劇作・演出家の古城十忍に聞く──劇
団ワンツーワークス公演『消滅寸前(
あるいは逃げ出すネズミ)』

過疎化が進みつつある某県某市の「広庭地区」では、減り続ける人口対策について、頭を悩ませていた。このまま減少を続ければ、「広庭地区」の存続が危うくなってしまう。だが、これまでいくつかの移住促進対策を実施してみたものの、目立った効果はなかった。そこで市の地域振興課の職員も交えて、「広庭地区」の未来についての結論を出すために、住民組織の委員たちが会議室に集められた。熟考の末に、住民たちが出した結論とは何か──。
少子高齢化の問題は、すでに始まっており、10年後、20年後の日本を直撃することになる。だれもが関係することになる未来の大問題なのだ。10月20日から中野ザ・ポケットで『消滅寸前(あるいは逃げ出すネズミ)』を上演し、少子高齢化の問題を具体例を用いて取りあげている、劇団ワンツーワークスの劇作家・古城十忍に話を聞いた。
少子高齢化社会の深刻な実態
──ずいぶん前から「少子高齢化社会」と言われているなか、古城さんの新作は、まず地方からその影響が現れてくるというお話なんですが、これを書こうと思ったきっかけはどんなものですか。
 きっかけは、2014年に「日本創成会議」が発表した「消滅可能性都市」のリストです。そのリストによると、全国1800市区町村のうち、ほぼ半分にあたる896自治体(49.8パーセント)がいずれ消滅してしまいかねないとされている。にわかには信じがたいデータで、「ホンマかいや」と思っていたら、去年、NHKスペシャルで『縮小ニッポンの衝撃』が放送された。これは人口減少が進む日本の各地でいま実際に起こっている事態をレポートした番組だったのですが、それを見て「これは予想以上に深刻だぞ」と、それこそ衝撃を受けて、それから本腰を入れて現状を調べはじめました。
──この新作は『消滅寸前』というタイトルになっていますが、古城さんの認識では「寸前」ですか。
 いや、もう始まっていますね、日本の一部では。
──消滅開始ですか。あるいはすでに進行中みたいな……。
 そうです。取材をしてみて、事態は予想以上に、確実に深刻になってきていることを実感しました。まったく出口の見えない暗澹たる気持ちになったというか……。でも大半の人は、「少子高齢化社会」と言っても、もっと先の、自分には関係のない問題だと思っている。やはり、今の自分の生活に取りたてて困ったことが起こらないかぎり、他人事にしか映らないんですね。
 実は、僕の生まれ故郷の市も「消滅可能性都市」のリストに入っていて、「そうか、あのふるさとはいずれなくなってしまうんだ」と、初めてそんなことを想像し、なんだかやるせない気持ちになったんです。それで、「ごくごく近い将来、ふるさとを失ってしまうかもしれないという立場にある地域の人たちの焦燥や苦悩、そして彼らがどのように悪戦苦闘し、将来に向かってどんな選択をするのか」、そういうことを人間ドラマに仕立ててみようと思ったわけです。
──そして実際に、全国各地で、その問題が目に見えるかたちになって現れるのが、約10年後、20年後。
 いいえ、現実にもう、全国各地でさまざまな問題が表面化していますね。人口減少に歯止めを掛けようと躍起になって、すでにさまざまな対策に取り組んでいる自治体はたくさんあります。2006年に、北海道の夕張市が財政破綻したことはニュースにもなってよく知られていると思いますが、夕張市だけではないんですね、行政サービスがままならなくなっている市町村は。
──もうすでに起きてるんですか。今まで運営していた図書館や住民センターなどの公共施設も維持できなくなったり、さらには、道路や橋、水道や下水を修繕することもできなくなってしまいそうな……。
 現状は、もっと悲惨なことになっている地域もありますし、少子化が止まらないかぎり、将来的には全国各地でもっと大変なことになると思います。だけど、その見通しは相当に暗い。2016年の、日本の合計特殊出生率は「1.44」でしたけど、それが「2.0」になっても人口は増えないんですね。「2.07」を超えて初めて現状維持ができる。でもいま、「1.44」を「2.07」にすることもとうてい無理な状況ですから、日本は今後も少子化の道を突き進んでいくことになると思います。
ワンツーワークス公演『消滅寸前(あるいは逃げ出すネズミ)』(古城十忍作・演出) 撮影/黒木朋子
島根県雲南市の試み
──『消滅寸前』の舞台は架空の地域になっていますが、モデルがあるんですよね。
 取材したのは、NHKスペシャルでも取りあげられていた島根県雲南市です。
 2017年7月末現在、雲南市の人口は約3万9500人で、この10年間で約4900人減少しています。65歳以上の割合を示す高齢化率は約37パーセントで、当然ながら人口減少は今後も続き、高齢化率はさらに上昇すると予測されています。
 そこで雲南市では、今年で11年目になりますが、人口減少社会を念頭に置いて、行政とともに市民が主体的にまちづくりに関わる「協働のまちづくり」という施策に着手したんですね。具体的に言うと、だいたい小学校の学校区域ぐらいの単位で市全体を30の地区に分け、それぞれの地区で「地域自主組織」を立ちあげたんです。「協働」「地域自主」と言うと聞こえはいいですが、人口減少で市の税収も減る一方ですから、これまでのように市があまねくすべての地区に行政サービスを提供することが難しくなっているということなんです。
 それで市は、それぞれの地域自主組織に毎年交付金を渡し、「地区の問題は自分たちで解決する」「自らの地区は自ら治める」ということにしたんです。これは住民の側からすれば大転換ですよね。自分たちでできることは自分たちでやってください、ということになったわけですから。
──具体的には、交付金はどのようなことに使われているんですか?
 地区ごとにいろんなことをやってますよ。撤退してしまったバスの運行を始めた地区もありますし、空き店舗を交流の場に変えたり、婚活事業や高齢の単身者世帯に配食事業を始めたところもある。それぞれの地区が独自に意見を出し合って、地域づくりや福祉サービスなどを展開しています。
 雲南市ではそういうことをすでに10年やってきているので、今では「住民による自治の在りかた」の先例として、ほかのたくさんの自治体が視察に来るようになっているようです。
──『消滅寸前』では、住民組織が人口拡大の事業に長年取り組んできたことになっていますね。
 人口拡大に限って言えば、雲南市だけでなく、すでに全国で多くの自治体がさまざまな対策事業を展開しているんです。お見合い・結婚相談所を開設したり、子育て支援を行ったり、移住してきてくれた人に地元の特産品を寄贈するとか、空き家を「お試し住宅」に改修したり、マイホームを取得するのに補助金を出したりしている自治体もある。もう、ほんとに少しでも人口を増やそうと、それぞれがあの手この手で取り組んでいるという印象です。
──島根、鳥取は人口の少ない県で有名でしたが、同時に少子高齢化対策がいちばん進んでいる地域でもあると。
 いちばんかどうかはわかりませんが、雲南市は「島根県の10年先、日本全体の20年先を行ってる」と言われています。というのも、雲南市の2010年の高齢化率は「32.9パーセント」で、島根県全体では2020年に「35.1パーセント」になり、日本全体でみると2030年に「31.6パーセント」になると予測されているんです。言わば、雲南市および島根県は「日本の未来図」なんですね。だから、いまの雲南市の実態を見れば、20年後の日本の姿を推し量ることができる。国レベルで何らかの思いきった対策を早々に打たないと、2030年には日本全体が「少子・高齢」の影響で、相当に困った状況に陥っていると思います。
ワンツーワークス公演『消滅寸前(あるいは逃げ出すネズミ)』(古城十忍作・演出) 撮影/黒木朋子
人口減少と東京一極集中
──知れば知るほど重要で、みんなで考えなくてはいけない問題だと思います。先ほどおっしゃったように、10年先、20年先には、日本全国がこの状況に陥らざるをえない。しかも、国の借金は加速的に増えている。そこでどうするかですね。
 2025年には、東京も人口が減りはじめます。
──多摩地区から減っていくと聞きましたが……。
 東京23区に限れば、2030年から減少すると予測されていますね。
──いくら話し合っても、現実はこのとおりなので、技術革新とか、卓越したアイデアでなんとかなる問題ではない。
 ないんですよね。
──では、移民を引き受けるかというと、それには別に、新たな問題が起きます。
 移民を引き受けるのは、ものすごくハードル高いと思いますよ。仮に、移民を引き受けることになったとしても、過疎化が進んでいる地域には仕事がないですから。ただ住んでもらえばいいということじゃないですからね。自治体からすれば、ちゃんと働いてもらって、税金を納めてもらわなければ意味がないわけだから。
 過疎地域には、人がいなくなって誰も作付けをしなくなった田畑はたくさんあるんです。だけど、だからといって、「ここに来て農業やってください、しかも自立してやってください」というのは無理でしょう。人口拡大のために本気で移民を受け入れようと思うのなら、まずは行政が予算を確保して農業の技術指導を数年はやる。それくらいのことを考えないと自立できないと思うんです。
──しかも、毎年、気候がいいとは限らない。
 行政の初期投資も相当必要になりますからね。かなり難しいと思います。
 だから人口減少は、地方にとってなかなか解決策が見つからない厄介な問題なんです。全国的な少子高齢化に加えて、首都圏と言ったほうがいいのかもしれませんが、「東京一極集中」で地方の人口は流出する一方ですからね。子どもの数は増えない。出ていく人は多い。こうした状況では、本当ににっちもさっちもいかない。いったい、どうすりゃいいんだっていう話ですよね。
 だから、国を挙げて対策を考えるなら、企業を地方に強制的に移すくらいのことをしないと無理だと思う。でも、日本では政治も経済も文化もすべてが東京、首都圏に集中していることで成り立っている部分がきわめて大きいですからね。地方分散に向かうことも相当に難しいと思います。
ワンツーワークス公演『消滅寸前(あるいは逃げ出すネズミ)』のチラシ。 イラストレーション/古川タク
豊島区の「消滅都市」にならないための対策
──東京で言えば、豊島区も「消滅可能性都市」に入れられていた記憶があります。
 はい。東京23区の中で唯一、リストに挙げられました。NHKスペシャルの番組では豊島区のことも取りあげていたんですけど、豊島区と島根県雲南市では消滅可能性の数値がぜんぜん違うんですね。やはり、予測としては雲南市に代表されるような地方のほうが圧倒的に厳しいです。
──豊島区は近年、劇場を作ったりなど、演劇にも力を入れていますので、人口についてはV回復が望まれるかもしれません。
 豊島区からすれば、「消滅可能性都市」に挙げられたことは、まさに青天の霹靂だったようで、区長がすぐに対策本部を立ちあげたんですね。
 まず、「としま100人女子会」といって、豊島区に「在住・在勤・在学」している女性を100人集め、「豊島区に住みたくなるには何があったらいいと思うか」ということを挙げてもらった。それから、それをもとに具体的な対策プランを提案してもらう「としまF1会議」をスタートさせた。「F1」というのは広告・放送業界のマーケティング用語で、「20歳から34歳までの女性」のことです。いわゆる、子どもを産み育てることを担う中心となる層ですね。委員はアドバイザーのかたも含めて約40名で、3チームに分かれて、各チームで調査・研究をおこなって、「消滅可能性都市」から「持続発展都市」になるための事業プランを考えてもらうことにしたんです。
──特別チームを作って、実行するための対策を考えた。
 そうです。具体的には「子育て支援」「コミュニティづくり」「ブランディング」などの11事業が、翌年度には予算化されました。1年もかからずに11の事業を企画立案して予算化したわけですから、豊島区の対策を講じるスピードはすごく速かったと思います。
 この「としまF1会議」の座長に就任したのは、中央大学教授の萩原なつ子さんで、萩原さんには『消滅寸前』の公演中、アフターイベント「スペシャル対談」とゲストとしてお招きしています(10月28日)。
 当初、『消滅寸前』の戯曲の構想を練っている時点では豊島区のことも描こうと考えていたんですが、まずは、より切実な地方を描かなければと思い直して、結果的に今回の舞台では、まったく豊島区のことには触れていないんです。なので、スペシャル対談では、豊島区の取り組みについて詳しくお話を伺えたらと思っています。
──そもそも豊島区はなぜ「消滅可能性都市」に挙げられたんでしょう。
 豊島区の人口はいま現在、まだ転入による社会増で増えているんです。でも、死亡者数と出生者数の比較だけで見た「自然増減」では、もう25年以上も人口は減り続けていた。ただ、その自然減を上まわる人口が転入してきていたので、人口は増加していたわけですね。
 しかし、予測では、豊島区は2020年には人口減に転じ、2028年には税収が減少し、2035年には社会保障費の増加により財源不足に陥ると考えられています。
 というのも、転入してくる人の大半は若者なんですね。しかも残念なことに、ほとんどが非正規雇用なんですよ。ということは、なかなか収入が増えない。年収が低くて結婚ができないから子どもも産まれない。
──結婚生活を始めるには、経済的な基盤も大切です。
 豊島区はどうも、そういう人が多いようですね。でも、あと何年かしたらそういう人たちの転入も頭打ちになって、人口は減少に向かう。だけど、非正規雇用の人たちがそのまま残るとしたら、税収はなかなか上がらない。むしろ、生活保護などの社会保障費で出ていくお金は増え続ける。「消滅可能性都市」に挙げられたことで、そういう問題が明らかになってきたんですね。
 でも思うに、地方から都会へ出てきた若者が、結婚もできず、30代・40代になり、そのうち体を壊してしまい、挙げ句、病院にもろくにかかれないみたいなことが、今後あちこちで起こるとしたら、少子高齢化の影響は、もしかしたら地方より東京のほうが悲惨かもしれません。
 非正規雇用者の低収入も大きな問題ですが、日本は職場環境から言っても女性が子どもを産みづらいですよね。それで出生率を上げろなんて、とんでもない話です。
ワンツーワークス公演『消滅寸前(あるいは逃げ出すネズミ)』(古城十忍作・演出) 撮影/黒木朋子
決して他人事ではない、と思えるかどうか
──本当に問題が大きすぎますね。事態が迫ってきても、その場で対応できる規模をはるかに超えています。
 残念なことに、この問題は目に見えにくいんですね。しかも、何年先はこうなるよと言われても、ピンと来ない。やっぱり、日本人は自分の足下にまで水が浸らないと、「わあっ、水だ、大変だ」と思わないんですね。危機管理意識が非常に低いんだと思います。だから、10年後や20年後のことを「大変だ、大変だ」と言ってみても、なんとかなるんじゃないかと思う人が多いというか、対策に真剣にならない感じがあるんですね。
 この問題は、本当に国レベルで考えないといけないし、県レベルで考えないといけないし、市レベルでも考えないといけない。たぶん、それぞれがとれる対策はそれぞれ違うはずなんです。そして、それを同時進行させるくらいの大型プロジェクトとして打ちださないと、たぶん、あっという間に日本の国力は落ち、先進国とは言えない事態になると思いますね。GDPもかなり下がるでしょうし……。
──すでにかなり下がっています。国が教育にかけるお金も、先進国のなかでいちばん低い。だから、人にも投資しない、教育にも投資しない。
 大学の基礎研究にも投資しないですよね。
──それでノーベル賞を獲れと言われても、無理ですよね。いやはや考えれば考えるほど、大問題であることがわかります。どうしたらいいですかね。
 それこそ、それはみんなで知恵を出しあって考えないといけないですね。それも、一刻も早く。
 でも、いま言ったように、この『消滅寸前』を観てくれた方の、どれぐらいのお客さんが自分たちの問題として「あ、それは大変だ」と思うのか、それとも他人事みたいに「へええ……」だけで終わってしまうのか、そこに僕としては大いに関心があります。
 芝居としては、今日お話したような堅苦しいことを言い続けているわけではなく、エンターテインメント性もじゅうぶんに楽しめる舞台になっていると思うので、『消滅寸前』を観て自分はどのように思うのか、ぜひ確かめてもらえたら嬉しいです。
──ぜひとも、この芝居はいろんな自治体をまわっていただきたい。できれば複数の上演チームを作って、各地で問題提起してほしい。そういう機会ができないかと、真剣に考えさせられました。
取材・文/野中広樹
公演情報
ワンツーワークス公演『消滅寸前(あるいは逃げ出すネズミ)』
■作・演出:古城十忍
■日時:2017年10月20日(金)~29日(日)
■会場:中野ザ・ポケット
■出演:奥村洋治、関谷美香子、山下夕佳、武田竹美、藤村忠生、中村まり子、みょんふぁ(洪明花)、長田典之、増田和、原田佳世子、小山広寿、田村往子、神山一郎
■公式サイト:http://www.onetwo-works.jp/

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