ササノマリイが語る『MUIMI』(無意
味)との付き合い方

1年半ぶりに配信限定シングルをリリー
スしたササノマリイにインタビュー。

耳に残るメロディラインと深度のあるサウンドデザインを得意とし、ぼくのりりっくのぼうよみDAOKOなどに強く影響を与えたとされるササノマリイが、一年半ぶりに新曲『MUIMI』をリリース。

今回の楽曲では、adidas(アディダス)やSTUSSY(ステューシー)、G-SHOCK(ジーショック)などを手がけるイギリス出身のアーティスト・Joe Cruzとコラボすることになった。本作でササノマリイは、これまでとは異なるプロセスで曲づくりに臨んだ。それを本人は「修行」だったという。寡黙なようでいて、話し出すと止まらないササノマリイ。彼が考える「無意味との付き合い方」とは、いったいどのようなものだろうか。

Interview & Text_Sotaro Yamada
Edit_Kenta Baba




ササノマリイ『MUIMI』MV

長い期間をかけて「修行」をしていた。

――ササノマリイさん名義としてのリリースは、ぼくのりりっくのぼうよみさんとコラボした『game of life』ぶりなので、約1年半ぶりですよね。

ササノ : はい。修行をしていて、すごく時間がかかりました。

――修行、というと?

ササノ : これまで自分がやっていた曲づくりのプロセスを、一度壊してみようと思ったんです。そしてそれをやるのは今しかないと思った。

――具体的には、何がどう変わったんですか?

ササノ : すごく簡単に言うと、僕が今まで出してこなかった「ジャンル」のようなものに挑戦したんです。もちろん「ジャンル」という言葉はもうほとんど意味をなさなくなっているかもしれないけど……。自分のなかに元からあったもの、だけど自分自身の頑固なこだわりや偏りやしがらみなどによって出すべきではないと思っていたもの、それらを出すことによる周囲からの反応への怖さ、満足するものができないという葛藤などによって出せなかった、自分のあたらしい側面を出したかったんです。

――これまでの自分に不満があったのでしょうか?

ササノ : そういうわけではないんですけど、これまでの作品は、つくるプロセスが一貫していたんです。それを壊してみたくなった。この先もう少し時間が経ってしまえば、たぶん壊すことができなくなるだろうと。それで見切り発車でやってしまった。だから時間がかかったんだと思います。曲の形が見えるまでの計画段階が長かった。

――なるほど。

ササノ : でも、1曲をつくる実作業の時間はすごく早いんです。『MUIMI』は、これまでのササノマリイ名義の作品のなかでも早い方だったかもしれません。特に今回のジャンルにかんして僕が思うのは、ある意味で、時間をかけてしまうといけない音楽だろうと。出たままの形をできる限り大事にしようと。

――なぜ、時間をかけてしまうといけないと思ったのでしょう。

ササノ : ひとつの作品に本当に完成度を求めるならば、一生つくることができるわけです。今回つくった音楽たちは、衝動を大事にした方が良いと思ったんです。

――衝動、ですか。

ササノ : 自分にとっての理想の音や組み合わせはある。でも今回はそれと違った方向性のものにはなっていると思います。自分のなかの「こうあるべき」像から、あえて外してみること。かつ、自分の理想Aとはまた別の理想Bをつくること。そしてそのなかで納得できるものをつくること。もちろん時間をかけないとBには移行できないけれど、1曲をつくること自体に時間をかけてしまうと、何も後に残らない、ただのきれいな丸い石になってしまうんじゃないかという思いもありました。だから実作業としては1日もかかっていません。レコーディングも半日かからず終わりました。

『MUIMI』はイギリスのアーティストJo
e Cruzとのコラボ。

――どのような経緯で今回のコラボに至ったんでしょう?

ササノ : 元々Joe Cruzさんの作品が好きだったんです。『MUIMI』をつくるうえではこの方に頼むべきだなと思って、こちらからお願いしました。最初に知ったのはYouTubeだったのかな……。アートが好きだし、写真+ペインティングという組み合わせを単純にカッコ良いと思ったんですね。それがいつだったかは覚えてないけど、そんなに最近ではないです。自分の作品にJoe Cruzさんがかかわってくれる日が来るなんて思ってもいなかった。
Joe Cruzはイギリス出身のアーティストで、モノクロ写真をベースにオイルパステルなどのローテクな画像を用いて美しい作品を発表し続けている。多くのエキシビジョンを行うほか、adidas/STUSSY/G-SHOCK/New York Timesなどをクライアントに持つ。

――楽曲自体には、Joe Cruzの影響はありますか? 

ササノ : いや、それはないと思います。

――Joe Cruzは作品のなかでコラージュ的な手法を多用していますし、ササノマリイさんもサンプリングやコラージュ的手法を得意としています。『MUIMI』のイントロは、Thom Yorke(トム・ヨーク)の『The Eraser』かな、という気がしました。

ササノ : ああ、なるほど。そうか。

――サビの入りは、The Chainsmokers(ザ・チェインスモーカーズ)がColdplay(コールドプレイ)とコラボした『Something Just Like This』のサンプリングのようにも聴こえます。イギリス出身のアーティストJoe Cruzとのコラボということで、Thom YorkeやColdplayといったイギリス音楽をたくさんコラージュしているのかと思ったのですが。……まあ、The Chainsmokersはアメリカですけど。

ササノ : なるほど。でも、たぶんそれ以上に広いですね。今回のために参考にした曲は膨大にあります。かなり研究をしたので。僕はあまり器用ではないから、元ネタをはっきり用意すると、それそのものにしかならないんです。だからジャンルという言葉であれば、いわゆるUK的なものであったり、ウェイブとまではいかなくとも最近のニュージャンル的なものはたくさん吸収しました。

ここ数年、あたらしいタイプの音楽がものすごく増えてきていると思っていて。あまり知らないタイプの音楽に世界が染まっていくのがすごく怖かったんです。居場所がなくなってしまいそうな気がした。自分がこの世界に存在するためにはこれらの音楽たちを理解しないといけない。そう思ってたくさん聴き始めたんです。The Chainsmokersは前から好きだったし聴いていましたけどね。

――じゃあ、コラージュ的手法で作曲したと書いてしまうと、ちょっと語弊がありますね。

ササノ : そうですね。だけど近い作品があるのだとすれば、それだけその世界に近づけたということなので嬉しいです。自分には、最近の若い子たちがベッドルームでつくって共有するような音楽への憧れもあるんです。少し前にはなりますけど、「Kawaii Future Bass」(※)ってあったじゃないですか。ああいうふうに、日本の高校生くらいの若いトラックメイカーがすごい曲をすごいペースで出している。その人たちと僕では根本的につくりが違う。どういう脳の構造をしていたらこんなペースでこんなすごい楽曲ができるんだろうって不思議に思います。

(※フューチャーベースに「kawaii」要素を追加した新ジャンル。2014年、当時18歳だった日本人のSnail’s House(Ujico*)がYouTubeにアップロードした楽曲がはじまりだと言われている)

ササノ : そうした音楽を研究して、少ない音で成立させることの難しさを身をもって経験しました。クラブミュージックって引き算の音楽が多いんですよ。僕はこれまで足し算で音楽をつくっていた。

無意味との付き合い方を考えながら、生
きていく。

――歌詞はどうでしょう。自身の経験をもとに書くタイプですか?

ササノ : 僕は、音に比べてあまり言葉をコントロールできないんです。出てきたものしか出てこない。自分でつくったオケを聴きながら、出てくる情景、その情景を見て抱いた感情を言葉化しています。たとえば雪が降ったという情景があるとすれば、「雪が降った」と書くのではなく、雪が降ったことによって生じる感情の変化を言葉化する。

――音をつくることによって、自分のなかに潜在的にあった言葉が形をもって現れてくる、という感じでしょうか?

ササノ : そうですね。言葉をテキスト的に考えられないんです。だから歌詞はちょっと苦手なんですよね。音→情景→自分の心情の変化、というプロセスが基礎になってしまっていて。物語は作り出せそうにないのかなあとも思うし、でもノンフィクションでもないし。異世界ではあるけど、自分の経験や感情がもとにはなっている。自分の感情からは逃れられないんでしょうね。

――非常に強い言葉を選んでいる印象があります。『MUIMI』(無意味)なんて、タイトルからしてそう。全体的にダウナーな歌詞ですし、これまでの作品にもダウナーなものが多かった。ササノマリイさんは、ご自身の人生全般に対して「手を伸ばしても届かない」という感覚がずっとあるんでしょうか。

ササノ : ……はい(笑)。物事にはすべて何かしら意味があると思っているんですけど、その反面「じゃあ僕自身が生きる意味って?」という思いもある。その自己問答がずっとあります。他人に対して、その人の生きる意味を提示することはできるんですよ。「君には音楽があるよ」とか「守るべきものがあるじゃない」とか。僕はそうじゃなくて、自分のなかにある「無意味との付き合い方」を表現したかった。その結果出てきた言葉が『MUIMI』の歌詞です。僕は、自由や解放、生きる意味などの問答からは逃れられないと思っているんです。

何かになりたがったって 絵空事すぎて中身がないな 僕はいつだってそうだ 僕はいつだってそれくらい 無意味なんだ いつも無意味なんだ 手を伸ばしても 届かないな (—「MUIMI」より)

――『MUIMI』はその問答を繰り返すなかで見つけた答えのようなものなのでしょうか?

ササノ : 明快な答えは見つかっていないので、あくまで現時点での途中経過報告のようなものなのですが、人それぞれいろんな救いがあるなかで、僕は「諦めによる救い」という考え方が好きなんです。現状が変わらない状況におけるひとつの解決方法というか、諦めってぜんぜん後ろ向きなことではないと思うんです。それによってあたらしい道が見えてくるのであれば、それは素晴らしいことじゃないかと。

いつまでもつきまとう、めんどくさい自
分。だからこそ生まれた俯瞰する視点。

――ササノマリイさんの話を聞いて、「無意味と付き合う」という発想は一見ネガティブなようで、実は前向きな考え方なのかなと思いました。

ササノ : 僕はすごくめんどくさい人間で、常に人の目を気にしすぎながら生きているんです。道を歩いていても「人に不快に思われていないだろうか」って考えてしまう。「大丈夫かな……髪も長いしな……」とか。でもこういった自意識過剰は絶対に他人を楽しくさせないので(笑)、意識して気にしないようにしています。誰かと一緒にいるときだけは自然になれるのですが、ひとりでいるときは電車にも乗れないぐらい。やむを得ず乗るときは、座ったら横の人に迷惑をかけていないか気になってしまうのでずっとドアのほうに立っていたりして。自分でもこの面倒な性格を自覚していて、頭のなかでぐるぐると考えすぎてしまうんです。だからこそ自分自身も含めて、物事を俯瞰的に見る癖がついたのかもしれません。

――いつから俯瞰的な視点を?

ササノ : 小さい頃にいじめられた時からですね。いじめられている小学校生活が自分のすべてだったら、生き抜けないじゃないですか。逃げ場がなくなってしまう。小学生という自分から一歩離れて俯瞰して見ることができれば、「小学校を過ぎれば、このいじめは終わる」と思うことができる。学校生活が終われば、集団生活というある種の守られた場所でのいじめから解放される。そして何より、いじめてくる奴らから解放される。そう考えられたからこそ、これだけ社会不適合な人間でも生きてこられたんだと思います。

――そのような経験や、めんどくさい自分を自覚しているからこそ身につけた視点や考え方が『MUIMI』に反映されているのかもしれないですね。

ササノ : そうですね。人に言われたからといってそういう考え方を持てるわけでもないですけど、だからこそ「無意味との付き合い方」という表現をすることで、音楽を通してラクになるとか、そこにひとつの生き方を見出すようなことがあれば、という思いがありますね。


リリース情報

Digital Single『MUIMI』
ダウンロード/サブスクリプション


ササノマリイ

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ササノマリイが語る『MUIMI』(無意味)との付き合い方はミーティア(MEETIA)で公開された投稿です。

ミーティア

「Music meets City Culture.」を合言葉に、街(シティ)で起こるあんなことやこんなことを切り取るWEBマガジン。シティカルチャーの住人であるミーティア編集部が「そこに音楽があるならば」な目線でオリジナル記事を毎日発信中。さらに「音楽」をテーマに個性豊かな漫画家による作品も連載中。

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