勅使川原三郎にインタビュー 刊行1
00年を記念し萩原朔太郎『月に吠える
』に挑む

ダンスカンパニーKARAS(カラス)を率いて海外公演も活発に行い、パリ・オペラ座バレエ団から作品委嘱されるなど世界的に活躍する勅使川原三郎(舞踊家・振付家)が、2017年8月24日(木)~27日(日)、新作公演『月に吠える』を行う。これは大正時代に詩壇に新風をもたらした詩人の萩原朔太郎(1886~1942年)の詩集『月に吠える』刊行100年記念したもので、勅使川原、佐東利穂子らKARASのメンバーに加え海外からのゲストも招いてのグループ作品となる。注目の舞台の開幕を前にして勅使川原に公演への抱負や創作の動機を聞いた。
なぜ、いま萩原朔太郎なのか
佐東利穂子『月に吠える』プロモーションビデオより (c)️KARAS
——萩原朔太郎の詩集『月に吠える』を題材に新作を創ろうと考えられた経緯は?
次の作品に萩原朔太郎の『月に吠える』を題材にしようと考えていた時、偶然にも今年が刊行100周年だと知りました。僕の部屋には本がたくさんあって小さな図書館みたいになっているんですけど、なぜか『月に吠える』が目に付くところにあって直観的に作品を作ろうと思いました。以前から萩原朔太郎の世界に興味がありダンスを創れないだろうかと考えていましたが、今年創作するのはちょうど良いタイミングなのでしょう。
——『月に吠える』のどこに刺激されたのでしょうか?
当時の世の中一般からすると内容的には奇妙で違和感があります。ヨーロッパを中心に世界中にあったある種の不安な状況みたいなものと、デカダンスというか人間の日常的な言語活動ではない世界観を持つ朔太郎がある種の病理的な人間の側面を言葉によって切開する。切り出して傷口から何かを見る、そんなように感じる詩なので興味がありました。そして僕が今生きているなかで、物の見方としておもしろく共通する印象を受けます。
——当時、詩をはじめとする芸術の面でも大きな変化がある時代でした。
狂乱の第一次大戦があってナチが台頭してくるという政治的には恐ろしい巨大なパワーがうごめいている時代に、表面はアーティスティックというかアヴァンギャルドな表現が生まれ退廃から破滅に向かう。世界がガラッと変わって人間の生と死が暴力的にぶつかり合うような文化・芸術が生まれました。整合性を持った世界から歪んだ世界たとえばデザインの世界でも、建築の世界でも思想の世界でも、歪んだものの見方こそが人間であるというふうになる。朔太郎など日本の詩人たちはヨーロッパからの風を相当受けていると思います。
——萩原朔太郎の詩の特徴をどう捉えていますか?
朔太郎は病気持ちだったこともあるのでしょうが身体に対して敏感だったと思います。『月に吠える』では、陰鬱な悲しげな物の見方をしているけれど、歪んだアイロニーがあります。動植物の目を通したり、比喩を通したりして、自分のなかにあるどうしようもなく終わりもないようなある種の永遠性みたいなものが皮肉として描かれている。そのあたりが痛みと解放を同時に感じさせ、身体を使ってダンスを踊る人間にとって近く感じます。
詩とダンスが互いに侵食する創作を
佐東利穂子 (c)Akihito Abe
——これまでにも宮沢賢治やアルチュール・ランボーといった文学者の詩を扱っています。詩から想を得てダンスを創るときに意識されていることは何でしょうか?
小説・物語と詩の言葉との違いを大きく感じますね。ただ先日やったランボーの『イリュミナシオン』にしても翻訳された日本語で読んでいます。僕にとって日本語はより身体的・肉体的で、言葉をまず身体で受け取って、それがダンスというある種の記号性を持ったものに移り変わっていく。詩というものがブレーキあるいは糧となって、力となって、栄養素となってダンスが創られていく。常に相互が侵食し影響しあうと思っています。だから100年も前に書かれた詩であっても、まさに今書かれたときのような感覚を持って付き合う。それが僕にとって詩によって創作をしていくプロセスです。
——萩原朔太郎の詩とあらためて向き合って感じたことをお話しください。
彼が言っていることは「詩は文字では書ききれない」ということ。つまり何かをイメージ化したものを受け取ってほしいのではなく、書いてあること自体で完結していないということだとも思います。朔太郎の詩の魅力は、語られてないところに暗部のようにあって、それがものすごく肯定的な、変な言い方だけれど温かみのある人間臭いものを持っているということ。よく出てくるのが懺悔です。まさにそこに彼の精神があると思います。書かれてないことは次の時代・これからの時代の人が感じることなんですよ。書いたことによって書かれていないことを感じるということが、ある種の普遍性を生み出していて、それは僕が考えるダンスと共通するものを感じています。
出演者への期待、さらなる挑戦
佐東利穂子  (c)Akihito Abe
——KARASの中核である佐東利穂子さんの存在感が年々増してきています。
とても重要です。常に重要であるというよりも重要にならざるを得ないくらい佐東が受け持つ力がある。なぜかというとマグネティック、まさに磁石のようにいろいろなものを吸い取ってしまうブラックホールのようです。また佐東利穂子は両性的なもの、それから宇宙的なもの、物質・非人間的なものを持っている。彼女の存在は全体を司ります。
——マリア・キアラ・メツァトリさん、パスカル・マーティさんというゲストについてご紹介ください。
二人とはイエテボリ・オペラ・ダンスカンパニーで2回にわたって作品を創りました。KARASのボキャブラリーを相当習得しています。キアラとは今年に入ってパリ、ニューヨークで共演していて今年の10月にパリ・オペラ座バレエ団に振付する新作(音楽:エサ=ペッカ・サロネン)のアシスタントにも入ってもらいます。普通のバレエダンサーではなくて凄く歪んだ身体の動きを持っています。パスカルはもともと美術家志望でまだ若いですが、強くてスピードがあって独特の身体感覚がある、要するにKARAS的なんですよ。キアラもそうですが身体を自由に使える人です。
マリア・キアラ・メツァトリ 『月に吠える』プロモーションビデオより (c)️KARAS
——KARASメンバーでは進境著しい鰐川枝里さんも出演しますね。
佐東とはまったく身体性が違っておもしろい。強烈に動くタイプです。それぞれの身体のなかに持っている言葉が何かを放射するというか、身体自体がそれだけの力を持っています。
——『月に吠える』で今まで以上に挑戦したいと考えていることは何ですか?
動きに関して身体の使い方をもっともっと追求したい。個々が開発すべきものもあるし、グループとしての可能性・ダンスの在り方を変えていくこともやりたい。今までのタームによって詩を解釈し直すのではなく、100年前に書かれた詩を新たに感じさせ生まれ変わらせることができればと思います。萩原朔太郎の詩は、本人が言っているように匂うものです。書かれた詩を視覚的にビジュアルイメージで理解や表現するのではなくて、視覚を超えた匂うものとして感じることはとても身体的で直截なものだと思います。
疾走し続ける原動力とは
パスカル・マーティ『月に吠える』プロモーションビデオより (c)️KARAS
——国内外で活発に踊り、近年では東京・荻窪のカラスアパラタスでのアップデイトダンスシリーズも続けています。佐東さん共々底知れぬパワーで踊り創る原動力はどこにあるのでしょうか?
公演を突然やりたくなることはなく、常にやりたいのです。10代のころから表現したい、何かを行いたいということが目白押しで、常にウェイティングリストがあるし、周りに寄って集ってくるんですね。呼吸するように物を考えれば沸き上がってくるので「何を題材にしようか」と焦ることはない。ごく自然にやりたいようにやっています。
佐東がいることによって、いろいろやりたかったことが具現化しています。ある種のキャンバス・素材になっていますね。勅使川原三郎という生があって、そこに佐東利穂子というダンサーがいて、佐東も生きていて、僕に対して追従し妄信するのではない葛藤を生み出す力があるならば、当然そこで何かが起こる。一つのモチーフがあって、それに打ち込み、連作して作品を創り続けることによって徐々に明確になってくる。作家・創り手の在り方をもっと密に変えていかなければいけないのですが、多作とはまた違うと思います。
インタビュー・文=高橋森彦
公演情報
勅使川原三郎『月に吠える』
■日時
2017年8月24日(木)19:30
2017年8月25日(金)19:30
2017年8月26日(土)16:00
2017年8月27日(日)16:00
■会場
東京芸術劇場プレイハウス
■振付・美術・照明・衣装・選曲・出演
勅使川原三郎
■出演
佐東利穂子
鰐川枝里
マリア・キアラ・メツァトリ Maria Chiara Mezzadri
パスカル・マーティ Pascal Marty(イエテボリ・オペラ・ダンスカンパニー)
■「月に吠える」特設サイト
http://www.st-karas.com/camp2017/

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