<フランス革命ものエンタメ作品>を
楽しむための人物ガイド-魅力溢れる
登場人物が織りなす世界-[王妃マリ
ー・アントワネット(1)]

新演出版 ミュージカル『マリー・アントワネット』笹本玲奈 「写真提供/東宝演劇部」

「フランス革命」― その言葉を聞くだけで、読書家やシアターゴーアーは心躍る気持ちになるかもしれない。それだけフランス革命を題材にした芝居、ミュージカル、映画、小説、漫画等は数多ある。あまりフランス革命について詳しくなくても、これに関係する演目やタイトルは聞いたことがあるという方も多いだろう。そうした<フランス革命ものエンタメ作品>と関係の深い革命関連人物たちをクローズアップしていくのが、この連載企画である。
最初に取り上げるのは、2018年10月8日より帝国劇場で上演されるミュージカルのタイトル・ロール、マリー・アントワネットだ。その名を聞いて、皆さんはどんなイメージが脳裏に浮かぶだろうか? 悲劇のヒロイン、革命の原因を作った人、浪費家、天真爛漫な可愛い女性、当時のファッションリーダー的存在。様々なイメージが浮かぶことだろう。そんな彼女の波乱万丈な生き様を、幾つかの角度から数回に分けて紹介していく。
新演出版 ミュージカル『マリー・アントワネット』
■王妃マリー・アントワネットとは
ご存知のとおり、マリー・アントワネットはフランス革命において非業の最期を遂げた王妃だ。母はオーストリアのハプスブルク家の実質的な女帝と呼ばれたマリア・テレジア(正式にはオーストリア女大公、ハンガリー女王、ボヘミア女王)。兄は神聖ローマ帝国のローマ皇帝ヨーゼフ2世(モーツァルトを描いたピーター・シェーファーの戯曲『アマデウス』にも登場し、僅かながら妹についての言及もあった)。マリー・アントワネットは幼少期をオーストリアで育ち、14歳で政略結婚のためにフランスのルイ16世の許に輿入れし、王妃として波乱万丈な人生を送った。最後には吹き荒れる革命の嵐の中で、断頭台の露と消えた。
余談だが、ミュージカル『エリザベート』に出てくる、オーストリア=ハンガリー帝国の皇后エリザベートは、マリー・アントワネットの甥の孫(フランツ・ヨーゼフ1世)の皇后である。『エリザベート』は、マリー・アントワネットの親戚の話である。そんなことも観劇前に知っておくと、壮大なハプスブルク家の流れが見えて面白いだろう。
■日本人とフランス人、それぞれが抱くアントワネット像
日本では、色々な書籍や演劇等の影響で、マリー・アントワネットに対して、必ずしも「悪人」というイメージはあまり持たれていない。むしろ、時代に翻弄された人、本当はそれほど悪くはないけれど生まれつきのお姫様ゆえに価値観が世間の常識とずれていた等、擁護の意見も多い。スウェーデン人貴族で軍人・政治家のハンス・アクセル・フォン・フェルゼンと不倫関係にあったことについてでさえ、「権謀術数渦巻くヴェルサイユ宮殿にいてストレスも溜まる中、フェルゼンが現れたら、不倫したくなるのも無理はない。そもそも当時の貴族は、不倫なんて日常茶飯事だったんでしょ?」などという同情的な声も聞こえてくる。
実際、宝塚歌劇で『ベルサイユのばらーフェルゼンとアントワネット編』という、フェルゼンとアントワネットの純愛を描いた作品もあった。筆者の観た同作品の2016年版では、花組の明日海りお演じるフェルゼンが美形で麗しく、また、上品さと誠実さを感じさせ、道ならぬ恋とはいえ完全に純愛を描いた作品に仕上がっていた。実は不倫の話であるにも係わらず、多くの観客は完全にそのことを忘れながら、ただただ、その二人の愛と悲しい結末に涙していたのだった。
宝塚歌劇花組『ベルサイユのばらーフェルゼンとアントワネット編』公演パンフレット(著者所蔵)
では、フランス人にとってのマリー・アントワネットのイメージとは、どのようなものか? このことが長年ずっと気になっていた筆者(清川)は、5年ほど前にパリへ行った時に、「フランス国民はマリー・アントワネットのことをどのように考えているのか?」と、会うフランス人みんなに訊いてみた。年齢は20代から80代まで様々な人に訊いたのだが、誰一人として、マリー・アントワネットを擁護する人はいなかった。むしろ憎んでいるいう印象さえ覚えた。国民を苦しめたという印象を抱く人がとても多かったのだ。
しかし、前回のコラムでも触れたとおり、フランスの財政難はマリー・アントワネットが嫁いでくる前から始まっていた。また、革命の直接的原因は「戦争・パン・思想」の三つであって、けっしてマリー・アントワネットのせいではない。そして、有名な「パンがなければお菓子を食べれば良いのに」とマリー・アントワネットが語ったとの逸話も、実はマリー・アントワネットの言葉ではなかったと、最近になってわかっている。
それなのに、今なお国民に憎まれているのは何故なのか、マリー・アントワネットが最後を過ごした、コンシェルジュリー牢獄のガイド人の解説も、まさに「国民の勝利のため、悪女をここで懲らしめてやったんだ!」と言うような解説だった。そこには少しも同情的な発言はなかったように思える。一体なぜだろうと思っている時に、あるフランス人と話した、マリー・アントワネットについての会話の中に答えがあるような気がした。
フランス人「そうだね、あなたが言うように、実は革命を起こした原因が彼女(アントワネット)にないことを国民はわかっているよ。学校での勉強でも、偏った教育は受けていないと思う。だけどね、もし、こう考えてみたら、僕たちの気持ちが少しわかるかもしれないね。例えば、あなたの国の王の許に、隣国の外国人の姫が嫁いできて、最初は、それはそれは可愛かったんだけど、でもある時その姫が、全然違う国の人と不倫している、自国の王を裏切っていると知ったら、どんな気持ちになる?」
清川「え? それは、日本に置き換えると、例えば、天皇陛下の許に、中国から可愛いお嫁さんが来て、でも、タイ人と不倫してしまった、みたいな感じかな?」
フランス人「そう、今の日本ではそんな事ありえないだろうけど、そんなイメージだよ」
清川「うーん、それは想像するのはかなり難しいけれど、でも、もしそうだったら、複雑な気持ちになるな……なんか日本が裏切られたような」
フランス人「そう! その感情が僕たちの感情に近いよ。フランス国民は、裏切られたという気持ちが強いんじゃないかな。フランス人の王の許に、オーストラリアから可愛いお嫁さんが来た、でもスウェーデン人と不倫した、という……」
清川「なるほど……」
そんな風に考えていたのならば、少し理解できると思った。フランス国民は、革命や浪費のことを恨んで、彼女を悪女といっているのではなく、また違った感情をアントワネットに対して抱いているのだということがわかってきた。
■日本での根強い人気
そのようなマリー・アントワネットだが、日本での人気は根強い。書籍や舞台等では数々のテーマで扱われ、フランス革命といえば必ず登場してくる人物だ。それほどまでに、良い意味でも悪い意味でも人気のある、マリー・アントワネットの魅力というのは何なのだろうか。様々な書籍でも書かれているように、会った者全ての心を奪ってしまうという、独特の魅力ある人物であったことは間違いない。かのモーツァルトも、出会った時(6歳)に、マリー・アントワネット(7歳)の頬にキスをし、求婚したという。しかし、その魅力だけではなく、彼女の波乱万丈な人生、そして、奔放で天真爛漫な性格を持ちながら、革命時に必死に生きたという人物像が、心惹かれる原因なのではないだろうか。
読者の皆さんの中のマリー・アントワネットとは、どんな人物だろうか、また、作品ごとにマリー・アントワネットのイメージは、少しずつ変わるのもしれない。すでに福岡で上演され、このあと東京・愛知・大阪で巡演されるミュージカル『マリー・アントワネット』(新演出版)は、まさにマリー・アントワネットが主役の舞台だ。ここではマリー・アントワネットという人物が濃厚に描かれていることだろう。そこで新たなマリー・アントワネット像と出会うことで、皆さんの中の王妃マリー・アントワネット像は、また変化するかもしれない。
次回は、ミュージカル『マリー・アントワネット』について、その原作となった遠藤周作の小説「王妃マリー・アントワネット」との関係や、初演時の創作秘話などを紹介したい。
<フランス革命ものエンタメ作品>を楽しむための人物ガイド-魅力溢れる登場人物が織りなす世界-[王妃マリー・アントワネット(2)]に続く。
文=清川永里子

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