スピッツ『チェリー』が多くのアーティストにカバーされるのはなぜか

スピッツ『チェリー』が多くのアーティストにカバーされるのはなぜか

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UtaTen特別企画 『コラムで綴るスピッツ愛』

歌詞検索・音楽メディアUtaTenでは、シングル・コレクション・アルバム『CYCLE HIT 1991-2017 Spitz Complete Single Collection -30th Anniversary BOX-』が7/5にリリースされるのを記念して、コラム特別企画を実施!UtaTenライターによる『コラムで綴るスピッツ愛』を7/3から短期集中連載。UtaTen自慢のコラムニスト・ライターがスピッツの曲に纏わるコラムをお届けします。

『チェリー』が発売されたのは1996年4月10日、今から21年も前に世に出たことになる。しかし、これまで200ものカバーがされており、最近ではグッバイフジヤマがデビュー曲として『チェリー』をカバーするなど人気は衰えを知らない。
なぜ、こんなにも多くのアーティストにカバーされるのだろうか。結成30周年を機に今一度考えてみたい。
心情描写と背景描写が豊富に用いられたスピッツらしい歌詞。言葉選びも非常に巧みで、瑞々しい感覚に満ちた詞も彼らの特徴のひとつだ。「曲がりくねった道」という表現からこの曲の主人公が歩を進めようとしている道はこれから先の未来が一筋縄ではいかないことを暗示している。
また、「産まれたての太陽」と表現し、初心な恋心を表すと同時に「黄色い砂」と敢えて砂に色付けを行い、黄色が持つ光の象徴というイメージをリスナーに印象付ける。紆余曲折している道だけれど、主人公は少年のような無邪気な恋心を持って夢への案内役としての黄色い砂に導かれる様子が想起される。「騒がしい未来」とあるように僕を待ち受ける未来に期待感を込めている。
では、この曲の主人公と君の関係はどうなっているのだろうか。
「君を忘れない」や「二度と戻れない」という表現から分かるのは、君とはもう恋人の関係ではないということだ。
「愛してる」は恋人に愛情を伝える常套句だ。日本人はあまり口に出すことはしないが、愛を伝えるのには最も伝わりやすい言葉である。しかし、ここで「愛してる」という言葉そのものよりも響きに重点を当てているのが肝である。
響きには様々な意味が存在するが、曲の流れから単純に音の広がりではなく、余韻や残響という意味で解釈してみた。また、その「響き」だけでなく、「気がしたよ」や「ささやかな」といったどこか鮮明さに欠ける表現が見られる。
これには理由がある。「愛してる」は先ほど述べたようにありきたりで照れくさい言葉だ。しかし、「響き」という空間的な広がりのある言葉で包み込むことで、「愛してる」という常套句に付きまとう恥じらいを緩和している。私はカラオケランキングで『チェリー』が上位に挙がる理由はここにあると推測する。ラブソングで常套句を連呼するのは少し恥ずかしいけれど、スピッツのこの曲だけは歌える。こんな方も多いためだ。
この曲のDメロである。ここで曲調に変化を加えこれまでの明るく軽快な雰囲気から暗くシリアスな雰囲気へとシフトしている。それに合わせて歌詞の内容もAメロにあった明るい雰囲気から「心の雪」や「悪魔」、「切り裂いた」など暗鬱で攻撃的な雰囲気になっている。
Aメロは未来に向かって前に進もうという前向きな主人公であったが、Dメロでは挫折してしまった様子が描かれる。「心の雪」はAメロの太陽との対比になっているのが分かだろう。もちろんここでは主人公の心理描写である。
続いて、印象的な「悪魔のふりして切り裂いた歌」というフレーズ。ここでも、注目なのはふりしたと表現されている点だ。本当に悪魔のような心で詞を書いたなら「ふりして」という表現は必要ないはずである。推測になるが、『チェリー』に出てくるこの切り裂いた歌は今の主人公の気持ちを書いた歌詞であろう。愛してる君に向けて悪魔のような心で詩を書けるはずはない。本心ではないのならばふりをする必要があったのだ。しかし、「春の風に舞う花びらに変えて」とあるようにこれまでの苦境を乗り越え心機一転するという思いを始まりの季節である春に準えている。
その意味を込めてタイトルの『チェリー』と名付けられた。また、チェリーにはさくらんぼの他に俗語でヴァージンの意味がある。タイトルに準えるならばチェリーボーイだ。
これについて草野マサムネはこう答えている。「チェリーってやっぱり意味的にはヴァージンとかそういう風な意味もあるじゃないですか?そういう部分とか、あとまあ桜は春に咲く花だし、そういう意味でも何かから抜け出すというか出発するような」。
このように、タイトルには意図するものが少なからずあることが分かる。
何か新しいことを始めるという意味を込めてチェリーが適当だったということだろう。ファンであればこれらは既知の事実だろうと思うので、今回はもう一歩踏み込んで解釈をしたい。
そこで、チェリーそのものをイメージしてほしい。思い浮かべるのは2個の実がくっついたチェリーではないだろうか。これは、1つの花芽から2個の花が咲くからということらしい。この『チェリー』を聴いたときからチェリーという果物の一般的イメージ(実が二つで一つであること)と主人公と君の関係を関連付けているのではないかという疑問が起こった。それを裏付けるようにこの曲の最後は「いつかまたこの場所で君とめぐり会いたい」と締めくくられる。この曲の主人公と君がチェリーのように不可分の関係であることを感じざるを得ない。
スピッツが年代を問わず愛されているのは、“愛してる”という陳腐な言葉でさえも新鮮な言葉であるかのように演出してしまう力があるからだ。これからも歌い継がれ、多くの人を魅了していくに違いない。
TEXT:川崎龍也

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