noyR『ニーナ会議ーかもめよりー』作
・演出家の樋口ミユが語る「女性は女
子会があることで根拠がなくとも強く
なれるんです」

座・高円寺(東京都杉並区)が運営する演劇研修所「劇場創造アカデミー」第3期修了生、俳優の大木実奈と仲道泰貴、制作の吉川剛史による演劇ユニット、noyR(ノイル)が『ニーナ会議ーかもめよりー』を上演する。古典戯曲や近代戯曲を現代版にアレンジする、古民家やカフェなどあえて劇場機構に頼らない空間で上演を行うなど、ユニークな活動を展開している。今回は、12月28日・29日の両日、横浜の下町、大岡川のほとりに位置する若葉町ウォーフを会場に公演する。「劇場創造アカデミー」第2期生でnoyRの旗揚げからかかわっている、劇作家・演出家、樋口ミユに話を聞いた。
noyR vol.2『ガラスの動物園』
noyR vol.3『水上の家族ーガラスの動物園よりー』
 樋口ミユは、大阪を拠点にする劇団Ugly duckling(1995~2011年)の劇作家として活動していた。関西の演劇の灯を守り続けている南河内万歳一座の内藤裕敬、太陽族岩崎正裕らにかわいがられていた。Ugly duckling(みにくいアヒルの子)は、もともと男優陣も所属はしていたが、女性ばかりの劇団と見まごうほど彼女たちはパワーにあふれていた。当時、僕は“ネオアングラ”なんて、いま思うと何やら恥ずかしい表現をしようとしていたものだが、リアリズムとは対極の、ビビッドな感性と詩的に彩られたせりふの積み上げと、カラフルで奇想天外な演出を駆使したファンタジーで関西にとどまらない活躍をしていた。樋口が苦笑いする。
 「私、唐組を初めて見た時に、私がやりたいことをマネされていると思ったくらいなんです。先輩にそれを話したら、バカ! 絶対に他言するなよって(笑)。私は唐さんがどんな方かも知らずに、大いなる勘違いをしていたわけです。そこから唐さんの戯曲を読んだり学び、とことんマネをした時期がありました。でもマネ仕切れないんです、私は唐さんじゃないから。自然にズレてくるところがあって、それこそが私のオリジナルだろうなという思いがおぼろげに出てきた。そして30代を越えてから戯曲が変化してきた気がします。世界観は同じだけれど、雰囲気の言葉を尽くして書いていたのをダイエットした感じ」
 このエピソードを紹介したほうが、樋口ミユや劇団Ugly ducklingのイメージが湧きやすいかもしれない。実は、この秋に樋口は、唐組に触れるべく、稽古、雨に見舞われた東京公演、静岡や金沢への遠征に同行した。20代の自分に決着をつけるがごとく。
演出を学びたくて劇場創造アカデミーへ 私の師匠は佐藤信さんです!
 話は前後するが劇団Ugly ducklingの解散後、劇場創造アカデミーへ演出を学ぶために通った。それ以降、座・高円寺芸術監督で劇場創造アカデミーのカリキュラム・ディレクターでもある佐藤信を“師匠”だと思っている。樋口は「アカデミーで学んでいたころは、信さんのお話は難しすぎてわからないことも多かったけれど、話をうかがえることが私には糧になりましたね。それをヒントに私は私なりの考え方ができるようになった」と語る。唐十郎に佐藤信、60~70年代の演劇ブームを生み出した主要人物たちに、どこか惹かれるものがあるのかもしれない。
noyR vol.4『かもめ』
noyR vol.5『ハムレット』
 劇場創造アカデミーを修了した樋口は、いま「Plant M」として活動している。「拠点はないんです。必要な時に必要とされる場所にいる。自宅を持ってないので、人の家にお世話になっています」(笑)。
 そんな樋口に旗揚げ以来、脚本と演出を依頼している演劇ユニットnoyR。第2・3弾はテネシー・ウィリアムズの『ガラスの動物園』、第4弾はアントン・チェーホフの『かもめ』、第5弾は『ハムレット』をベースにした作品に取り組んだ。樋口を起用してきた思いを制作の吉川剛史はこう語る。
 「樋口さんが書いた脚本は、世界観や文体の力が強く、それを上演するならば、きっとPlant Mでやる方が上手くいくと思うので、noyRで創作する時は、古典や近代戯曲を提案し、言葉が悪いですが、持っている世界観を奪うように心がけています。例えば、2年前に上演した『かもめ』では、もともとカフェだった空間を生かして、マーシャという人物が営んでいるバーという設定で上演したり、また昨年の『ハムレット』をベースにした『To Be or Not To Be』では、築90年の古民家を利用して、そこに住んでいる家族の問題を描いてもらいました。脚本・演出は樋口ミユですが、noyRでしか観れない“樋口ミユ”があると思います」
『かもめ』のニーナは嫌いだったけれど、ニーナも彼女なりに考えている
 第6弾となる『ニーナ会議』は再びチェーホフの『かもめ』に挑む。4人のニーナが、ニーナの恋人で大女優アルカジーナの息子トレープレフ、アルカジーナの恋人でニーナが憧れる人気作家トリゴーリンをめぐって喧々諤々やりあう、いわば『かもめ』の外伝的な設定だ。
ーー『かもめ』は二度目の挑戦ですね?
樋口 男性はニーナとか好きなのかな? 女優さんでもニーナをやりたいという人はぎょうさんいる。「私はかもめ、いいえ私は女優」というせりふがよく引用されるじゃないですか。なんや、中身はよう知らんけど、そのせりふに引っ張られてニーナをやりたいとか(苦笑)。ヒロイン的位置付けだからでしょうね。noyRから提案していただいた時に、私はどうしてもニーナが好きになれなくて、前回はマーシャを中心にした物語を書いたんです。そしたら、今回は「ニーナを中心にした『かもめ』はいかがですか?」と言われて。
ーーなぜニーナが嫌いなんですか?
樋口 自分のことを深く考えるでもなく、男に振り回されている感じがするなと思っていて。男を振り回す、振り回されるではなく自分の人生を考えて生きてみろよって、女の子には思ってしまう。なんか人生を踏み外しそうで。私は『かもめ』の恋愛の部分には共感はできなくて、どちらかと言えば創作の苦しみを感じさせるトリゴーリンに惹かれるんですよね。だからニーナに対しても、ごちゃごちゃ言ってんと女優になりたいんやったら男を頼るな、オーディションを受けに行くとか演劇を勉強するとか、なぜそっちを考えられないんだって思ってしまう。
ーーああ、そういう見方もできなくはないですね(笑)。
樋口 私ね、中学生とか高校生とワークショップをやることがあるんですよ。女の子しかいないと、みんなすごく弾ける。でもそこに一人、イケメンの男の子が、特に別の学校の子が入ると急に女の子が男の子たちの添え物に自らなるところがあると感じたことがあって、それが本能なのか……。いろいろ経験してきた女性が、この場面で前に出たら叩かれるから下がっておこうと計算するのとは違って、10代の女の子は無意識にそう行動するように感じる。それを見ると、なんとも複雑な気持ちになってしまうんです。そのほうが女の子としては幸せなのかもしれない。けれど内縁の夫が女性の連れ子を殺すみたいなニュースを見るにつけ、行きつく先はこれなんかー!?って思ってしまう。だから女の子にも、ニーナにももっと考えて、と。じゃあそのニーナを中心にした時に、私はどんなニーナを見つけられるんだろうと一生懸命に戯曲を読み込みました。
『ニーナ会議』稽古より
『ニーナ会議』稽古より
ーーおバカっぽさ、それなりに葛藤するなどニーナを4人のキャラクターに分けていますね。
樋口 ニーナは若いでしょ。これが30代だったら少し狡猾になるかもしれない。でも私も自分のことを考えたら20代の前半って一生懸命に生きていたけれども、何も考えていなかった(苦笑)。だったら、とりあえずニーナがひたすら自分のことを一生懸命考えて、その結果、あえてつらい人生を選んでしまったという設定にしようと思ったんです。女の子って、基本、問題を解決しないんですよ、男の子は解決しようとするけど。女の子は葛藤を女子会で話す。だからどこにも答えが行き着かない。
ーーしかも話は噛み合ってもいない。自由に発言しているところが面白いです。
樋口 そう。男の子は自分が何をしたら理想とするものに行き着けるか悩むわけですよ、ハムレットと一緒で。でもそこで理想とか信念とかに齟齬が起こるから葛藤する。それに対して女の子は問題を解決したくなんかないんですよ。
ーーそんな暴言を(笑)。
樋口 いやいや(笑)。私は友達の悩みをよく聞くんですよ。それはここが問題やから、それを解決するとさ、みたいに道筋を話すと女の子は、そんなことが聞きたいんじゃない、と。それはあらゆる世代で変わらない傾向です。結果じゃなくて過程が大事。男と女の違いはここにあるんだというのは私なりの観察です。その時に女性が言うのはね、聞いてくれるだけでいいと。旦那さんのアドバイスなんか聞きたないねん、うんうんって聞いてくれればいいのにって。とにかく女の子はすごいしゃべる。私? 私は問題を解決したくてたまらないほうやから、どこにも行き着かないのが嫌。ただこのどこにも行き着かない女子会がポイントで、女子会があるがゆえに女性は強くなれるんですよ。原作では最終的にトレープレフは死を選ぶけど、ニーナはいばらの道を行くでしょ。つまり自分を守るすべを知っているんです。もちろんそうじゃない人もいる。でも10代の女の子が男の子の陰に隠れてしまうのと同じで、解決を求めずにある程度しゃべり続けて最終的によくわからないけれども生きていくと、言葉で説明できる根拠なんかなくてもとにかく前に進めるのが女性の強さですよ。
ーー改めてうかがいますが、この脚本を書いてニーナへの思いの変化はありますか?
樋口 劇作家としての仕事が終わった時、ニーナが少し好きになりました、一生懸命生きているんやなって(笑)。ニーナってこんな感じって私が勝手に思い込んでいただけ。ニーナと友達になってみて、どこ悩んでいるの? そこ考えているの?ってやりとりをできた感じがしますね。私はなんとなく生きている子が好きになれないだけ。そういう意味ではオフィーリアも去年やって好きになれた。近代戯曲を読み返すという作業をnoyRがさせてくれるから、登場人物が好きになれる。ありがいことですね。
《樋口ミユ》劇団Ugly duckling旗揚げ以降、解散までの劇団公演32作品の戯曲を執筆する。OMS戯曲賞を最年少・女性初・2年連続大賞受賞。劇団解散後は、座・高円寺の劇場創造アカデミー演出コースに編入し、佐藤信に師事。2012年にplant Mを立ち上げる。社会的な事件を斬新な価値観でとらえ、奇想天外でダイナミックな独特の劇世界を作りあげている。
取材・文=いまいこういち
公演情報

演劇ユニットnoyR.vol.6 『ニーナ会議 ーかもめよりー』
■日時:2017年12月28日(木)~29日(金)
■開演時間:28日19:00、29日13:00/18:00
■会場:若葉町WHARF
■原作:アントン・チェーホフ 
■構成・演出:樋口ミユ(Plant M)
■出演:大木実奈 仲道泰貴/大道朋奈 岸本昌也 富岡英里子 平井光子(重力/Note)
■ピアノ演奏:黒木佳奈(疎開サロン)
■チケット料金:全席自由3,000円/当日3,500円
■問合せ:演劇ユニットnoyR制作 Tel.090-4741-0041
■演劇ユニットnoyR(facebook) https://www.facebook.com/noyr0906/

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