舞台「MOTHER」に見る、今、私たちが大切にしなくてはいけないこと

舞台「MOTHER」に見る、今、私たちが大切にしなくてはいけないこと

舞台「MOTHER」に見る、今、私たちが
大切にしなくてはいけないこと

戦後67年を飛び越えて、舞台「MOTHER マザー 〜特攻の母 鳥濱トメ物語〜」(脚本・演出:藤森一朗 新国立劇場 9月20日〜23日)は、私たちが今、大切にしなくてはいけないことを伝えてくれた。

鹿児島の知覧には太平洋戦争末期、特攻基地があった。その町に実在した富屋食堂。鳥濱トメさんという女性が開業したこの食堂は昭和17年に陸軍の指定食堂となり、飛行隊員が訪れるようになった。やがて特攻作戦が始まると、トメは出撃する隊員を見送り続けたそうだ。片道の燃料と50キロ爆弾を飛行機に積み、帰ることのない出陣をする彼らにとって、トメは心の拠り所だった。

その“特攻の母”トメを主人公とした実話。要所を一青窈「ハナミズキ」が盛り上げる。トメ役は、大林素子が09年から演じ続けている。元バレーボール選手とあって背の高い大林。その大きさが、隊員たちに慕われたトメの、大きな大きな優しい心のスケール感にピッタリだ。気がつけば舞台をもう6年やっているそうで、中学1年でバレーを始めるまでは女優になりたかったとか。40代にしてその道を歩んでいるわけだが、ライフワークとして取り組んでいるだけあってトメ役、琴線にふれる。

他キャストは、朝鮮人でありながら特攻を志願した金山文博役にフルーツポンチの亘健太郎、警察署長・福田勉役に小西博之など充実。確かな演技でそれぞれの存在感が際立ち、スキがない。一人ひとりクローズアップしてはキリがないが、私はトメの長女・美阿子役の元SDN48・伊藤花菜(伊東愛とWキャスト)、そして穴井利夫役の山添陽平に注目。

伊藤はSDN48一期生として活躍、メジャーデビューの選抜メンバーに入るほど人気もあったが体調を崩し、昨年2月SDN48を辞退という形で去った。その後、芸能界に復帰したと聞いて気になっていたが、この舞台で再会できた。伊藤花菜は、しっかり女優していた。派手でセクシーなコスチュームで踊っていた伊藤からはかなりギャップのある、もんぺ姿で。でも、そのギャップがどこか嬉しい。やりたいことが出来ているようだ。地味な役どころだが、地味な中にも華がある。もんぺ姿でも、やっぱり美女は美女だ。
山添陽平。上演後、全キャストが見送りに出てきてくれた。特攻隊員に見送られるのは不思議な気がしたが、山添と目が合うと思わずお互い両手を握り合った。実に好青年だ。まっすぐだ。山添が演じた穴井利夫(穴沢利夫さん)は、ドラマティックな運命から数々の作品で取り上げられ、有名な人物。挙式を間近に控えた最愛の婚約者・智恵子と別れ、特攻という過酷な運命に向かった若者だ。彼女の女物のマフラーを巻いて出撃した。なるほど、見送りに並んだ特攻隊員姿のキャストの中で、彼のマフラーだけが二重に巻かれ盛り上がり、目立っていた。
「知覧からの手紙」(水口文及著・新潮文庫)の前書きに、平成18年当時の智恵子さん本人の言葉が載っている。「あなたたちは、命は尊いものだと教えられているでしょうけれど、あの時代は、命は国のために捨てるべきものだったの。今とは、あまりに価値観が違うから、わからないと思うことも当たり前かもしれないわね」
山添は、俳優という夢の世界に生きて、夢を追い続けている。そのまなざしは、まっすぐだ。死に向かうまっすぐさと、夢に向かうまっすぐさは、どこが違うのだろうか。

進駐軍役の外国人キャストも日本人キャストも、ひとつになって手を振ったカーテンコール。みんな笑顔だ。戦後67年の時の流れが、その光景に凝縮されていた。すぐにでも、愛する人を抱きしめたい。そう思わせてくれる舞台だった。

大林は、この舞台は来年も再来年も続くはずだと挨拶したが、ぜひそうであって欲しい。

公式サイト
(airstudio.jp/index_120920mother_tokyo.html)


文・志和浩司
アイドルサイトIDOOOLにて『志和浩司のアイドル・スープレックス!』連載中
(i.listen.jp/st/sp/sp/idoool/column.html)

写真・下川冬樹

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OKMusic編集部

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