映画監督 河瀨 直美がオペラ初演出に
挑む~プッチーニ歌劇『トスカ』会見
レポート

今秋、平成29年度全国共同制作プロジェクトとしてプッチーニの歌劇『トスカ』が公演される。10月15日の新潟市での公演を皮切りに12月まで東京、金沢、魚津、沖縄と全国5都市を巡る。2009年から始まったこのプロジェクトは、全国各地のホールとオーケストラが共同して世界レベルのオペラを制作する試み。これまでにも野田秀樹がモーツァルト『フィガロの結婚』、笈田ヨシがプッチーニ『蝶々夫人』を演出し、幅広いジャンルで活躍する第一線の演出家の起用が話題となってきた。今年の演出家は、カンヌ国際映画祭で審査員特別大賞グランプリを始めとする数々の賞を受賞し、国内外の映画ファンから熱い視線が注がれている映画監督の河瀨 直美(かわせ なおみ)。河瀨と言えば、現在、公開中の新作映画『光』が、カンヌでエキュメニカル審査員賞を獲得したばかり。17日の都内某所で、河瀨と東京・金沢公演で指揮をする広上 淳一(ひろかみ じゅんいち)への囲み取材が行われた。
広上淳一(左)と河瀨直美(右)
『トスカ』の原作はナポレオン時代のローマが舞台で、キリスト教カトリックの要素が至る所に散りばめられた作品。しかし、時代や地域を超越した普遍的な物語として表現したいという想いから、今回の河瀨版では舞台を古代日本の雰囲気を纏わせた「牢魔」へと読み替えた。奈良で生まれ育った河瀨にとって、最古の都である奈良に今でも残る古い時代の痕跡は身近な存在。かつての日本にあった自然信仰の中では、「生と死が共存していた」と語る。主人公・歌姫トスカと恋人カヴァラドッシには死という悲劇的な結末が待ち受けるが、今回、河瀨は「自然信仰」の世界観の下で未来への希望を描き出したいという。新しい河瀨版「トスカ」である。
河瀨は、主人公トスカを「非常に信仰心が高い女性」と考え、「古代から人々が愛し合い、文化をはぐくみ、生きる中で、女性の役割としても、トスカの生き方としても、共感できるところがあれば、その想いを体現していきたい」と意気込みを語った。また、最も気になっているシーンとして「スカルピアを殺めた後のトスカの心」を挙げ、殺さざるを得なかったことを受け入れたトスカの強さや目の前で生き物が絶える悲しみに言及した。
一方で、画家カヴァラドッシには、シャーマンという設定が与えられている。トスカの恋人として死を迎えるこの役柄に「ひとりの女性とだけでなく、自然界と繋がっているようなキャラクター」を見出した河瀨。画家として「絵に託す思いも、あるひとつの信仰の形」とも語った。
舞台美術を手掛けるのは、ニューヨーク在住の気鋭の建築家・重松 象平。河瀨の映像と重松の舞台装置とのコラボレーションにも期待が高まる。「舞台は、映画と違って3次元。映画の平面の世界と、空間がある世界を融合できる舞台を作っていきたい」、「装置は出来るだけシンプルにしつつ、光と影で作っていきたい」と構想を語った。例として挙げられたのは、二幕のカヴァラドッシが拷問にかけられるシーン。通常であれば、舞台上にカヴァラドッシの声だけが聞こえてくるシーンとして描かれることが多い。「影の世界を表現できたら」とこのシーンに意欲を示した。
広上淳一(左)と河瀨直美(右)
これまで映画監督としてのキャリアを積み重ねてきた河瀨だが、オペラ演出を手掛けるのは初めて。「主役を含めて皆死んでしまうこの悲劇を『希望』に変えていけるかを求められていると伺った」ことがオファーを引き受けた動機だという。指揮の広上が最近、訪ねてきてくれたことは、オペラに関わる多くのスタッフとはかかわった経験のない彼女にとって大きな励みとなった。「様々な人たちがどのように関わっていくのか楽しみで、今、そうした影響を受けながら進めています」との言葉からは、新しい挑戦への喜びが感じられた。一方の広上は、河瀨を「業界・分野を超えたアーティスト」と評し、「映画の世界で活躍されている才能のある方とコラボレーションすることで、クラシック音楽を多くの人に知ってもらえるのではないか」と笑顔を見せた。
最後に、河瀨は「オペラを見たことがなくとも、私をきっかけにオペラを見にきて頂き、次もオペラを見てみたいと思われる役割を果たしたい」とアピールした。『ロスト・イン・トランスレーション』で知られる女性映画監督ソフィア・コッポラも、昨年、ローマ歌劇場の『椿姫』でオペラ監督デビューを飾っている。総合芸術といわれるオペラだからこそ、ジャンルの垣根を越えた往来が可能になるのであろう。河瀨版『トスカ』も、新しいオペラファンを増やしてくれるに違いない。
広上淳一(左)と河瀨直美(右)
取材・文=大野はな恵
公演情報

東京芸術劇場シアターオペラvol.11 全国共同制作プロジェクト
プッチーニ/歌劇『トスカ』《新演出》
全3幕 日本語字幕付 イタリア語上演
■演出:河瀨直美
■指揮:
大勝秀也 ※新潟(10/15)、魚津(11/12)、沖縄(12/7)
広上淳一 ※東京(10/27・29)、金沢(11/8)
■配役:
トス香(トスカ):ルイザ・アルブレヒトヴァ(ソプラノ)
カバラ導師・万里生(カヴァラドッシ):アレクサンドル・バディア(テノール)
須賀ルピオ(スカルピア):三戸大久(バリトン)
アンジェロッ太(アンジェロッティ):森雅史(バス)
堂森(堂守):三浦克次(バス・バリトン)
スポレッ太(スポレッタ):与儀巧(テノール)
シャル郎(シャルローネ):高橋洋介(バリトン)
看守:原田勇雅(バリトン)
牧童:鳥木雅生(ボーイソプラノ)
■演奏:
管弦楽:オーケストラ・アンサンブル金沢 ※新潟(10/15)、金沢(11/8)
東京フィルハーモニー交響楽団 ※東京(10/27・29)
群馬交響楽団 ※魚津(11/12)
琉球交響楽団 ※沖縄(12/7)
合唱&児童合唱: 各地の合唱団
副指揮:辻 博之、垣内悠希

■日時・会場:
2017年10月15日(日)14:00 りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館(新潟県新潟市)
2017年10月27日(金) 18:30 東京芸術劇場 コンサートホール(東京都豊島区)
2017年10月29日(日) 14:00 東京芸術劇場 コンサートホール(東京都豊島区)
2017年11月08日(水) 19:00 金沢歌劇座(石川県金沢市)
2017年11月12日(日) 14:00 新川文化ホール 大ホール(富山県魚津市)
2017年12月07日(木) 19:00 沖縄コンベンションセンター(沖縄県宜野湾市)
■東京芸術劇場公式サイト:http://www.geigeki.jp/performance/concert115/

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