『キッズファイヤー・ドットコム』子
育てに愛は必要か?

海猫沢めろん『キッズファイヤー・ドッ
トコム』

もしもある日、帰宅したら、家の前にベビーカーが置いてあって、そのなかで見知らぬ赤ちゃんが眠っていたら? そして赤ちゃんの上には自分宛ての手紙が置かれ「〇〇さまへ よろしくお願いします」とだけ書いてあったら?

育てるっしょ!

とは普通ならないだろうが、何かしら微妙に身に覚えがあって、妻も恋人もいないのに育てることになってしまったら、どうなるか。

小説『キッズファイヤー・ドットコム』はそんな状況から物語がスタートする。
主人公の白鳥神威(しらとりかむい)は新宿歌舞伎町でホストクラブを経営するカリスマホストだ。

この小説を一言で説明するなら、「カリスマホストがクラウドファンディングで子育てする話」。

2015年5月に純文学系の文芸誌『群像』に掲載され話題になり、それから2年後の2017年5月に同誌に続編『キャッチャー・イン・ザ・トゥルース』が掲載され、2017年7月に単行本化された。著者は作家の海猫沢めろん。2004年に小説『左巻キ式ラストリゾート』で作家デビューし、『愛についての感じ』『ニコニコ時給800円』などのほか、『明日、機械がヒトになる ルポ最新科学』などのルポも手がけ、カルト的な人気を誇る作家だ。

ホスト文体の面白さ

『キッズファイヤー・ドットコム』はホストの視点で物語が語られる。そのため、文学の世界ではちょっと珍しい文章が続く。たとえば、白鳥神威が新宿歌舞伎町のホストクラブに出勤するシーン。

店まであと一〇〇メートル地点、ホスト人口ハンパなく増加。道行く男の八割ホスト。じゃらじゃらアクセつけたインナーはワインレッド。羽織る黒のカーデ。黒いキャップに黒いマスク。全体的にスマートに見せたいのか病んでいるのか。一世代前の、鶏冠みたいに盛ったヘアスタイルと棒みたいに細い足。尖った黒い革靴。ミニストップでメントス買う。屋根のないコインパーキングで一息ついて店のビル前。一階には韓国料理オムニ食堂。サムギョプサル、豚足、ポッサム、ガムジャタン、ブデチゲ、K-POPアイドル「EXO」のポスター。近未来。乗り込むエレベーター上昇。 (『キッズファイヤー・ドットコム』p.11~p.12)

カチッとした文法通りの文章ではなく、次から次へと単語を繰り出すスタイル。
これは新宿の夜、区役所通りの奥というディープスポットの過剰さを的確に描写した文章であると同時に(このあたりに夜中行くと、まさにこうした光景が見られる。……にしても、メントス?)、語り手のホストらしいオラついた性格をあらわしているわけだ。

これを「ホスト文体」と言ってもいいかもしれない。

「ホスト文体」はもちろん会話にもあらわれる。主要な登場人物のほとんどが現役もしくは元ホストなので、こんな会話が頻出する。

「店長来店店長来店! おはようございます!」 神威は手近な新人のがっしりとした腹筋を、冗談めかして軽くぽんと叩いて問いかける。 「コンディションは?」 「自分史上最高です!」 「最高のおまえに会えてうれしいよ。今日も生まれるな……レジェンドが」 今夜もホストクラブBLUE†BLOOD二代目店長としての仕事が始まる。 神威は心の底からの笑顔で新人たちを激励した。 (『キッズファイヤー・ドットコム』p.12)

ナルシストでひたすら前向きで、ちょっとアホな感じ。そのアホさへの自覚。基本的にこのテンションとグルーヴ感で物語は進んでいく。まずは、こうした「ホスト文体」の面白さが本書の特徴だ。一度この文体にハマれば、それだけで何ページも読めてしまう。

《レジェンド・オブ・赤ちゃんプロジェ
クト》

《レジェンド・オブ・赤ちゃんプロジェクト》 歌舞伎町の伝説的ホストクラブ「BLUE†BLOOD」に0歳児のホストが降臨! キリスト誕生を凌駕する人類史上最強イベントである彼の誕生に合わせ、彼の人生の一部を販売いたします。歌舞伎町の伝説と、安らかな老後を作りませんか? 【基本プラン】50万円(20人)動画メッセージ、成長記録が秘密のブログで一生閲覧できます。四季折々の子供の笑顔を楽しめます。設置型カメラでいつでも彼の顔を見られます。 【ゴッドファーザープラン】1500万円(1人)基本プラン+命名権です。あなたの好きな名前をつけられます。募集は1ヶ月以内! お早めに。 (『キッズファイヤー・ドットコム』p.72)

さて、「カリスマホストがクラウドファンディングで子育てする話」ということで、ホスト×育児×クラウドファンディングというアイディアもさることながら、その内容も尖っていて、一般的な育児小説やイクメンものとはわけが違う。

白鳥神威は赤ちゃんを自分で育てようとするし、ホストクラブの仲間と一緒に赤ちゃんを”キャスト”にしようとする。

母親が誰だかわからないのに、なぜ育てようとするのか? 

それは白鳥神威にとって「試練」であり、試練から逃れることは「カリスマホストの本能が許さない」からだ。

アホみたいな理由だが、この理由には本質的な問いが含まれている。それが小説をぐっと奥深く鋭いものにしている。

その問いとは、「子育てに愛は必要か?」あるいは「子どもは愛されていなければならないのだろうか?」という問いである。

つまりこの小説は、「子どもには愛情をたっぷり注いで大切に育てなさい」といった説教くさいメッセージに対する重大な問題提起をはらんでいるのだ。

「子育ては愛情」という常識の暴力性

「子どもは親に愛されていなければならない」という考えは、一見当たり前のように思える価値観だが、それがいかに危険であるかをこの小説は気付かせてくれる。

考えてみれば、すべての子どもたちが望まれて生まれてくるわけではない。命は、愛などといった曖昧なものではなく、生物学的な条件のもとで生まれる。たとえ犯罪であろうと事故であろうと、条件が整えば命は生まれる。そして現実には、生まれた子どもを捨てる親はたくさんいる。

本書の主人公・白鳥神威は、売春婦の子どもとして生まれ、親の愛情を知らずに育った。「愛のない排泄行為みたいなセックスで生まれた肉のかたまりが俺なんです(p.117)」と白鳥神威は言う。そうした人々がいる現実を差し置いて「子育ては愛情」と壊れたラジオのように繰り返すことは、実はひどい暴力なのだ。

「(子どもが愛の結晶だという考え方は)愛のない家庭に生まれた人間にとっては、自分の存在を否定されるような暴力的な言葉だ(p.118)」

このセリフはかなり重みがある。厳しい言葉だが、これが真実ではないと反論することは誰にもできないだろう。

海外に目を向けるまでもなく、この日本においても、愛のない性行為による妊娠・出産は日常的に起きている。「子育に愛は必要」「子どもは愛の結晶」「子どもへの愛は自然にわきあがるもの」等々の考え方は、そうした人々の存在を無視しているからこその考え方であり、彼らに対する圧倒的な暴力になる。

一見ふざけたようなプロットのなかに、人々が思わず目をそらしてしまう真実が含まれている。そして、そうした真実から目をそらすこと、見て見ぬふりをすること、知らないふりをすることで、実は私たちが日常的に無意識的にものすごい暴力を行使し続けているのだという事実を、この小説は読者に強烈に突きつけてくる。

愛とは何か?

ではこの小説は、愛とは縁のない小説なのだろうか? そうではない。

第二部『キャッチャー・イン・ザ・トゥルース』では、クラウドファンディングで育てられた子どもが6歳になった未来が描かれる。そこで描かれているのは、従来の愛の概念とは少し違うかもしれないが、少なくとも、愛に近い何かしらの現象や心の動きだ。現実社会で起きている様々な事柄を皮肉とユーモアたっぷりに描いた近未来は、村上龍が一時期好んで描いていた世界にも通じる。

また、第一部の終盤には印象的で含蓄のあるセリフの掛け合いがあるので、その部分を抜き出す。

「愛なしで子供を育てることができたら、それは世間でいう薄っぺらな愛情よりは素晴らしいものになるのかな」 「それはたぶん愛と見分けがつかない」 (『キッズファイヤー・ドットコム』p.124)

本作は、愛という概念の拡張や更新を目指して書かれたのかもしれない。
とんでもない傑作小説だ。

この小説(ノベル)、伝説(レジェンド)級。


書籍情報
キッズファイヤー・ドットコム
作者:海猫沢めろん
定価:1,300円(税別)
Amazonページはこちら

海猫沢めろん 公式サイト
海猫沢めろん Twitter


Text_Sotaro Yamada

『キッズファイヤー・ドットコム』子育てに愛は必要か?はミーティア(MEETIA)で公開された投稿です。

アーティスト

ミーティア

「Music meets City Culture.」を合言葉に、街(シティ)で起こるあんなことやこんなことを切り取るWEBマガジン。シティカルチャーの住人であるミーティア編集部が「そこに音楽があるならば」な目線でオリジナル記事を毎日発信中。さらに「音楽」をテーマに個性豊かな漫画家による作品も連載中。

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