──小林さんは昨年10月に、自らの作・演出で『今』という舞台を、吉田寮食堂で上演したそうですが。
小林 退去期限を過ぎた直後に、ここで芝居を打つのが一番いいと思いました。『今』は、100年以上前にここに吉田寮を建てようとした人たちの話と、遠い先の未来のこの場所の話という、同じ場所の過去と未来の物語です。それを観ることで、2018年の吉田寮の現状に、自然とお客さんの意識が向かっていくような構成でした。
益山 私は「それは面白そうや」と思って、日替わりゲストで出演したんです。その時に初めて吉田寮に入ったんですけど「これは素晴らしい場所だなあ」と思いましたね。でもその場所が今、かつてない危機に瀕してるということを聞いて「何かできることはないか?」と思ったんですが、芝居をすることしか私にはできないなと。
──そこで『三文オペラ』を選んだのは。
小林 『今』の千秋楽の、呑みの場で決まりましたね。
益山 もう、直感ですよ。「『三文オペラ』にしよう」って、即答でしたからね。
小林 それは『今』の終わりから、あまり間を開けると意味がないという事情もありまして。一から新作をやろうと思ったら、半年以上は絶対かかるから、既成の本でピンと来るものをすぐにやろうという話になったんです。
──原作のアナーキーでアングラチックな雰囲気は、確かにこの空間にピッタリです。
益山 でも話が決まって、脚本を改めて精査したら、結構今のシチュエーションにそぐう所がたくさんあって驚きました。貧乏人がお上に対して反乱を起こすとか、新しい王が即位しようとしているとか。いろんな希望とか、現状とか、皮肉とかっていうものが、今の時代と、今の私たちが芝居を作ろうとしている状況とどんどんリンクしていって、結果として非常に面白いことになってます。次の天皇陛下の即位で、吉田寮も恩赦で救われないかなあ? みたいな(笑)。
小林 寮に出入りしてる人たちも、アンサンブルの乞食役で参加しています。昨日の稽古を見たら「これはヤバい乞食が集まったぞ」って(笑)。
益山 強烈な方が多いですよねえ。人間性が解放されてる方が(笑)。
吉田寮食堂大演劇『三文オペラ』稽古風景。
──食堂というとこじんまりとした空間を想像しがちですが、意外と広いですよね。
益山 (東京の)[駅前劇場]よりは広いです。OMS(扇町ミュージアムスクエア/2003年まで大阪にあった、関西演劇界の中心的な小劇場)ぐらい……(食堂の)真ん中の柱が、どうしても(劇場内に大きな柱があった)OMSを想起させる(笑)。
小林 食堂は3年前に改装されたんですが、この柱は128年前から残ってる物です。
益山 最初は食堂に平台を組んで、「ザ・舞台」って感じの空間で見せようと考えてました。でもそれが何かしっくり来いへんなあって思い始めて、改めて食堂でご飯食べながらいろいろ考えたんです。そうしたらここには、イベントごとに集まったであろう椅子とか机とかが、本当に無秩序に並べてあって、それがまるでセットのように見えてきた。だったら最初の演出プランを捨てて、食堂の中にあるものを全部使ってお芝居しよう! と。そう決めたら、すごくすべてがスッキリしました。だから床も壁も全部むき出しで、ここにあるいろんな道具を使って、いわゆる見立てでお芝居を作っていこうと思ってます。
小林 最初のプランだと、子供鉅人が吉田寮食堂にドーン! と入ってきて、この空間を全部塗り替えてしまうという感じで、それもワクワクしてたんです。でも今の演出プランは、本当に役者の声と身体だけで、食堂の中でめいいっぱい遊ぶという、シンプルな世界で。それもまた、すごく胸が熱くなってます。
益山 本当に「ああ、そうか。この食堂がおもちゃ箱だったんだな」っていうことに気づく瞬間だったと思います。おもちゃがいっぱいそろってるんだから、わざわざ何か持ち込まなくても、それで遊べばいいんだという。
小林 ただ舞台設営用に買ってきた材木が、むちゃくちゃ余ってしまいまして。
益山 それは全部、客席に投入することにしました(笑)。ちゃんとしたひな壇を組めるから、お客様にはすごく観やすい環境になるはずです。
吉田寮食堂大演劇『三文オペラ』稽古風景。
■「吉田寮のスピリットを引き継げるなら、ここにこだわる必要はない」
──小林さんは、いつ頃吉田寮に住んでたんですか?
小林 1999年から2008年です。正直寮にいた時は、あまりこの空間の価値をわかってなかったですね。でもここで他の寮生と話し合ったり、一緒にいろいろ考えたりする経験を積み重ねることは、絶対何か意味があるという確信は持ってました。実際吉田寮の外に出てから、何かコミュニティを作ろうとした時に「ああ、ここの考え方が役に立っているなあ」と気づかされます。
──大学が新しい寮を建てると言ってるのに、なぜこの空間にこだわって居座るのかと、疑問に思っている人も多いと思いますが。
小林 いや、「新しい寮を建てる」なんて、大学側は一言も言ってないんですよ。大学は、とにかく全員ここから出ていってほしいと言ってるだけ。その後どうするかについては「答える必要はない」の一点張りで、何のプランも出してません。もしかしたら新しい研究施設になるのかもしれないし、「新しい寮を建てるだろう」というのは、多分ニュースとかを見た人たちの中の、予見でしかないんです。
──そうでしたか。勉強不足で申し訳ありません。
益山 多分ニュースで話を断片的に聞くと「耐震性に問題があるので“新しい建物を作るから”出ていってほしい」って、常識的なことに頭の中が置換されちゃうと思うんです。私もここに来る前はそう思ってたんですけど、中に入って寮生の皆さんのお話を聞くと、追い出す理由がどうも定かじゃない感じなんですよね。
小林 だって現棟だけでなく、(3年前に建てた)新棟からも全員追い出すんですよ。どこに誰が住んでるかわからないからというのが、大学側の言い分なんですけど。
益山 その棟もこの食堂も、新築・改築したばかりだから、耐震的には問題がないわけですよね? 現棟はちょっとまずいかもしれないけど、あれは文化財として非常に貴重なものだし、手を入れればキープできるはずだという。という状況で人を追い出して、おそらくはここを潰すという理由は、部外者の私から見ても……当然大学側にも言い分はあるとわかっていても、すべてが五里霧中という感じです。
小林 だから、急に大学側が「出て行け。先のことは言わん」という態度になったから、寮生たちが「納得いかない。話し合いをさせてくれ」と抗議しているというのが、今の状況です。でも(退去問題の中心になっている)副学長の川添(信介)さんって、もともと吉田寮が大好きだったんですよ。こうなるきっかけが、何かあったのかなあと思います。
吉田寮食堂大演劇『三文オペラ』稽古風景。
──だとしたら、退去後の活用プランが大学から提示されて、それに寮生たちが納得できれば、別に出ていってもいいという。
小林 僕個人は究極の話、それはいいと思っています。この建物がなくなっても構わないという気持ちもありますね。でもこの場所は京大生だけではなく、様々なことの受け口に結構なっていて、単なる学生の福利厚生施設とは言えないほど、複合的かつ面白いコミュニティスペースになってるんです。そこで築き上げられたもの……特に人のつながりというソフトは、ハードとなる場所が一度失われたら、完全にリセットされる可能性が高いわけですからね。逆に言うと、そのスピリットを未来に引き継いでいけるような場所の担保があるのなら、今の吉田寮にこだわり続ける必要もないんじゃないかと思っています。
益山 それで私の方は、この吉田寮という場所自体に魅了されているから、建物ごと残した方がいいと考えてるんですよ。関係者の方が革新的で、部外者の方が保守的(笑)。100年以上の時間が蓄積され、多くの人が出入りしてきた、この雰囲気の中だからこそ熟成されたものって、必ずあると思うんですよね。特に私は「場」に動かされて物語を作るみたいなことを、よくしてるんで。
──益山さんは以前、築100年の長屋でしばしば公演を行ってましたが、確かに「あの空間でやる」というのが、かなり重要な意味を持つ舞台ばかりでした。
益山 そうなんです。だからもしここを潰して、表現空間としても最新設備が整った食堂になったとして……それは素晴らしいことかもしれないけど、同時にこの雰囲気が全部チャラになってしまう。先人たちが何十年も積み上げて来たものの上で、何かを表現するっていうのはやっぱり重要だと思うし、そこにインスパイアされたからできることは絶対あるんですよ。そういう意味では、この場所で表現できることは、世界中探してもここにしかないのだから、ここにあるべきだと思うんです。
小林 今回の『三文オペラ』は、完全にそうなってきてますね。ここ以外ではちょっとできない、吉田寮食堂だからこそという作品に。
吉田寮食堂大演劇『三文オペラ』稽古風景。
■「乞食と娼婦のアンサンブルは、本番前日まで募集中です(笑)」
──表現活動の場としての役割だけで言うと、今京都は小劇場レベルの劇場がほとんどない状況にありますから、吉田寮食堂までなくなるのはかなりの痛手です。
益山 さっきOMSを引き合いに出しましたけど、あの劇場がなくなった時から15年以上「表現する場がない」というのは、関西全体で言われ続けてることですよね。でも関西にはもともと、お上から下されるんじゃなくて、自分たちで生活に必要なインフラやスペースを作っていくという文化があったと思うんです。そういう町人気質というか、自分たちで場を作って守るという精神は、やっぱり関西には強く残っているはず。その精神を演劇人も持たなあかんと思うし、そういう場を作っていくのは、もはや義務じゃないかと思っています。
小林 しかも誰もが入りやすいというか、何か集まってきやすい雰囲気があるんですよ、吉田寮食堂は。適切なたとえかどうかわからないけど、布団のちょっと凹んだ所には、綿ぼこりが集まりやすいような(笑)。
益山 何だか足を踏み入れたくなるんですよね。ヨーロッパだとこういう空きスペースを、自分たちの自治と責任で楽しく使うってことが多いんですけど、日本にはあんまりないと思うんです。というのも日本では、そういう場所は地域住民が、「何か変なことをしていて気持ち悪い」みたいになりがちですから。でもここは学生だけでなく、近所の人や子どもたちも出入りしていて、ちゃんと地域と密接に結びついている。それは珍しい、素晴らしいことだし、そういう場所は本来もっと日本にあっていいと思うんですよね。
小林 そうなんです。経済状況が厳しい学生や、留学生を受け入れる大きな器がなくなるという問題も含めて、決してパーンとなくなっていい場所じゃない。だから今京都大学は、失うと何年後かに大変なことになっていく事態に、手を出してるんじゃないかと思います。あとその「出入りしやすさ」っていうのは、今回の舞台にも反映されてますよね。
益山 何かやってるのが目に入って、それに興味を持ったら、スッと参加するフットワークの良さがあるんですよ、寮に出入りする皆さんには。だから今回は、本番当日までアンサンブルを募集しています(笑)。乞食と娼婦の役は誰でもできるから、出たい奴はみんな出ろ! って。
小林 本番期間中でも、次の日のアンサンブルを募集しようかなと(笑)。
益山 芝居の最中に「明日の出演者募集!」ってプラカードを出して(一同笑)。
吉田寮食堂大演劇『三文オペラ』稽古風景。
──あと今回の公演を、1969年に唐十郎率いる状況劇場が起こした、新宿中央公園のゲリラ公演と重ねている人もいるようなんですが(※詳細をご存じない方は「状況劇場」「新宿中央公園」でぜひ検索を)。
益山 機動隊に取り囲まれて芝居を打ったんですよね。規制線を突破してやらなきゃいけなくなるとか(笑)。
小林 何を期待しているんですか(一同笑)。まだ民事訴訟の手前の段階ですから。
益山 でも当局の出方次第では、究極そういうことがこの先起こるかもしれないですよね。ここで生活すること、表現することが、ますますやりにくくなる可能性はあると思う。
小林 そうなったら、芝居をやる形態も変わってくるでしょうね。まあそれでも、僕はここで最後までやり続けるつもりですけど(笑)。3月には別団体が演劇フェスをやることも、もう決まってますし。
益山 でもむちゃくちゃ無責任なことを言わせてもらえれば、演出家としてそういう危険な場所や状況で作品を上演するのって、スリリングじゃないですか?(笑)状況劇場のゲリラ公演もそうだし、大昔のヨーロッパではアジテートな芝居を上演したら、観客が感化されて暴徒化して、そのまま革命につながったってことがあったらしいんですよ。私は思想家ではないし、どちらかというとノンポリですけど、お芝居というある種のエンターテインメントを通して、そういうのに近い気持ちというか……「私たちが生きている、こんなに面白い場所をなぜ潰すのか?」という切実さを肌身に感じられて、なおかつちゃんと楽しめる作品にしていけるよう、ギリギリまでブラッシュアップしていきます。
小林 さらに川添さんの席を、客席に用意するつもりです(一同笑)。招待状も送って。
益山 一番真ん中の席にふかふかのソファを置いて、お待ちしましょう(笑)。
(左から)益山貴司(劇団子供鉅人)、小林欣也。
取材・文=吉永美和子

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