松井周インタビュー ~「安楽死」か
ら選択肢のある生を考える~『グッド
・デス・バイブレーション考』

劇団という体制から松井周の個人ユニットとして新たなスタートを切ることとなった新生「サンプル」。この再始動となる作品が、2018年5月5日(土・祝)からKAAT 神奈川芸術劇場にて上演される舞台『グッド・デス・バイブレーション考』だ。今年2月に同劇場にて行われた「2018年度KAATラインナップ発表会」の場で、松井は「安楽死というテーマで、近未来の『楢山節考』のような話を描きたい」と語り、その場にいた者に衝撃を与えていた。

それから約2か月。いよいよ初日が見えてきた段階で、松井に改めて本作に関する思いの丈を聞いてきた。
松井周
「安楽死」から考える近未来
--ラインナップ発表会で「安楽死をテーマに……」という発言にドキッとしました。まずはそのテーマについて、詳しく聞かせてください。
「安楽死」ですが、現在一部の国で認められている「安楽死」とは、自分の意志で自分の終わりをこうしたい、また、こんな病気を抱えていて生きるのが本当に苦しい、という方に対して、第三者や家族の意見を受け、きちんとした手続きを取った上で実行する、というもの。でももし、日本で「安楽死」という人生の終わり方が可能になるとしたら「安楽死ブーム」という形になるんじゃないかな、と僕は思うんです。例えばメディアが「かっこいい安楽死」「おしゃれな安楽死」といった盛り上げ方をして、眠りに落ちるように逝ける薬とかがどんどん開発されるとかね。これは作家の村田沙耶香さんがおっしゃってたんですけど。テクノロジーが発達して、今まで考えたことのないことに直面しているこんな時代、苦痛を感じるよりは夢見るように死にたい、最後に楽しい思いをしたいと考えたときに「そんなときにこの錠剤を……」って広告が打たれたら、なんとなくそっちに流れるような気がしなくもないなって(笑)。
あるいは「いさぎよい死に方」という切り口でもブームとなりそうです。
--古くから日本の文化にあった「武士道」のようですね。
そうそう、そういう流れなら日本でも「安楽死」という考え方は起こりうるのかな、と思うんです。でもそれは真の意味での「安楽死」なのか、周りに都合よく流されて死を選んでいるだけなのかもしれませんし、本当にそれでいいのか?というもやもやとした気持ちになりますね。
「安楽死」が政府なり世論の流れで自分と直面する際、人はそれを受け入れるのか、あらがうのか。日本人って意志を持って「私はこうです」と決断できない人が多いですから。
--自分の意志が希薄になっているせいで、あっさり世論に流されますからね。
今の日本人には意志そのものがないんじゃないかなって思うくらいです。僕自身もそうですし。そういう日本人が安楽死をするとしたら、それこそ映画の『楢山節考』のように「こういう慣習だから、こういう決まりだから」という風潮の中で死を選ぶことになってしまいそうです。僕はそこにもやもやするんです。
健康上の理由で身体がキツくなるとか、予想もできないケガをしたとかで、昨日までと同じようにふるまえなくなった=だから死ぬ、というのは何か違うと思うんです。今回描きたいのはそういう割り切れない感情を抱えながら、今までのような生活ができなくなったり、期待されたことを担えなくなった人たちが、なんとなく迷惑をかけながら生きているという世界なんです。
松井周
--本作の構想について、白井晃さん(KAAT芸術監督)とどのようなやり取りをされたんですか?
白井さんとは、最初に話をしたときに「どんな物語をやりたいですか」と聞かれたので、「僕が今興味があるのは日本の文学なんです。日本の文学を掘り起こしてみたい。そこで気になったのが『楢山節考』なんです」と伝えたんです。すると、白井さんもちょうどご自身の親世代の介護に直面していて「日本の未来を見たい」という想いがあったそうで、「ぜひそんな世界を見てみたい」という風に語っていらっしゃいました。
--では、さらに本作について詳しく伺います。あらすじにあった「貧困家庭の65歳を過ぎた人間は、肉体を捨てることを強く望まれる社会」という設定にうすら寒い感覚を覚えました。これがまさに「こういう慣習だから」という風潮なんですね。
はい。近未来的には政府や国家に人の命を登録され、管理されている世界が訪れると思うんです。生も死もコントロールされかねない世界が。
--中国では最近まで一人っ子政策で国家が「生」をコントロールしていましたし、その逆も確かにありえますね。
ええ。だからこそ、死についても「安楽死」なのか実はそうでないのか見分けがつかない世界がやってきそうに感じるんです。
松井周
意外性のあるキャスティング。その狙いとは
--さきほど配役を見て驚いたんですが、戸川純さんが演じるのは元ポップスターの父ツルオ役なんですね。どうして父役を戸川さんにお願いしようと思ったんですか?
この「父」ですが、一応最初はその家族の柱になろうとしていたんだけど、強制的に去勢されることで女性なのか何なのかわからない感じになるという人物にしたかったんです。戸川さんって年齢も性も超えている存在だと思っているので、だからあえてアクロバティックな役をやっていただこうと考えてお願いしました。
戸川さんは自分一人で「スタイル」を作った人。そんな戸川さんが背負ってきた歴史と僕の妄想と混ぜてみたいと思いました。戸川さんという女優に対する僕の原体験は『刑事ヨロシク』というドラマでビートたけしさんと掛け合いをしていた姿。それが今もずーっと頭の中に残っているくらい強い印象を受けたんです。
--戸川さんの役を知るまでは、男性である板橋駿谷さんが父役をやるのかも、でも相当元気なお爺ちゃんになりそう……と勝手に想像していたんです(笑)。で、板橋さんの役どころは?
三世代家族というものを作りたかったんです。父がいて娘がいてその子(孫)がいる家族。今はもう晩婚化の影響で、子育てと介護が同時に始まる時代です。孫が小さいと何かと子育てに手がかかる、そこで薬で身体だけ膨らまして一人前にする、そんなテクノロジーを使って成長を促進させた孫・バイパス役が……とても健康そうな板橋くんです(笑)。
設定年齢は14歳なのですが、肉体は28歳なんです。これは演劇だからこそできる技ですね(笑)。
--そこでも人間が「コントロール」されているんですね。となると、この物語の中でキーとなりそうなのは……。
この人数だと皆がキーパーソンになりそうですが、稲継美保さん演じる娘ヌルミは上世代と下世代の間に立つ世代として受難というか、いろいろ大変な物事を抱えることになるでしょうね。
--現在の稽古の具合はいかがですか?
割とイメージしていたものが出来ています。この物語では、どんな境遇であってもドライにあっけらかんと生きている感じが欲しい、ユーモアだったり、一緒にいれば楽しい……という僕のもう一つのテーマを描きたくて。言葉で有りか無しかを考える一方で「どうしようかなあ」と迷っている、何となく早く逝きてぇなあと言いながらもダラダラ生きているそんな日常を作りたいんです。とんとんと物事が決まっていくときって、その場にいる人にとっては不意打ちのようなもの。それに対応できなくてアワアワしている状態の人間の割り切れない感情が見どころとなるでしょうね。
松井周
提示したいのは「選択肢の多い生き方」
--松井さんが何かを描こうとするときに大切にしていることって何ですか?
僕は基本的に好きなことをやっていますが、常に今、直面していることが作品で展開されているようにしたいんです。今回描く「安楽死」は僕にとってこれから直面しそうなテーマ。また「子どもを産む」という「生」のなかにも「死」というテーマは潜んでいると感じています。遺伝子操作でデザイナーベイビーと呼ばれる理想の子ども……筋肉が発達している子ども、頭が良さそうな子どもなどを意図的に作ろうとしている「生」の形とか、逆に先天性の病気や欠陥が見つかったときに出産を選ばない、という難しい話も関わってくる。もし自分がその当事者だったらそのときどうするのか……どう考えていいのかわからなくなりますけど。
僕自身も頭でっかちに問題を突きつけるようなことはしたくないんです。選択肢も二つだけではない、生き方も。ある能力を失ったとしても、その中で新しい生き方が生まれてくるかもしれない。今、自分たちが窮屈に感じているのは、選択肢があれかこれしかないという幅の狭さで考えてしまうから。もうちょっと広い選択肢を提示できないかな、と思いながら作っています。
--それでは最後に、公演を楽しみにしている皆さんにメッセージをお願いいたします。
僕にとって「サンプル」の再始動となりますが、それにあたりジャンルを超えて今まで出会ったことがない人と一緒にやってみたいと思いました。まずは戸川さんとやることで音楽と演劇がどう混ざるのかを知りたいんです。また宇波拓(うなみたく)さんに生演奏で音楽を手掛けていただくことで、まずライブ感覚を楽しめるんじゃないかな。内容は生や死、家族を扱っていますが、あんまり頭でっかちではなく井戸端会議のように淡々と日常の中でいろいろなことが進んでいく、それを演じている俳優の存在感を楽しんでいただきたいですね。
松井周
取材・文・撮影=こむらさき

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