『渋谷音楽図鑑』都会の語り部による
街とカルチャーの歴史

「渋谷」という街が生み出した音楽とは何だったのか。なぜ渋谷は音楽の街になったのか。
その歴史を1964年の東京五輪にまで遡り、渋谷という街の”磁場”について、3つの坂(公園通り、道玄坂、宮益坂)といった切り口を中心に語り下ろしたのが本書『渋谷音楽図鑑』だ。

渋谷音楽図鑑とは

本書は牧村憲一、藤井丈司、柴那典の3人による共著。

中心人物の牧村憲一は、山下達郎竹内まりや加藤和彦などの制作・宣伝を手がけ、フリッパーズ・ギターをプロデュースした音楽プロデューサー。本書は、彼の100時間にも及ぶ語りを中心として構成されている。

藤井丈司はYMOやサザン・オールスターズなどの作品に参加してきた音楽プロデューサー/プログラマー/アレンジャー。本書では詳細な楽曲解析も担当している。

柴那典は『ヒットの崩壊』や『初音ミクはなぜ世界を変えたのか』などでも有名な音楽ジャーナリスト。雑誌やwebメディア等で数多く記事執筆しているので、世代に関わらず、音楽好きなら彼の名を見たことがある人が多いだろう。

目次を見るとなんとなく本書の流れがつかめると思うので、以下に引用する。

第1章 公園通り 1.公園通りと「パルコ文化」の誕生 2.渋谷生まれの音楽プロデューサー 第2章 道玄坂 1.日本のロックとポップスを育てた二つの拠点 2.シュガー・ベイブ、山下達郎、大貫妙子 第3章 宮益坂 1.ポップスの担い手を育てた坂の上の学校 2.七〇年代から八〇年代への橋渡し 第4章 原宿 1.音楽と広告とファッションの蜜月関係 2.八〇年代の爛熟、そして狂騒の終わり 第5章 渋谷系へ 1.新たなる都市型ポップスの奔流 2.フリッパーズ・ギターがいた時代 第6章 楽曲解析 1.はっぴいえんど「夏なんです」 2.シュガー・ベイブ「DOWN TOWN」 3.山下達郎「RIDE ON TIME」 4.フリッパーズ・ギター「恋とマシンガン」 5.小沢健二「ぼくらが旅に出る理由」 6.コーネリアス「POINT OF VIEW POINT」 第7章 二一世紀

ちなみに、一部の記事はここから無料で読める。

リンクする街の歴史と音楽の歴史

本書の面白さは第一に、音楽の歴史を渋谷という街、とくに三つの坂道(プラス原宿)に焦点を当ててひもといたことにある。

公園通りの渋谷パルコや小劇場ジァンジァン、道玄坂のロック喫茶B.Y.GやYAMAHA渋谷店、宮益坂の青山学院大学など、キーとなる場所にどのような人々がどのような経緯で集まり、どのように機能して新しい音楽が生まれたのか。これらは音楽の歴史であるとともに街の歴史でもある。

音楽は人が作るものだし、どんな場所にいても音楽は作ることができる。しかしこうしたフィジカルな「場所」に誘発されてある種の文化が生まれたと考えることは興味深い。

確かに、ひとつの作品はたった一人の人間から生み出されるかもしれないが、それが文化になるためには、多くの人が集まる必要がある。本書を読み、渋谷の街の歴史をたどっていけば、なぜ音楽分野の重要人物たちが渋谷に集まっていたのかがよくわかる。そして、渋谷という街の特性や渋谷が辿った歴史が文化を誘発した、という仮説にはかなり説得力がある。この本の後では、渋谷という街の見方が変わるかもしれない。
(渋谷パルコの歴史。出典:渋谷パルコ Last Dance

語り部の存在価値

また、本書は全編話し言葉で書かれており、それがひとつのポイントでもある。
当事者の話し言葉で書かれることで、ただの記録ではなく、生きた記憶として、本書の内容が読者の脳内に蘇る。
「蘇る」ということが重要で、牧村憲一の声を通して、自分では経験していないはずの景色や音や色を「思い出す」感覚になる。

単に情報を知りたいだけならば、当時の音楽とそれらにまつわる記録をまとめれば良い。しかし、そうした情報をリアルなものとして、生きたものとして伝えるためには語り部が必要だ。
歴史というものが図書館や研究室に閉じ込められるか、人々の生活に根を下ろして生き続けるかは、こうした優れた語り部の存在にかかっていると言っても過言ではない。

注目すべき楽曲解析

こういう本の多くは、音楽の話をしているのに、実際に音が聴こえてこない。そうではないものにしたかったんです。 (『渋谷音楽図鑑』第6章、牧村憲一の発言より、p205)

これは音楽に限らず、アート全般から学問領域にまで広く言えることだが、雑誌や書籍、あるいはweb記事などで一般的に読むことができる分析や評論は、その多くが書き手の主観や感情に基づいたもので、根拠や理論に欠けたものもある。そうした分析や評論は実は研究者からはまったく相手にされていないのだが、一方で、研究者による論文などを一般の読者が読む機会は少ないし、読んだところで知識の土台がなければ理解することは難しい。したがって、研究書と一般書のあいだには深い断絶がある。

本書の楽曲解析の章は、音楽の分野において、その断絶を埋めるかもしれない。

本書の第6章では、
はっぴいえんど『夏なんです』、シュガー・ベイブ『DOWN TOWN』、山下達郎『RIDE ON TIME』、フリッパーズ・ギター『恋とマシンガン』、小沢健二『ぼくらが旅に出る理由』、コーネリアス『POINT OF VIEW POINT』、
といった6曲をそれぞれ譜面に起こしながら、これらの曲の特徴がどんなもので、それはこれまでの音楽と何がどう違っていて、どう素晴らしいのか、客観的かつ理論的に解説されている。どこにシンコペーションがあり、どこにメロディの飛躍があるかなども明記されているわけだが、本を読む方としては、専門用語や譜面の読み方を知っている必要はない。すべて説明されているからだ。

この章はもちろん藤井丈司の役割が大きいのだが、聞き手の柴那典が、読者の目線で適宜質問・要約していることも大きな役割を果たしている。柴那典の巧みな誘導によって、専門的な内容がひとつずつほぐされ、整理されて頭に入ってくる。こうした専門知識のない読者を置き去りにしない配慮は、専門書と一般書の溝を埋めるように思う。

結果として、本書からは音楽が聴こえてくる。これは音楽が鳴っている楽しい本だ。と同時に、根拠のない感情だけの音楽評論もどきの息の根を止める危険な本かもしれない。
(小沢健二『ぼくらが旅に出る理由』MV)
(コーネリアス『POINT OF VIEW POINT』MV)

街からベッドルームへ、そして再び街へ
(夜の渋谷、スクランブル交差点)

都市が文化を発信する力は、インターネットの普及によりいったんは弱まったように見えた。00年代のインターネットは、自宅のパソコンを電話回線で繋ぐことを前提としていて、人々は家の中から世界中の人々と繋がろうとした。しかし、スマホとSNSによってその構図は変わりつつある。

たとえば三つの坂が合流する谷底であるスクランブル交差点は、今日も数え切れないほどの人々が行き交っており、いまや外国人観光客の目には不思議に映る「観光地」となり、ハロウィンや年末のカウントダウン、サッカー代表戦などのイベントがある際には交通規制が必要なほど大勢の人々が集まる。人々はそこに集まってはスマホで写真を撮り、SNSにアップする。それを見てさらに人々が押し寄せる。
(昼の渋谷、スクランブル交差点)

柴那典が「00年代と10年代のインターネットは区別した方がいい(p260)」と述べているように、スマホ&SNS以降のインターネットは、ベッドルームの扉を開けて人々を部屋の中から外へと促した。
外には、街があった。部屋の中と外という概念はいまや消えつつあり、その流れを位置情報やフィンテックなどの技術革新が加速させる。すると、ふたたび街が文化の発信地として力を取り戻す。

本書では、アンダーグラウンドに蓄積したエネルギーがやがて一人のスターの出現を誘い、それによって周りの人々に光が当たり、次第に大きなムーブメントになっていくことが繰り返し記されている。
どんなムーブメントも、はじめは小さな集まりにすぎない。しかしその集まりがさざ波を起こし、やがて遠くの岸で大きな波が起きる。波が起きた時、重要なプレイヤーが同時多発的に発見される。

2017年は、まさにその大きな波が起きつつある時なのかもしれない。Suchmosの広告が渋谷の街をジャックし、2年前に『ShibuyaK』を歌ったDAOKO米津玄師とコラボして大作映画のエンディングを飾る2017年は、すでに多くのアーティストが同時多発的に世間に発見されている。DATS、yahyel、D.A.N.Yogee New Wavesnever young beach、向井太一、wonk、Nulbarich、などなど、シティカルチャーと縁が深そうなアーティストの一部をランダムに並べてみたが、これらはほんの氷山の一角にすぎない。
(DAOKO『ShibuyaK』MV)

インターネットによって街からベッドルームへと移行した文化の発信拠点は、ふたたび街へと移行しつつある。次にその拠点となるのは渋谷なのか、それとも他の都市なのか。あるいは郊外や地方の街なのか。いずれにしろ、街の中に何かがうごめいていることは間違いなさそうだ。

そして本書は、今起きつつあるムーブメントを理解するための手がかりになるだろう。

(ちなみに、Suchmosの広告キャンペーンには、ミーティアでコラム連載中のアートディレクター・Mottyが参加。詳しくはこちらをどうぞ)
Music Meets City Cultureな一冊

色々書いてきたが、とは言え本書を読む上では注意した方が良さそうな点もある。
まず、土地勘がないとわからない部分が多い。そもそも渋谷に一度も行ったことがない人は、公園通りや道玄坂や宮益坂といった言葉にそれほど強いイメージを喚起されないだろう。渋谷と新宿の違いにピンと来ない人だって大勢いるし、むしろ全国的にはそういった人々の方が多数派かもしれない。

また、あくまでも個人の視点で語られた歴史だということも留意しておくべきだろう。
本書では、小室等六文銭から吉田拓郎へと至るフォークと、はっぴいえんどからシュガー・ベイブへと至る黎明期の日本のロック、さらには荒井由実や竹内まりや、YMO、井上陽水サザンオールスターズ忌野清志郎を経て、渋谷系と呼ばれる音楽の誕生前後が語られているが、渋谷で生まれた音楽や文化は他にもたくさんある。当たり前のことだが、これだけが渋谷のすべてではない。当時をよく知る他の人物に語らせたら、本書とは違った物語が見えてくるかもしれない。

しかし、そうした様々な声を集め、分析し、過去から現在そして未来へと続く街とカルチャーの全体像を浮かび上がらせることは、次の世代の役割かもしれない。

本書は、そのための土台となりうる書籍である。
まさに、Music Meets City Cultureな一冊。


書籍情報

渋谷音楽図鑑
“渋谷には3つの坂がある。公園通り、道玄坂、宮益坂。その坂と川、谷が時代の主役です。流れ込む、蓄積する、淀む、噴き出す。これこそが戦後史であり、日本のポップ、ロック音楽の産みの母体です。やっと僕は自分史と音楽史を重ね合わせて定本を、いや底本を創ることができました。”(牧村憲一)
牧村憲一は、大滝詠一細野晴臣、シュガー・ベイブ、山下達郎、大貫妙子、竹内まりや、加藤和彦、坂本龍一、そしてフリッパーズ・ギターと出会った伝説の音楽プロデューサー。その牧村が「坂と川と谷の街」である渋谷で生まれ暮らし、巡り合った音楽たち、スタッフとして参加した伝説的プロジェクト、幾多のミュージシャンとの交流やエピソードを加えて、その50年をすべて語り下ろす!
さらにサザンオールスターズ「KAMAKURA」、桑田佳祐「Keisuke Kuwata」、布袋寅泰「GUITARHYHM」シリーズなどで知られる音楽プロデューサー・藤井丈司が「夏なんです」「DOWN TOWN」「RIDE ON TIME」「恋とマシンガン」「ぼくらが旅に出る理由」「point of view point」に流れる都市型ポップスの系譜を楽譜を元に徹底解析。それをまとめるのは「ヒットの崩壊」「初音ミクはなぜ世界を変えたのか?」で知られる、気鋭の音楽ジャーナリスト・柴那典。ジェネレーションの異なる3人が集結し、現在進行形で変わりつつある「2017年の渋谷」を舞台に語り尽くす。
なぜ、渋谷という街が日本の都市型ポップスの一大潮流を生み出す拠点となったのか――。その街が持つ“磁場”を、歴史、人、音楽、そしてファッションから解き明かす。これぞ日本のポップス一大絵巻! ! !
(Amazonより抜粋)

著者情報

牧村憲一Twitter
藤井丈司Twitter
柴 那典Twitter


Text_Sotaro Yamada

『渋谷音楽図鑑』都会の語り部による街とカルチャーの歴史はミーティア(MEETIA)で公開された投稿です。

ミーティア

「Music meets City Culture.」を合言葉に、街(シティ)で起こるあんなことやこんなことを切り取るWEBマガジン。シティカルチャーの住人であるミーティア編集部が「そこに音楽があるならば」な目線でオリジナル記事を毎日発信中。さらに「音楽」をテーマに個性豊かな漫画家による作品も連載中。

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