【インタビュー】倉島大輔、セツナブ
ルースター『キセキ』から15年「僕が
歌にした青春はグレー」

2002年12月、『キセキ』という青春の名盤がひっそりとリリースされた。セツナブルースターというロマンチシズムに溢れた名前の3ピースバンドが生み出したアルバムだ。
当時、彼らは二十歳。『キセキ』では子どもと大人の境目にある若者の痛々しくも美しい青春像が描かれていた。失われゆくイノセンスへのとまどい、大人になることへの憧憬、世間の大勢からドロップアウトした孤独感、儚い夢、希望、苛立ち、焦り……。そんな青春のかけらがあたり一面に突き刺さっていた。また、彼らの歌からは世間の大人に抗う痛烈な美意識が放たれていた。そして、その美意識はとても危ういバランスの上に成り立っていた……。
セツナブルースターは同級生の倉島大輔(Vo&G)、島田賢司(B)、宮下裕報(Dr)によって結成された。19歳になった2001年に1stアルバム『エヅラ・ガラ・セツナ』をリリース。その1年半後に3枚目のアルバムとなる『キセキ』をリリースした。彼らは鮮烈な印象を残して、2008年に活動休止。以来、ソングライティングを手掛ける倉島は弾き語りによるソロ活動を続けている。
12月3日。赤坂BLITZで開催されるイベント<DECEMBER'S CHILDREN>の昼の部の公演として、『キセキ』のリリース15周年を記念した「『キセキ』全曲演奏ライブ&モア」が行われることになった。この公演では倉島大輔の弾き語りに加えて、オリジナルメンバーが加わり数曲演奏されるという。倉島が三軒茶屋Come Togetherで弾き語りライブを行なった11月12日、リハーサル前に『キセキ』とは何だったのか、そして今回の公演への思いを聞いた。
   ◆   ◆   ◆
■若者の“難しい気持ち”が結実した

■アルバム『キセキ』
──永遠の青春映画、小説と呼びたい名作のように、『キセキ』も青春の名盤です。当時はどういう気持で『キセキ』を作ったんですか。
倉島:『キセキ』に入っている曲は、ほぼ10代の終わりに書いた曲です。あの頃の人生観や、若者独特の“難しい気持ち”が集約されています。当時は、早く大人になりたいと思う中で、“自分は何者なんだ”と日々、考えていました。これはこれで正統というか、“あるべき青春の姿”だったと思います。
──『キセキ』を聴くと“まっとうな青春”の断片が詰まっていると感じます。そこには世間とのずれに身悶えるようなヒリヒリ感があります。
倉島:そうですね。何かにつっかかっていきたい気持ちだったし、周囲への疑問もあったので、それは歌に込めました。
──倉島さんの孤独感も聴こえてきます。
倉島:本当に孤独でしたね。自分だけの秘密……、自分の中だけにとどめておくべき秘密があって。でも、それは誰にも言わない。だから、それとつきあっていくのか。言ってみれば、もうひとりの自分といつもにらめっこしていて、その壁の内側で歌を書いていたんです。そんな思いから生まれた歌が誰かに届くことで、僕がむくわれるんじゃないかっていう気持ちもありました。
──共感してほしかった? 似たもどかしさを抱えた同世代も多いはずですが。
倉島:いや、共感してほしいとは思っていませんでした。とにかく悶々とした自分の中から出てくるものを、ぐちゃぐちゃに敷き詰めるような歌の書き方をしていて。だから、シンパシーを得ることは、あえて避けていました。
──言い換えれば孤高な歌。ベタベタはしない。通じ合えそうな同世代ともアイコンタクトくらいの挨拶を交わして、お互いの場所にいるっていう。
倉島:うん。よくないことかもしれないけど、外に向けた音楽ではなく、自分の中にあるものを突きつけていく“対自分”の音楽でした。
■僕が歌にしたのは

■センチメンタルでグレーな青春
──直球の質問ですが、倉島さんにとって青春とは?
倉島:僕が思う一般的な青春像って甲子園とか、そういう明るくて、仲間がいて、というイメージ(笑)。でも、僕が歌にした青春はグレーな青春で、センチメンタルなものです。
──大勢からドロップアウトした“ひとりの青春”。でも、それはたくさんの“ひとり”が歩んできた青春だと思います。“夢に向かってともに頑張ろう!”というものではないですが、そんな青春はいつの時代にも、どんな場所にも存在するまっとうな在り方。青春の肝は孤独感でもありあますし。
倉島:そうですね。生き方としては少し外れたところを歩いてきました。今、30代半ばになりましたが、僕がイメージする30代半ばは結婚して、子供ができて、生活のために仕事をして、その中でストレスを抱えることもあって……。でも、僕はいまだにそういうものとは違うところで生きています。人間って、あまり変わらないものですね(笑)。
──その感じはこれからもずっと続いていきそうですね(笑)。
倉島:そう思います。端っこを歩くのが好きなんでしょうね。
■“こうこうことってあるよね”

■芽生えた他社への目線
──セツナブルースターは2008年のライブを最後に活動を休止しました。ぽっかりと穴が開いたような気持ちにはなりませんでしたか?
倉島:活動休止すること自体は、“セツナってバンドがあったよね”とわりと客観的に見られていました。すぐに弾き語りで活動することも決めていたので。ただ、生活の大部分を失ったような寂しさはありましたね。
──メンバーの島田さん、宮下さんとは連絡を取り合っていましたか?
倉島:休止して3年くらいはほとんど会っていませんでした。でも、島田が東京を離れると、寂しくなって連絡をしてみたり(笑)。
──倉島さんも今は故郷の長野に戻っているんですよね。
倉島:はい。家業を継ぐことになって。しっかり生活しながら音楽活動を続けるためにバランスを整えようと。だからアルバイトをやめることにしたんです。ソロになった頃は年に15本の弾き語りをやったりしていましたが、今は年に3、4本。じっくりと歌に取り組みたかったんです。昔は“生活なんてくそくらえっ!”って思っていましたけど。
──大人になるっていうこと……。だからこそ書ける今の歌があります。生活が変わったことで、歌も変わってきましたか?
倉島:それが不思議と変わっていなくて。でも、昔は“対自分”の歌だったけど、今は、あえて含ませていなかった周りの人への“こういうことってあるよね”という気持ちが歌に入っていて、それが何かしらのメッセージになっていると思います。
──それは他者への“優しい目線”ですね。
倉島:そうですね。小さい変化ではありますが。
■青春は時を越えて……

■自分たちとファンにとって念願のライブ
──12月3日は赤坂BLITZで初の弾き語りワンマン。『キセキ』の全曲とソロの楽曲を歌い、セツナブルースターでの演奏も復活します。どういった経緯で今回のライブを行うことになったんですか?
倉島:以前、僕らが所属していた音楽事務所の代表の方が、「12月のイベントに弾き語りで出演して、『キセキ』のすべての収録曲を演奏してほしい。オリジナルメンバーでも何曲か演奏してみてはどう?」と声をかけくれたんです。オリジナルメンバーで公式に演奏するということは僕にとってかなりの一大事で、活動休止という過去の重い決断があった事実を省みると、やはりそう簡単には踏み切れないという想いもありました。でも、今回はお世話になった音楽事務所の代表の方からの提案ということもあって“セツナブルースター”としてステージに立つことを決めました。決まったからには皆で、「じゃあ、やるか!」と盛り上りました。その代表の方はわざわざメンバーのひとりひとりに会いに来て、話をしてくれて嬉しかったですね。
──久しぶりにメンバーとリハスタに入ってみてどうでしたか?
倉島:昔、さんざん演奏してきた曲なので、皆、身体が覚えていました(笑)。
──どんなライブにしたいですか?
倉島:今、10代後半から20代前半の若い世代のファンの方も多くいらっしゃるみたいなんですけど、僕らが『キセキ』をリアルタイムで歌っていた頃、その方たちはまだ小学生くらいだったはずなんですよ。その方たちが大人に成長していく過程で、セツナブルースターと出会って赤坂BLITZに来てくれる。そんなふうに世代を越えて見に来てくれる人もいるんだなあって。そういう人の前で演奏できるのは嬉しいですね。それに僕にとっては初のワンマンだし、昔からのファンにとっては念願のライブ。そんな気持ちをしっかり受け止めて演奏したいです。
──最後に聞かせてください。今の若者は『キセキ』を聴いて何を感じるんでしょうね。
倉島:15年経って、時代も変わりましたよね。でも、“ゆとり”とか“さとり”とかよく耳にするけど、皆、心根にある本質的なものは昔も今も変わらないと思ってます。そんな彼らにあらためて『キセキ』の歌の世界がどう伝わったのかを逆に聞いてみたいです。
──『キセキ』の歌に登場する主人公は倉島さん自身。世代や時代が変わっても世の中の大勢から外れてしまう“難しい気持ち”に悶々としている若者は、いつもいます。彼らは夢や失望や苛立ちや焦りにこんがらがって、ひとりで耐えて、踏みとどまっています。そういう精神に対して、『キセキ』はどんな時代でも響く強さがあります。彼らは『キセキ』を自分の物語のように感じるんじゃないですか。だから、青春の名盤と密かに言われているわけですし。
倉島:そう言ってもらえてよかったです。『キセキ』は本当に僕の誇りだと思っているので。だから、ライブでは最大限の演奏を全力でして、ファンにも最大限に満足して帰ってほしいです。
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三軒茶屋駅からほど近い茶沢通り沿いの雑居ビルの地下。三軒茶屋Come Togetherのステージに倉島大輔がアコースティックギターを抱えて登場。熱心なファンを前に歌い始めた。
この日、演奏されたのはアンコールを含めて10曲。ほとんどがソロ活動を開始してから作られた歌だった。鮮烈な青春期を過ぎ、30代半ばになった倉島は「あの頃と生き方は変わっていない」という通り、世の中から大勢から否応なしに外れてしまう心情を、少し大人になった自分の物語として描いていた。変わらぬセンチメンタリズムとロマンチシズムをもって。
求めるものがいつも手からこぼれ落ちてしまう。でも、悲しむこともない。そんな日々にも喜びがある。ならば、ままならぬ自分と向き合いながら、毎日をひとり歩んでゆけばいい。横を見れば、同じ思いを抱えている者がいる。倉島の歌を聴きながら、そんなことを思った。
アンコールで歌われたのはセツナブルースター時代の「少年季」。この“季”という言葉は、倉島にとてもよく似合う。春がきて、夏がきて、秋がきて、冬がくるように、人生も“季”と呼びたくなる何かが一本の道の上で繰り返される。変わらぬ自分でいる限り。
12月3日。『キセキ』はどんな表情を見せるのだろう。少し大人になった風の彼らの姿を楽しみにしたい。
取材・文◎山本貴政

撮影◎酒井麻衣
■<DECEMBER'S CHILDREN “昼の部” 倉島大輔 セツナブルースター『キセキ』リリース15周年記念 『キセキ』全曲演奏ライブ&モア>


12月3日(日) 赤坂BLITZ

Open 12:00 / Start 12:30

出演:倉島大輔

スペシャルゲスト:島田賢司、宮下裕報

▼チケット

1F自由席 ¥3,240 (税込・整理番号付・ドリンク代別)

UNDER 18チケット(1F自由席) ¥2,000 (税込・整理番号付・ドリンク代別)

一般発売日:2017年11月4日(土)

(問)SOGO TOKYO 03-3405-9999

■<DECEMBER'S CHILDREN ~supported by J-WAVE SONAR MUSIC~>


▼12月2日(土) 赤坂BLITZ

Open 17:15 / Start 18:00

出演:the peggies / ねごと / パスピエ / tricot

▼12月3日(日) 赤坂BLITZ

Open 18:00 / Start 18:30

出演:geek sleep sheep / THE NOVEMBERS / LILI LIMIT

▼チケット

1Fスタンディング ¥4,320 (税込・整理番号付・ドリンク代別)

2F指定 ¥4,860 (税込・ドリンク代別)

一般発売日:2017年10月28日(土)

(問)SOGO TOKYO 03-3405-9999

■<DECEMBER'S CHILDREN EXTRA>


▼12月1日(金) 六本木VARIT.

Open 18:30 / Start 19:00

出演:徳永憲 / 沖ちづる

▼チケット

前売り¥3,000 (税込・整理番号付・ドリンク代別)

一般発売日:2017年11月11日(土)

(問)SOGO TOKYO 03-3405-9999

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