- the Homeground 第28回 -

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阿部真央 ×
music house CANTALOOPII 渕野浩士
- the Homeground 第28回 -

ライヴ活動を行なうアーティストの拠点となるライヴハウス。思い入れ深く、メンタル的にもつながる場所だけに、当時の想いや今だからこそ話せるエピソードなどを語ってもらった。もしかしたら、ここで初めて出る話もあるかも!?

阿部真央 プロフィール

アベマオ:1990年1月24日生まれ、大分県出身。06年、高校2年生の時に『YAMAHA TEENS' MUSIC FESTIVAL』の全国大会で奨励賞を受賞。09年1月にアルバム『ふりぃ』でデビュー。感情的なアコギで押し出す、等身大でリアルな歌詞、表現力豊かなヴォーカル、バラエティーに富んだ楽曲、同世代の女性を中心に、幅広い層から注目と共感を集める。14年10月にデビュー5周年を記念して初の日本武道館公演を開催。16年5月、産休明け第一弾シングル「Don’t let me down」で完全復活を果たし、さらに活動は精力的に。デビュー10周年となる19年には『阿部真央 らいぶNo.8 〜 10th Anniversary Special 〜』が開催される。阿部真央 オフィシャルHP

温かい人や場所に
触れられてたことが大きい

地元である大分のmusic house CANTALOOPIIに出演し始めたのはいつ頃ですか?

『YAMAHA TEENS' MUSIC FESTIVAL2006』に出たあとなんで、高校2年生の秋くらいでした。初めて出た時のライヴは、もう忘れもしないです! あの時は父の友人が譲ってくれたギブソンのB-15っていう小さめのヴィンテージギターを使ってたんですね。『YAMAHA TEENS' MUSIC FESTIVAL2006』では賞をもらったりしたんですけど、何曲か自分のオリジナルできたからライヴをしようってなって、当時の新人発掘のディレクターさんがCANTALOOPIIさんに掛け合ってくれて対バンで出してもらったんです。バンドさんと私で3組くらい出ていて、私は一番最初の出番だったんですけど、次にやる予定のバンドさんのセットがもう組んであって、その前に私のギターも立てて。あとはもう私がステージに上がるだけって感じで開演を待ってたところに、ガシャンガシャン!って音と“あー!”って誰かの声が(笑)。ステージを見たら、私のギターが倒れて折れちゃったんですよ。次の出番のバンドさんのギターの人が私のギターの横にあった自分のエレキを取ろうとしたら、私のギターにつながってるコードに足を引っ掻けて倒しちゃったみたいなんです。ギターのネックの上のヘッドがポキッって折れちゃって、開場まで1時間もないし、“どうしよう!?”って私もテンパっちゃって。とりあえずはCANTALOOPIIオーナーの渕野さんが自分のマーティンを貸してくれて、その場はことなきを得たんですけど…それが一番最初のCANTALOOPIIでのライヴです。

それは忘れられない初出演ですね(笑)。

もう本当にショックで! まぁ、もちろんそのあと弁償はしてもらったんですけど。で、次のギターを見つけるまではずっと渕野さんのマーティンを貸してもらってたんです。以前、高橋 優さんの番組で帰って久々にお会いした時に、“あの時真央ちゃんに貸したマーティンが、何カ月かしてボロボロになって返ってきてね”って言われて(笑)。だから、ごめんなさいって謝ったら“それが今では貴重な思い出”なんて言ってくれてやさしかった。それぐらい本当に心根のやさしいオーナーさんと従業員さんでされてるライヴハウスなんですよ。そのあとも本当にすごく良くしてくれて、上京前にワンマンとかもさせてもらったりとかして、本当にお世話になったライヴハウスさんです。高校生の時の私はいつもお腹が空いてて、バーに置いてある魚肉ソーセージを買って本番前に食べていたんですけど、この間帰った時も“真央ちゃんこれ好きだったでしょ!”って従業員さんがいっぱい魚肉ソーセージをくれて、“ありがとうございます!!”って(笑)。そんな感じの本当に素敵な人たちです。

では、今の話に出てきた渕野さんについての第一印象は?

当時の私は基本的に大人は怖いと思ってたんでこの人も怖いのかなって思ってたんですけど、困った時にはマーティンを貸してくれたりとか、それだけじゃなくて出るアーティストさんとかお客さんに対しても非常に愛のある人なんで、やさしい人なんだな~っていうのがすぐに分かりましたね。こっちに出てきてから、あんなに嘘のない大人も珍しいなって思いました。私は嘘のない人としか仕事をしてないからより思いますね。“本当に嘘がなかったなぁ”って。本当に良い人っていう。嘘をつく人って何て言うのかな…ちょっとずるい人って多いじゃないですか。ライヴハウスの店長って、お店を経営したり、守るものが大きくなればなるほど、しょうがなくずるくなるってことも多いんだろうけど、そういうのがない人。だから、嫌な思い出が一切ないですね。

そんな渕野さんにはどういうふうに思われていたと思いますか?

どう思われてただろうね~。私がこういうことを言うのもあれだけど、やっぱりひと味違った的なことは言ってくれそうですよね。あとは…真面目か、甘え下手とかそういう印象を言われそう(笑)。なんか、私の過去を知ってる大人の人にのちのちインタビューをすると、大体そんな回答が返ってくるんですよ。あと、大人っぽかったとかね。そうね、あとはギターをボロボロにしたっていうのもありますけど(笑)。本当にすみません!

最後に、現在の阿部真央さんに影響を与えていると感じることがあれば教えてください。

度胸が付きましたね。ステージの低い会場なのでお客さんが近くて、ライヴバーみたいなイメージに近いんですよ。最後のほうくらいにはワンマンライヴもさせてもらったんですけど…それまではずっと固定のお客さんとかもいないままやってたんで。それはCANTALOOPIIに限らずですけど。だから、東京に来て初めての人ばっかりのライヴにも最初の頃は全然抵抗なかったですね。あと、単純に本当に応援してくれてたんで、そういう場所があるのって非常に重要だったなって。やっぱり世知辛い対応をされることも多い中で温かい人や場所に触れられてたことが大きいですね。

OKMusic編集部

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