パスピエ・大胡田なつき 私をつくる
文学とアートと恋 この3冊

10月18日にミニアルバム『OTONARIさん』をリリースしたパスピエ。インターハイ2017の読売新聞CMテーマソング『あかつき』を含む全7曲が収録された今作は、いくつかの点でこれまでのパスピエとはやや異なる作品に仕上がった。そこでミーティアでは、「そもそもパスピエってどんなバンドだっけ?」という根幹の部分に立ち返り、パスピエのアプローチとして欠かせない文学とアートの面に注目。大胡田なつき(Vo.)に、自身に影響を与えたと思う3冊の本を持参してもらい、様々なエピソードを語ってもらった。文学、アート、そして「恋」にまつわる素敵なお話をどうぞ。

Photography_Yuya Wada
Interview&Text_Sotaro Yamada
Edit_Storu Kanai

夏目漱石『こころ』:先生とわたし、そ
して恋

大胡田 : 1冊目は、夏目漱石の『こころ』です。もう何度も買い直してるんですけど、夏になると必ずこれが読みたくなります。作中の「先生」という存在に憧れを抱くんです。わたしは純文学が好きなんですけど、夏目漱石の作品は、いい意味で軽く読める純文学という感じがしますよね。いまだったら直木賞の系列に入るんじゃないかと思うくらい、面白おかしく描かれたエンタメ風の作品が多い。そんな夏目漱石の作品のなかでも、『こころ』は一番読んできた作品です。わたし、何回も同じ本を読む派なので。
(※夏目漱石は、近代日本文学を代表する作家。『坊ちゃん』『我輩は猫である』『草枕』など代表作多数。『こころ』は1914年の作品で、学生である「私」と「先生」、先生の奥さん、そして先生の親友である「K」なる人物との交流を描く。昭和30年代より高校国語の教科書に掲載されるなど、夏目漱石や日本文学の入門として長く読み継がれてきた作品であると同時に、数多くの謎を持った作品でもあり、現在も多くの読書家や研究者を魅了し続けている。Amazonはこちら。青空文庫はこちら。)

――夏目漱石のなかで『こころ』が一番好きなのはなぜですか?

大胡田 : この作品に出てくる「先生」が好きなんです。わたし、昔から先生という存在が好きなんですよ。中学生のころ、国語の先生を好きになって詩を書き始めたくらいなので。
――それはもしかして、恋ですか!?

大胡田 : 恋、ですね……(笑)。

――まさか……いきなり恋バナが聞けるとは思ってませんでした(笑)。

大胡田 : 先生に対してすごく憧れがあったんですよね。母親が教師だったことも影響してるかもしれないですけど、その先生と会って「教師になるのもいいなあ」って思ったんです。高校受験の時も、志望動機は「国語の先生になりたいから」って書きました。

――その先生のどんなところが好きだったんですか?

大胡田 : お話の仕方がすごく上手だったんですよね。順を追って丁寧に説明してくれて、すごく納得できるお話の仕方をする方なんです。だから先生が喋っているのを聞いてるだけでハッピーでした。、柔らかくて上品な声も好きで。その先生のために国語を頑張ってたら、「大胡田さんは声がいいね」って言ってくれて、暗唱大会に出させてもらったり……。

「好きな人にめちゃくちゃ影響されやす
いんです」

――先生のこと、めっちゃ好きだったんですね。

大胡田 : 好きな人にめちゃくちゃ影響されやすいんです。中学3年生のころでした。

――中学3年生ということは、もう大人になりかけている時期なので、それは本当にガチですね。

大胡田 : ガチですね(笑)。先生に褒めてもらいたくて、毎回賞に入れるように作文を頑張ったり。
――大胡田さんがそんな乙女チックな方だったとは、ちょっと意外です。

大胡田 : 好きな人の好きなものに影響されやすくて。好きな人がプロレス好きだったらプロレスが気になって見ちゃうし、ヘビメタが好きだったらヘビメタばっかり聴いちゃうんですよね。

――じゃあ、大胡田さんがその時々で好きだった人を辿っていけば、大胡田さんのことがものすごくよくわかるということですね。

大胡田 : モロバレだと思います(笑)。

――ちょっと話が恋バナに寄り過ぎちゃいそうなんで『こころ』に戻しますけど、この本に出会ったのはどういうきっかけだったんですか?

大胡田 : 昔から本を読むのが好きだったので、いろいろ読んでいくなかで普通に夏目漱石の本にあたりました。最初に読んだのは、たしか『三四郎』『それから』『門』の3部作だった気がします。それで面白いなと思って次に読んだのが、『こころ』でした。

――夏目漱石の3部作を読み切るということは、その時点でかなり読書経験が蓄積されてますね。

大胡田 : 小さいころからカッコつけたがりだったんですよね。小学校2年生くらいのころだったと思うんですけど、図書室にある本のなかで装丁が一番魅力的だった『ファーブル昆虫記』をすごくお洒落だと思って、みんなが絵本や漫画を読んでるなかで「見よ、この素敵な装丁を!」って思いながら『ファーブル昆虫記』を読んでました。そういうカッコつけから読書を好きになって、そんななかで夏目漱石を読み始めたんですね。
――『こころ』って未完成小説と言われていて、最後は結構唐突に終わりますよね。

大胡田 : このころの小説って「あっ、これで終わっちゃうのってアリなんだ」と思わせられる作品が多いですよね。最後に収束しないというか。話をまとめたり、すっきり完結させたりしない。それはそれで想像の余地があるし、面白いなと思います。

――ちなみに、初めて読んだ本って憶えてますか?

大胡田 : たぶん、小さいころに読んだ新美南吉さんの『ごんぎつね』だと思いますけど、初めて小説を読んだとはっきり思ったのは、小学生のころに山田詠美さんの『放課後の音符(キイノート)』を読んだ時でした。

『放課後の音符(キイノート)』も(表紙に)トレーシングペーパーがついていて、「透けてる……素敵……」と思って手に取ったんです。だから、当時はだいたい見た目から入ってましたね。持っててカッコいい本を読みたいっていう気持ちが強かったんです。

山田詠美さんの小説だと『色彩の息子』も好きでした。それから、よしもとばななさんも好きです。友だちが「この小説に出てくる女の子、なっちゃんに似てるよ」って教えてくれたのが『TSUGUMI』だったんですよね。『つぐみ』というタイトルで映画化もされているんですけど、小川美潮さんが歌う主題歌の『おかしな午後』という曲は、いまでもその曲はわたしのなかで一番好きな曲です。

村上龍『とおくはなれてそばにいて』:
恋人の本棚より

――なるほど。大胡田さんのベスト・オブ・漱石は『こころ』だと。その隣にある本は、村上龍ですね。

大胡田 : 村上龍さん、大好きなんです。『とおくはなれてそばにいて』は、短編集で……これもまた恋愛の話になりそうですけど(笑)。当時お付き合いしていた方からもらったんです。その方の本棚にあった本で。
(※村上龍は、1976年『限りなく透明に近いブルー』で作家デビュー。同作で芥川賞を受賞し、当時の歴代芥川賞受賞作で最高売り上げ部数を記録。他の代表作に『コインロッカー・ベイビーズ』『愛と幻想のファシズム』『69』『5分後の世界』『半島を出よ』など多数。『とおくはなれてそばにいて』は、2003年に編まれた短編集で、デビューからそれまでの恋愛・性愛・官能小説の短編を19編セレクトした愛蔵版。Amazonはこちら)

――なぜ、その方はこの本を選んだんでしょうね?

大胡田 : 毎日一緒にいられるような方ではなかったので、やっぱりこの『とおくはなれてそばにいて』というタイトルが……。

――ああ、なるほど!ウマいですね。もしかして、その相手って先生ですか?

大胡田 : 違います(笑)。
大胡田 : 短編なので、ちょっと読みたい時にひとつだけ読んだりするのがいいんですよね。このなかに収録されている『リオ・デ・ジャネイロ・ゲシュタルト・バイブレイション』という短編が特に好きです。初めて読んだのは高校生のころでした。

――高校生のころに「とおくはなれてそばにいて」な、恋愛をしていたんですか……。

大胡田 : 年上で、すごく趣味のいい方でした。いまは「とおくはなれて」しまったし「そばに」もいないんですけど、この本はいまでも本当によく読み返しますね。村上龍さんの作品は、文章から温度や湿度が伝わってくるんです。人間のナマっぽいところを描くのが本当に上手くて、大好きですね。

一番好きな作品を選ぶのは難しすぎるので、最初に好きになった村上龍作品を持って来ました。ほかの作品だと、やっぱり『コインロッカー・ベイビーズ』はたまらないですよね。

(※『コインロッカー・ベイビーズ』は1980年の作品。当時、同時多発的に発生していたコインロッカー幼児置き去り事件を題材にした長編小説で、村上龍の最高傑作のひとつ。当時の村上春樹に衝撃を与え、専業作家になる決意をさせたことでも有名)

『コインロッカー・ベイビーズ』と『ト
ロイメライ』

(パスピエ『トロイメライ』MV)

――『コインロッカー・ベイビーズ』が出たので、ちょっと予定になかった質問をしてもいいですか? パスピエの楽曲に『トロイメライ』(2012)という曲がありますよね。これはシューマンの組曲『子供の情景』の1曲『トロイメライ』から来ているそうですが、もしかして村上龍の『コインロッカー・ベイビーズ』も関係ありますか? 『コインロッカー・ベイビーズ』には、「トロイメライ」という言葉が何度か出てきます。

大胡田 : 意識はしてなかったです。でも、読んだものや見たものに影響されるので、関係なくはないと思います。たしかに内容的にも近いものがありますよね。『コインロッカー・ベイビーズ』は、キクとハシという子どもの物語だし。

――『コインロッカー・ベイビーズ』の最後の一文は、「聞こえるか? 僕の、新しい歌だ」ですよね。

大胡田 : あの終わり方は最高ですよね!

――それってパスピエの『トロイメライ』という曲の内容にもぴったりなんですよね。あまりに見事なので、初めてパスピエの『トロイメライ』を聴いたときにはかなりグッとくるものがありました。

大胡田 : もしかしたら、自然に刷り込まれちゃってたのかもしれないですね。『コインロッカー・ベイビーズ』も、何回も読んだ本なので。
――村上龍ってあまり近代文学のことを具体的に語るイメージがないかもしれないですけど、実は(というか、もちろん)夏目漱石をかなり読み込んでいること匂わせる発言をしたことがあって。

2011年に山田詠美さんと行った対談で、「すでに夏目漱石がいるのに、その上でなぜ小説を書くのか」(文學界2011年2月号『無謀と倫理――四半世紀を越えて』)というような話をしているんですね。だから夏目漱石と村上龍は、実は結構近いのかもしれない。さっき大胡田さんは、好きな人に影響されやすいとおっしゃってましたけど、そういう一本の芯を手繰り寄せているのかもしれないですね。

大胡田 : そうかも……。好きなタイプも昔から全然変わってないですし。

――どんな方がタイプなんですか?

大胡田 : 清潔で一重まぶたの人が好きです。好きな俳優もだいたい一重まぶたのアジア人ですね。いま『ウォーキング・デッド』を観てるんですけど、スティーブ・ユァンがすごく好きで、こっそりInstagramも見てます(笑)。あとは『レッド・クリフ』のときの金城武さん。金城さんが演じた諸葛亮孔明は、まさにわたしが求めてた諸葛亮でした……。

@nathanielgoldberg @gq ✌🏻️✌🏻

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「女子の部分が出ちゃってますね(笑)

――「わたしが求めてた諸葛亮」は、結構なパワーワードですね(笑)。ちょっとキャラ萌えもありそうです。小学生のころに装丁に惹かれていた話もそうですけど、大胡田さんの萌えポイントは人とは少し違うのかもしれないと思いました。

大胡田 : スカした子どもだったんですよね。小学校に入ったときには「将来なりたいのは表現者」とか言ってたし。

――「表現者になる」って言ってる小学1年生は、ヤバいですね(笑)。当時好きだった先生にも「表現者になる」って言ってたんですか?

大胡田 : 好きだった先生には、「わたしは国語の先生になります」って言ってました(笑)。「先生みたいになりたいです!」って。完全にアピールしてますよね。

――先生がライブに来たことってあるんですか?

大胡田 : それはないと思います。でも、母がたまに、わたしのことを話しているらしくて……。

――えっ、そこ繋がってるんですか? え、だとしたら、これリアルに「アリ」なんじゃないですか?

大胡田 : 卒業してから一度も会ってないので、いつかお会いしたいなとは思いますけど……。
――大胡田さん、先生の話するとき、ニヤケちゃってますけど。

大胡田 : 女子の部分が出ちゃってますね、まずいまずい、パスピエなのに(笑)。

パスピエ・大胡田なつき 私をつくる文学とアートと恋 この3冊はミーティア(MEETIA)で公開された投稿です。

ミーティア

「Music meets City Culture.」を合言葉に、街(シティ)で起こるあんなことやこんなことを切り取るWEBマガジン。シティカルチャーの住人であるミーティア編集部が「そこに音楽があるならば」な目線でオリジナル記事を毎日発信中。さらに「音楽」をテーマに個性豊かな漫画家による作品も連載中。

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