【前編】ピアノが激しく揺れるほどの
情熱的な演奏! フリージャズピアニ
スト・スガダイローインタビュー

フリージャズピアニスト・スガダイロー

あるとき、とあるジャズバーで彼の演奏を目にし、衝撃を受けた。あの大きくて重たいピアノが激しく揺れるほど情熱的で激しい演奏。 それでいて乱暴なわけではなく、心をぐっと掴まれるような切実なサウンド。組んだ右足でペダルを踏み、ピアノに覆いかぶさるように、ガタガタと揺らしながら弾く姿とそこから出る音楽に私はすっかり魅了されてしまった。ライブの2時間、わたしは圧倒されっぱなしだったと同時に、なぜもっと早くこの人を知ることができなかったのだろうと後悔すらしてしまったのだ。
このエネルギーはどこから出てくるのだろう。なぜこんな熱い演奏ができるのか、聴けば聴くほどわからない! お話を伺うことで何か手がかりが掴めるかも? という思いでスガダイローさんにインタビューしてきた。
スガダイロー
1974年生まれ。神奈川県鎌倉育ち。
Jason Moran、向井秀徳、中村達也U-zhaan灰野敬二、志人(降神)、田中泯、飴屋法水、近藤良平 (コンドルズ)、酒井はな、contact Gonzoらジャンルを越えた異色の対決を重ね、星野源『地獄でなぜ 悪い』参加、日本のジャズに旋風を巻き起こし続ける。
スガダイローとピアノ
−ピアノを始めたきっかけを教えてください。
「弟がやってたから、俺もやりたくなって」
−初めはクラシックを勉強されたのですか?
「そうですね。子供の頃モーツァルトが多かったかな。でも中学生くらいからバッハを弾くようになって」
−どんな作曲家が好きでしたか?
「モーツァルト、ベートーヴェンかな……」
−それが今のジャズにつながっている部分はありますか?
「ないですね(笑)。いや、バッハはあるかな。弾くことはないけど今でもよく聴くし。楽曲分析とか、作曲するときにコード進行とかもらったり」
−そこからジャズに進んでいったきっかけはなんだったんでしょうか?
ジョン・ルイスっていうジャズピアニストがいて、バッハをジャズに、というかバッハを弾いていて、それがおもしろかったんですね。すげえ変わっていて。バッハってそういうのを結構許容される空気がその当時はあったから」
写真:長谷川健太郎
−今のスタイルになるきっかけは?
「それは山下洋輔さん*を聴いてからかな、やっぱ。山下さんにはとても重要なことを教わって。なんでも自分で決めろっていう人だったから。レッスンは細かいこともあったけど、よく覚えてるのは、音は全部あってるから今度は間違った音だけ全部選んで弾けるようにしろって」
*山下洋輔:フリー・フォームのエネルギッシュな演奏をするジャズピアニスト、作曲科。他ジャンルへの造詣も深くエッセイスト、作家としても精力的に活動。99年芸術選奨文部大臣賞、03年紫綬褒章、12年旭日小綬章を受章。
−どういったところを尊敬していますか?
「『(演奏において)何をやってもいい』っていうのを言い始めたところ。やっぱり山下さんはああいうスタイルのパイオニアだと思うし」
−そしてダイローさんはその方向に進まれたんでしょうか?
「そうですね。そのスタンスがすごく好きでしたから、責任を負えるなら何やってもいいっていう」
山下洋輔 ✕ スガダイロー
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デュオはもちろんのこと、山下洋輔さんソロのボレロ(ラヴェル)も必聴。
オリジナリティとは何か
−私はむしろスガダイローさんを聴いたことがきっかけで、山下洋輔さんの演奏を聴くようになったんです。そこで共通する部分や受け継いだものもすごく感じたものの、言葉にするのは難しいですけれど、ダイローさんにしかない部分というのもすごく感じました。良い意味で、似ているようで全然違うと。
「この前どっかで聞きかじったすごくいい言葉で、『オリジナリティーとは誰かになろうとして失敗した部分だ』っていうのがあって、それがすごくよくわかるんですよね。誰しも何かに影響を受けるわけじゃない。人に影響されてかっこいいなと思ってマネることから入ると思うんだけど、マネができてればできてるだけその中にオリジナリティーはなくて、マネするのが下手な人ほどそのオリジナルの面が出てくる。そういうのは、どう付き合っていくか人それぞれ難しいと思うんですよね。必死に消していく人もいるし、そのままそれを出しちゃってる人もいるし。気づいてないっていう可能性もあるし」
−どちらかというと、消そうとしたくなる人が多いように思いますが。
「俺も結構消そうとしたくなるタイプだから」
−そうなんですか!? 結構自信を持って弾いてらっしゃるという印象がありました。
「うん、まあそれもどれだけ自信が持てるかっていうのは人それぞれ違うから、楽器が下手くそでも自信満々な人もいるし上手くても自信なくてもっと練習しなきゃて人もいる。どっちでもいいとは思うんですけど、重要なのは人前に出たときは正々堂々と」
アメリカ留学時代について
−その後洗足音楽大学ジャズ科に行かれた後にバークリー音楽院へ留学されたとのことですが、すぐにアメリカに行こうと?
「うん、まあ流れ? まだ勉強が足りないなと思って。(洗足に)2年しか行ってなかったから」
−留学中大変だったことはありますか?
「主に文化の違い。やっぱり食いもんとかはまずいし、慣れなかったね。この前行ったときは(ジェイソン・モランとの共演時)、結構金かけたもんね(マネージャーが相槌を打つ)。高いものだったらうまいんだけど、安いものは本当に……。深夜にやってる中華料理屋は本当にまずかったな」
−よく行かれてたんですか?
「だってそこしかないんだもん。夜中閉まっちゃうから。練習遅くまでやった後、食えるものがないからそこに行くんだけど、月に大体ひとりくらいは食中毒で……」
−えー! それはまずいというよりも別の問題があるような気もしますけど。
「営業停止にもなんないし」
−ダイローさんは食中毒にならなかったんですか?
「俺は大丈夫だった(笑)」
−わかりました。もしアメリカに行くことがあれば気をつけます(笑)。留学中は今とはまた演奏スタイルが違ったんですか?
「そうですね、留学中はまじめにジャズの勉強してましたね。帰ってきてからもしばらくまじめなジャズをやってたときもあったんだけど、やっぱなんか急に思い出して。これは自分のやりたいことじゃなかったなって」
−じゃあ弾きながらもこっちじゃないなって思ってた時期があったんですね。
「思ってましたね。あとちょうどそのときJASRACまわりのことが難しくなってきたこともあって、その頃はほぼオリジナルの曲を演奏していました。最近はまたスタンダードとかもやるようにちょっと戻したんですけど」
オリジナル代表曲『GOLDEN FISH』
スガダイローのバックグラウンド
−ところでスガさんは、はじめ生物学専攻で大学に進学したあとに、洗足音大へ入り直されたとのことなんですが、もともと違うものを目指されていたんですか?
「そうですね、もともと科学者を」
−子供の頃からですか?
「子供の頃はそうじゃないけど、高校ぐらいになって、何しようかなって思ったときにまあ科学者かなって」
−でもそこからやっぱりジャズをしようっていうのは学校に行くなかで感じて行かれたんですか?
「そうですね。科学者の道があまりにも果てしなかったんで」
−ジャズと生物学って一見全く違った分野ですけど、そのバックグラウンドがあるから即興でも違う調をとっさに弾けるというスタイルにつながってるんでしょうか。
「そうですね。だから結構根本的な考え方としてなるべくひとつの仕組み、シンプルな仕組みで演奏しようというふうに考えています。語彙をたくさん集めるんじゃなくて、シンプルな、まあDNAと一緒で設計図さえあればバラせるし」
−じゃあ最初に何か弾き始めるときにも設計図みたいなものを考えて。
「そうですね。ひとつコンセプトを決めて」
写真:長谷川健太郎
選択するための「練習」
−ちなみにダイローさんは練習は……?
「俺は結構練習するタイプだから意外と。ただまあ、本番はそれを忘れるようにしてます」
−練習して積み上げて、一旦忘れて、ということですか?
「そうですね、それを使わないことが自信になるっていうか。ほんとは弾けるんだけど、弾かなくても済むような演奏ができたときに一番安心できるかな」
−例えば、弾いている途中に浮かんだことをやってみるという感じですか?
「そうですね。思い浮かんでもできないこともあるから、それは家に帰って練習します。大体技術上の問題でできないことだから」
−何かで練習はあまりしないって読んだ気がして、実はあまり練習しないのかと思ってました。
「俺最近すげえ練習してるよ(笑)」
−そうなんですね(笑)。それはこのあいだのジェイソン・モランさんとの共演からですか?
※アメリカを代表するジャズピアニスト、ジェイソン・モランと昨年秋にニューヨークのスタンウェイ工場にて共演。その後今年の5月にも東京と京都で再び共演を果たす。
「そうですね。1年くらい前から練習始めて」
−アドリブの練習、ということになるんですか?
「アドリブの練習ですね。どんなときにどんなのが来るかわかんないから、そのための練習してんですよね」
−即興でふたりで演奏する場合は来たものに対して返していくという…。
「返したり、まあその逆もありますし、来たものに返さないっていう、いろんな選択があるんですけど。だから、そのとき一番自分がこうだなって思ったどの選択も取れるように。結局、技術的な制約があればそれが不可能になってくるから、そういうことをしなくなってくると思うんですよ。ただ、技術さえあればその選択ができるから、もうちょっと練習しようっていう気に最近なったんですよ」
−例えばどんな練習をされてるんでしょうか? ルーティンワークとかありますか?
「ずっとスケールですよ。スケールと和音を12音全部。どこにどの音があって、どういう風に指を動かせば弾けるかっていうことを全部のキー(調)で覚えちゃうしか、まあそれが近道っていうか」
−何も考えなくても弾けるよう……。
「うん、どこ行っても弾けるようにするっていうことだからひとつアイディアがあったらそれを全部のキーで練習する」
スガダイローのエネルギーのワケ
−演奏を観ていても、これだけのエネルギーが一体どこから出てくるのだろう……と不思議で仕方ないんです。5月に京都でのモランさんとの演奏を聴いたときも、地響きみたいに床がずっと振動していて。
「それはやっぱそういうものを表現したい、弾きたいっていうことで必要な訓練はしたし、やっぱ体力がなきゃできないし」
−体力は結構気をつけてらっしゃいますか?
「気をつけてますね。やっぱ弾けなきゃもう、肉体が疲れだすと脳がそれに気を取られてクリアに働かなくなるから。トレーニングもしてますね。風邪とかも引かないように、体調管理もしてますよ」
「黒いキットカット」の謎
−前にTwitterで “黒いキットカット” と揶揄されていた、黒鍵が取れてしまった事件についての投稿を以前見かけたことがあって。ちょっとびっくりしたんですけど、でもあれだけ弾いていたら飛ぶこともあるだろうなって思ったんですが(笑)
カバンの中に黒いキットカットが一切れ入っていてもそれは食べれません!それは俺が飛ばした黒鍵だからです https://t.co/af5kBubCv1
— スガダイロー (@sugadairo) December 30, 2016

今日ベルベットサンにいらっしゃったお客様で万が一お手荷物に見覚えのない硬いキットカットが裸で入っていた、という方がいらっしゃいましたら、それ黒鍵ですのでご一報ください。 https://t.co/PgRbXL0QFk
— 長谷川健太郎@velvetsun (@zacari) December 29, 2016
「鍵盤が飛ぶことは実際結構あるんですよ。すげえ古いピアノや安物のピアノだと黒鍵は木じゃなくてプラスチックなことがあって」
−あっそうなんですか。アップライトですか?
「アップライトのやグランドでも安いやつだと黒鍵がプラスチックなの。で、プラスチックってね、ちゃんと付かない。黒鍵がハンマーと接着剤でくっついてるだけで。木だと同じ素材だからボンドで結構密着するんだけどプラスチックだと付かないから、時間が経つとボンドが劣化しちゃって。グリッサンドでガンって弾いたときに横の力が入ると吹き飛んで、まああんまり横の力を入れるのは良くないんどけど。それで吹き飛んだときにすぐ持ってくりゃいいんだけど、そのときたまたま1個だけどうしても見つかんなくて」
−ライブから帰ったらかばんに鍵盤が入っていたらびっくりですね…(笑)
ここまでユーモアを交えながらスガダイローの音楽性やバックグラウンドについてお話していただいたが、後編ではもう少し掘り下げて、スガダイローの音楽観についてお聞きしていく。
出演情報
■2018/1/15(月) velvetsun presents Futurama I@渋谷WWW
Live:
スガダイロートリオ(スガダイロー Piano、千葉広樹 Bass、今泉総之輔 Drums)
世武裕子 spécifique トリオ(世武裕子 Piano,Vocal、常田大希 Guitar,etc、石若駿 Drums)
ai kuwabara the project (桑原あい Piano、鳥越啓介 Bass、千住宗臣 Drums)
DJ:
yurei+abelest
開場 18:00/開演 19:00
座席前売 ¥4,500(+1D)※自由席・100席限定
座席当日 ¥5,000(+1D)
立見前売 ¥3,000(+1D)
立見当日 ¥3,800(+1D)
チケットぴあ【Pコード:100-063】
ローソンチケット【Lコード:74150】
e+
<座席>http://sort.eplus.jp/sys/T1U14P0010843P006001P002243212P0030001
<立見>http://sort.eplus.jp/sys/T1U14P0010843P006001P002243213P0030001
ベルベットサン店舗
ベルベットサン WEB STORE(https://velvetsun.theshop.jp/
主催:ベルベットサン
お問い合わせ:080-3732-4465/velvetsun.info@gmail.com(担当:中村)
スガダイロー
ピアニスト/作曲家
1974年生まれ。神奈川県鎌倉育ち。
洗足学園ジャズコースで山下洋輔に師事、同校卒業後米バークリー音楽大学に留学。Jason Moran、向井秀徳、中村達也、U-zhaan、灰野敬二、田中泯、飴屋法水、近藤良平(コンドルズ)、酒井はな、contact Gonzoらジャンルを越えた異色の対決を重ね、日本のジャズに旋風を巻き起こし続ける。
2008年 初リーダーアルバム『スガダイローの肖像』(ゲストボーカル:二階堂和美 3曲参加)を発表。
2011年 『スガダイローの肖像・弐』でポニーキャニオンよりメジャーデビュー。
2012年 志人(降神)との共作アルバム『詩種』を発表。
2013年 星野源『地獄でなぜ悪い』および、後藤まりこ『m@u』に参加。
2015年 サントリーホール主催ツィン・マーマン「ある若き詩人のためのレクイエム(日本初演)」にスガダイロー・カルテットを率いて参加。

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