METライブビューイング2018-19《マー
ニー》公開記念、作曲家ニコ・ミュー
リーにNY現地インタビュー

ニューヨークはメトロポリタン歌劇場(MET)における世界最高峰の最新オペラ公演を大スクリーンで楽しむMETライブビューイング。今シーズン第4作目となるニコ・ミューリー《マーニー》が、2019年1月18日(金)~24日(木)に1週間限定で全国公開となる。
【動画】MET《マーニー》予告編

巨匠ヒッチコックも映画化した衝撃の心理サスペンスを、アメリカ現代音楽の若き鬼才ニコ・ミューリーの才能あふれる音楽と、トニー賞常連(ミュージカル『春のめざめ』など)の鬼才演出家マイケル・メイヤーによる最高のプロダクションでオペラ化されたのが、本作《マーニー》である。そして、このほど公開を記念して作曲家ニコ・ミューリーの現地ニューヨークでのインタビュー取材が実現した。
《マーニー》 MET初演 (c)Ken Howard/Metropolitan Opera
ミューリーはオペラや映画音楽の他にも、ビョーク、アデル、スフィアン・スティーヴンスなどジャンルを問わない様々なミュージシャンとコラボするなど、活動の幅をどんどん広げる若き天才作曲家だ。2013年オペラ《Two Boys》の MET上演に続き、本作が2作目の METでの上演となる。ミューリーの多岐にわたる活動や今後の作曲予定や、さらにはMET 初演の《マーニー》の誕生秘話などが今回たっぷり語られた。
ニコ・ミューリー

“私にとってオペラは あらゆることが起こる可能性があるマジカルなスペース”
ニコ・ミューリーがオペラ作曲の委嘱を初めて受けたのは、ジュリアード学院修士を修了して3年後、まだ 26歳の若さだった2007年のことだった。しかもそれは、メトロポリタン・オペラとイングリッシュ・ナショナル・オペラという、超メジャーカンパニーによる共同制作のためのものだった。オペラを作曲するということへの自身の捉え方について、ミューリーは述べる。
「オペラには抽象的でない、ひとつのストーリーがあり、そのためには劇的な可能性が音楽自体になくてはなりません。そこがオペラと他の音楽作品との、決定的な違いだと思います。私にとってオペラは、あらゆることが起こる可能性がある、マジカルなスペースであり、音楽が視覚的な情報をも司る唯一のテキストである形態だと考えています。オペラで何が凄いかというと、歌手であれ、照明デザイナーであれ、舞台裏のスタッフであれ、それぞれに経験豊富な多くの人々の才能を活用することです」
自身のスタジオにて語るニコ・ミューリー
2019年1月18日より日本の映画館で上映される《マーニー》をオペラにするアイディアは、今回演出を担当したトニー賞受賞演出家マイケル・メイヤーから5年前に持ちかけられたものだという。
「マイケルが最初から制作に関わったことは、とても良いことでした。多くの場合オペラは、クリエーターに対する挑戦としてスコアが突きつけられますが、今回は最初からクリエーターたちが同じ場所から出発し、より強いコラボレーションで実現することができたからです。スコアの大きな機能は、作品の原動力、推進力なのであって、ワーグナーの上演に照らして考えてみても、スコアがオペラの舞台の全てをコントロールするものではないように思います」
今回のオペラ《マーニー》は、ヒッチコックも映画化したウィンストン・グラハムの同名原作小説をオペラ化したものだ。楽曲は、どのようなインスピレーションから生まれたのだろうか。
「前作《Two Boys》では、(インターネットのチャットが発端となって起こった実際の少年同士の傷害致死事件を題材にしているために)多くのことが現実世界ではなくオンラインで、そして登場人物の頭の中で起こることをいかに表現するかが一つの課題でしたが、作品世界の空気のようなものを音楽にすることに成功したと思っています。《マーニー》は、基本的に現実の世界でストーリー展開しています。その意味で、伝統的に、ストーリーをシンプルな形で伝える音楽を書きたいと思いました。第1幕の終わり、主役マーニーの犯罪を知りながら結婚を迫るマークが暴力的に豹変して、マーニーをレイプするに至る場面の忌まわしいクレッシェンドの構築、そして終幕でマーニーが、自分がなぜ現在の自分になったのかを理解し、全てがスローダウンして彼女のいわば不協和音が全て協和音へと解決するところは、特に満足しています。恐ろしさと美しさとが同時に起こっていると感じていただけたら、私は成功したことになるのかもしれません……それがどんな成功であれ!(笑)」
《マーニー》 MET初演 (c)Ken Howard/Metropolitan Opera
瞳を輝かせ、時に実際にキーボードを弾きながら、少々興奮気味に語り続けるミューリー。好奇心も人一倍強く、ビョークやインディー・ロックバンド(アントニー・アンド・ザ・ジョンソンズ)など、様々なジャンルのアーティストとのコラボレーションでも知られる。それでも自分の基本はクラシックにあることを認め、ボーダーレスと称されることには抵抗があるという。
「私はロンドンで1年の半分を過ごし、ロンドンの全てに精通していると思いますが、だからと言って私は米国出身でないことにはならないでしょう? ブライス・デスナー(アメリカのインディー・ロックバンド「The national」のリードギタリスト)と彼らの言葉で語るとしても、やっぱり私は私自身の経験を背景としています。私は、ボーダーレスではなくて、全ての目的にかなう力を備えたいと頑張っています。その力の追求は、物事にフォーカスする力を失う危険性があるという人もいますが、今のところ私はまだ大丈夫(笑)」
「異なるジャンルのアーティストから学んだことのひとつに、素晴らしいポップソングは、ギター1本だろうが、金管楽器のアンサンブルだろうが、どんなアレンジでも素晴らしいということがあります。ストラヴィンスキーの《春の祭典》が、2台のピアノでも、フルオーケストラでも素晴らしいのと同じように。作曲家は時として細部にこだわりすぎることがありますが、あくまでも作品の核が素晴らしいことが一番大切なのだということを、学びました」
ニコ・ミューリー
過去11年間、常に何らかの形でオペラ作曲に携わってきたミューリー。《マーニー》の MET上演が終わり、そのプレッシャーから解放された今、新たな可能性にも心を躍らせているようだ。次作を尋ねると、チェロ協奏曲、ダブルピアノ協奏曲(ラベック姉妹のために)、子供合唱団のための大曲など、次から次に例を挙げてくれた。
「以前に作曲した作品を再び取り上げることにもとても興味があります。先日ロンドンで、(《マーニー》でテリー役でも出演した)カウンターテナーのイェスティン・デイヴィーズのために以前書いた曲を、小さいアンサンブルのために編曲し直したものを指揮しましたが、それは大きな喜びでした。また日本も大好きで、観光で2回行ったことがありますが、まだ音楽の仕事では行ったことはありません。ロンドンでやったようなことが日本で実現したら、最高ですね」
そして、いよいよ日本のMETライブビューイングで《マーニー》が映画館上映される。
「オペラをどう楽しめばいいかわからないという人がいますが、バッハの“カウンターポイント”がどのように展開するか全て理解していなくても、バッハを楽しめないことがないように、オペラの要素を全て理解しなくてはならないと思う必要はありません。《マーニー》でも、ヒロインのストーリーだけをフォローしてもいいし、オーケストラがどのように舞台を支配して、どのように背後に消えるかに集中するとか、音楽と舞台が醸し出す時代の雰囲気を楽しむとか、セクシャルハラスメントについて考えるとか、いろいろな反応があると思います。そのアプローチが誠実であれば、きっと楽しんでもらえると思います」
《マーニー》 MET初演 (c)Ken Howard/Metropolitan Opera
インタビュー:小林伸太郎(音楽ライター)

【ニコ・ミューリー/ Nico Muhly プロフィール】1981 年生まれ。ニューヨーク在住。ジュリアード音楽院で作曲を学んだ後、フィリップ・グラスのアシスタントとして活動。ミニマル・ミュージックから合唱、オペラや映画音楽まで幅広いジャンルで活躍する作曲家。ニューヨークのメトロポリタン歌劇場やカーネギーホール、ロンドンのセント・ポール大聖堂などから委嘱を受け、コンサート用に 80 作品以上を作曲。オペラは《マーニー》(2017)のほか、《Two Boys》(2010)、《Dark Sisters》(2011)がある。ビヨーク、アデル、スフィアン・スティーヴンス、アントニー・アンド・ザ・ジョンソンズや、振付家バンジャマン・ミルピエともコラボレーショする鬼才。ブロードウェイ再演の『ガラスの動物園』やアカデミー賞受賞作『愛を読む人』などにも楽曲を提供。

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