『今日から使えるヒップホップ用語集
』ヴァイブス高めのサグい本

今日から使えるヒップホップ用語集

『今日から使えるヒップホップ用語集』は、ヒップホップでよく使われる専門用語やスラングの意味と、それらが生まれた背景、具体的な使い方などを解説した入門書。タイトルに「用語集」とあるが、くだけた文体で楽しみながら読める内容になっていて実用性が高く、飲み屋に置いてあれば間違いなく手に取って盛り上がってしまう。

著者は『ヒップホップ・ジェネレーション』などの翻訳を手がける押野素子。
項目ごとに挿入されるイラストは、webコミック『ファンキー社長』などで知られるJAYが担当。全77組のアーティストがイラスト化されており、これを眺めているだけでも楽しい。初心者から往年のヒップホップファンまで幅広く楽しめる。
(押野素子が翻訳を手がけた『ヒップホップ・ジェネレーション』表紙)

俺はギャングスタだからな!

ゴチャゴチャ言うより、本書のページをそのまま紹介した方が魅力が伝わりやすい。たとえば、「ギャングスタ」という用語を解説するページはこんな感じ。

ヒップホップ用語名:GANGSTA(ギャングスタ) 日常会話での実用度:4(満点は5) 用語の意味:名詞、形容詞。「ギャング/犯罪組織の一員」を意味する。原語はギャングスター(Gangster)だが、黒人の発音では「-er」が落ちることが多いため、ギャングスタ(Gangsta)となった。略称は「G」。 語源やバックグラウンドなどの解説: ギャングスタとは、犯罪組織の一員を意味する言葉だが、本流の社会基準から外れた出来事、活動、行動、人物などを表す言葉としても使われる。また、大胆不敵で強引な人物/行動についても、ギャングスタが使われる。 (中略) アイス・Tやスヌープ・ドッグといったハンパない経験を持つ年季の入ったギャングスタ・ラッパーは、OG(Original Gangsta)と称されてリスペクト(p.122)される。その一方で、レコーディング・スタジオ内だけでギャングスタを気取るラッパーは、スタジオ・ギャングスタ(Studio gangsta)と呼ばれて冷笑される。 日常会話で使う際の実例フレーズ: 上司(ボス)に残業を命じられたけど、「ノー」って言って退社した。俺はギャングスタだからな! (My boss demanded that everybody work overtime. But I said “No” and left cuz I’m a Gangsta.) (『今日から使えるヒップホップ用語集』p96「ギャングスタ」の項目から抜粋)

このように、短くもユーモアある文章で書かれており、用語の意味や用法と背景知識、そしてラップミュージックに関する小ネタがたくさん詰め込まれていて読み応えがある。

普段の言葉をヒップホップ用語に置き換
えて、ヴァイブスを高めろ

普段の言葉をヒップホップ用語に変えると、それだけで毎日が楽しくなる。

たとえば、「今日もバイトくそだりい〜」と思ったら、「今日もハードにハスリングだ!」と言い換えよう。ダルいバイトがハードな「ハスル(p118)」になると、それだけでなんだか楽しい気持ちになれる気がする。

ハスルというヒップホップ用語は、勤勉な日本人にとって汎用性が高く、便利な言葉だ。「勤勉」であることは、時に「つまらない奴」といったニュアンスを持つ。たとえば自己紹介の時、「僕は勤勉です」なんて言う男は絶対にモテないだろう。しかし、「毎日ハードにハスリングしてる」って言うと、なんとなくイケてる感じがする。

同じことを言っていながら、「勤勉な日本人」と「ハード・ハスリング・ジャパニーズ」では受け取る印象がまったく違う。言葉を言い換えることで、物事の見方を少しだけ変えることができるわけだ。

このように、ヒップホップの言葉は自分を奮い立たせてくれるものが多い。きっとそれは、ヒップホップという音楽の成り立ちに由来するものなのだろう。そして言葉が人の思考に影響を与えるのだとすれば、『今日から使えるヒップホップ用語集』を読むことは、単に楽しい時間を与えてくれるだけでなく、自分を強くしてくれることにも繋がるかもしれない。あのケンドリック・ラマーだって曲の中で「自分のDNAの中にハスルがある」って言い聞かせてるのだ(?)
(「I got hustle though, ambition, flow, inside my DNA.」ケンドリック・ラマー『DNA.』より)

クラシックはヴァイナルでゲットすべし

ヴァイブス高め(p130)のサグい(p98)本書は、ぜひともフッド(p84)のストリート(p80)にてヴァイナル(p64)でゲットすべし。このクラシック(p38)なシット(p18)を読めば、今日からきっとギャングスタ(p96)への道のりが始まる。

言葉にコンシャス(p102)になり、本書で解説されているスラングをサンプル(p40)して使いこなせるようになれば、ゲットー(p82)のクルー(p134)たちからリスペクト(p122)を得られるだけでなく、ホット(p34)なチック(p144)やカバンの重いビッチ(p146)とHOOK UP(p94)できるかもしれない。

しかし、筆者のようなワンクスタ(p96)がバカのひとつ覚えのように軽々しく乱用すると、「あいつはディックヘッドだ(p23)」と言われてout of league(p74)扱いされ、即座にピース・アウト(p174)されてしまうかもしれないが……。

イルでドープなジャパニーズ・ヒップホ
ップ

本書と直接は関係ないが、せっかくなので、イル(p30)でドープ(p28)なここ数年の日本のヒップホップをいくつか紹介したいと思う。

KOHH『Dirt Boys feat. Dutch Montana, Loota』
(KOHH『Dirt Boys feat. Dutch Montana, Loota』MV)

まずはKOHHの『Dirt Boys feat. Dutch Montana, Loota』(’15)。
韓国のKeith Apeとのコラボ『It G Ma』で一躍その名を世界に知らしめてからは、日本の若者だけでなく、世界中のヒップホップヘッズ(p138)から支持されているKOHH。パリコレへの出演やフランク・オーシャンとのコラボ、そして日本では宇多田ヒカルとのコラボなど、「東京発のアングラヒップホップ」と言われていた頃がはるか昔に思えるほどブレイクした。

いま10代のヒップホップヘッズの中には、KOHHに憧れてラップを聴き始めた人も多いのでないだろうか。時代を象徴するヒップホップアーティストで、イルという言葉がもっともふさわしい日本のアーティスト。ヒップホップ好きを自称していながらKOHHを聴いてない奴はワック(p24)説が濃厚。


SQUASH SQUAD『冷血 feat. NIPPS
(SQUASH SQUAD『冷血 feat. NIPPS』MV)

海外の最新のラップミュージックをほぼ時差なく自分のものに取り込むことがうまく、ジャンル問わず多くのアーティストに影響を受けているKOHHだが、その中でも初期のKOHHに多大な影響を与えた(と筆者が勝手に思っている)のが、Vito FoccacioとLoota、Dineroの3人で構成されるSQUASH SQUAD(スカッシュ・スクアッド)。

たとえば、日本のヒップホップにおける伝説的なユニット・BUDDHA BRANDのNIPPSをフィーチャー(p60)した『冷血 feat. NIPPS』(’00)と、KOHHがSALUとコラボした『If I Die Tonight feat. Dutch Montana, SALU』(‘16)のMVを見比べてみれば、両者の類似性が浮かび上がってくるだろう。KOHHによるSQUASH SQUADへのオマージュ(と思われる部分)についてはまだあまり言及されていない気がするが、Vitoのソロ作品に参加したり(『I Need Her feat. Cherry Brown, NIPPS, KOHH』’12)、最近はLootaを相棒にするなど、その結びつきは強く、リスペクトを感じさせる。

SQUASH SQUADの楽曲群の中でドープの原義により近いものとしては、『Suicide Bounce』(’12)や『Energy』(’13、Vitoのソロ曲)などもおすすめだが、前者は過激すぎる内容のせいか、2017年10月現在You Tubeからは公式MVが削除されている。


Cherry Brown『ジャミン』
(Cherry Brown『ジャミン』)

ハーコー(p100)の紹介が続いたので、明るいマザファカ(p16)も紹介。
10月11日にドロップ(p68)されたCherry Brown(チェリー・ブラウン)の新譜『Geminii』から、ゆるふわギャングなどのビートを手がけるAutomaticとの共同プロデュース作『ジャミン』(‘17)。

個人的には、彼のことを日本のメトロ・ブーミンと呼びたい(グッチ・メインやドレイク、ミーゴス、21サヴェージなど様々なアーティストにビートを提供し、2017年上半期もっともハスルしたと言われるビートメイカー)。ミーゴス、ヤング・サグ、フューチャー、リル・ヨッティ、レイ・シュリマーあたりが好きならCheryy Brownにハマるはず。

また、チャンス・ザ・ラッパーをはじめ、ミックステープ(p62)をフリーダウンロードでドロップする文化がアメリカには根付いているが、日本におけるミクステ文化の第一人者はCheryy Brownだった。


JP THE WAVY『Cho Wavy De Gomenne』
(JP THE WAVY『WAVY TAPE』リリースパーティー@渋谷VISIONの様子。シークレットゲストにはSALUの他に、「ノリで参加した」というSKY-HIの姿も)

2017年5月に突如として現れたJP THE WAVY(ジェーピー・ザ・ウェーヴィー)。You TubeにMVをアップするとたちまちバイラルヒット。ハッシュタグ「#超Wavyでごめんね」を付けてダンスする動画をインスタなどにアップする若者が急増。zeebraがラジオで「気になる」と発言したり、SALUとのコラボや上の動画にあるようにSKY-HIも認めるなど、この1曲で一躍ヒップホップシーンの最前線に躍り出た若手。

トラップ系のビート(p48)、癖になるフック(p52)、流れるフロウ(p44)、日常会話的なリリック(p46)、ファッションやダンスへの意識など、USラップのトレンドを完全に自分のものにしたブージー(p110)な1曲。
「wevy」は「カッコ良い」というような意味のスラングだが、仮に『今日から使えるヒップホップ用語集vol.2』がドロップされるとしたら収録されるかもしれない言葉のひとつ。


MUD『Chevy』
(MUD『Chevy』MV)

最後に、シティっぽさを感じられるチル(p.108)な曲を。
KANDYTOWNのメンバー、MUD(マッド)のソロアルバム『Make U Dirty』より『Chevy』(‘17)。KANDYTOWNは、世田谷を中心に活動するヒップホップクルーで、16人のMC、DJ、トラックメイカーで構成される。その中でも、世田谷でなく町田市(MAD CITY)をフッドとするMUDは、都会的なセンスと汗臭さが同居したMCで、KANDYTOWNのハーコー担当とも言われている。

書籍情報

今日から使えるヒップホップ用語集
出版社:スモール出版
著者:押野素子
イラスト:JAY
内容紹介:
「フリースタイル」「ディス」「レペゼン」「ドープ」「ビーフ」……これらの言葉が持つ、真の意味とは?
ヒップホップの基礎的なスラングの意味と使い方を実例付きで紹介する、イルでドープなスラングのビギナーズ・ガイドブック。
フリースタイルでライムしたいMCも、リリックを深くディグしたいBボーイ&Bガールも必読の1冊です。
ワックな知ったかぶりとは今日でピース・アウト。ヒップホップ用語が、学校や職場など日常生活で大活躍します!

(Amazonより抜粋)


Text_Sotaro Yamada

『今日から使えるヒップホップ用語集』ヴァイブス高めのサグい本はミーティア(MEETIA)で公開された投稿です。

ミーティア

「Music meets City Culture.」を合言葉に、街(シティ)で起こるあんなことやこんなことを切り取るWEBマガジン。シティカルチャーの住人であるミーティア編集部が「そこに音楽があるならば」な目線でオリジナル記事を毎日発信中。さらに「音楽」をテーマに個性豊かな漫画家による作品も連載中。

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