【hide】盟友たちが語る
hideの唯一無二の魅力

1998年に急逝したhideがソロデビューしてから20年、2014年には生誕から50年を迎えるタイミングで企画されたトリビュート・シリーズの決定版『hide TRIBUTE VII -Rock SPIRITS-』。同作に参加したD'ERLANGERのkyo(Vo)とZEPPET STOREの木村世治(Vo&Gu)がhideについて語る。
対談撮影:キセキミチコ/取材:土屋京輔

いろんな要素を
ごちゃ混ぜにするのが好きだった

まずはhideさんとの関係からお話いただきたいのですが、kyoさんは10代の頃からの付き合いですよね。

kyo
そうですね。19歳の頃、hideちゃんがXの前にやっていたSAVER TIGERのヴォーカルに誘われて、横須賀まで僕が会いに行ったんですよ。マイケル・モンローみたいに赤いジャケットを着て、金髪で逆毛を立てて(笑)。後によくhideちゃんが取材なんかで“横須賀モーゼの十戒事件”って言うんだけど(笑)、そういう出で立ちで横須賀中央駅に行ったので、僕の前から歩いてくる人たちが道を開けるんですね。ちょうど帰宅ラッシュの時間帯で(笑)。hideちゃんは俺の歌とかを聴く前に、それを見て“一緒にやろう”って決めたって言ってましたね(笑)。その日はそのまま飲みに行ったんですけど、その頃からいろんな要素をごちゃ混ぜにするのが好きな人だったんですよ。例えば、同じバンドの中にロックンロールなヤツがいても、スラッシュメタルなヤツがいても、ジャパメタのヤツがいてもいい。そこで面白いものを作れればいいんだというところで意気投合したんですよ。
木村
kyoちゃんは別のバンドで名が知れ渡っていて、そこで気になるからって、SAVER TIGERに誘われた感じなの?
kyo
普通はそうなるでしょ? そうじゃなくて、とにかく俺は派手だったので、自分のライヴじゃなくても鹿鳴館とかに出入りして目立ってたわけ。SAVER TIGERは派手なヤツを入れたいって言ってたんだけど、たまたま俺の知り合いがhideちゃんの知り合いと友達で、だったらいるよ、と。そういうところは変わらないでしょ? hideちゃんって。全てにおいて理由がなければいけない人じゃないじゃない?
木村
確かにそうだね。

ZEPPET STOREはhideさんがプロデュースして…。

木村
厳密に言うとプロデュースではないんですよ。コレクターって彼は言ってましたけど、要するに自分が気に入ったものをコレクトして、人に紹介するだけだと。94年にインディーズでアルバム(『Swing, Slide, Sandpit』)を出した時、ドラムのYANAはメジャー志向が強くて、とにかく音を聴いてもらいたいということで、知り合いのスタイリストにお願いして、レコード会社や事務所に撒いてもらったんですよ。そのうちの1枚がhideさんの事務所のヘッドワックスに届いて。当時は英語で歌ってたんで、hideさんは外国のバンドだと思ったみたいなんですね。だけど、ジャケットを見たら日本人が写っていて、下北沢辺りで細々と活動してるバンドということが伝わって(笑)、これは何とかせねばということで(笑)、“会いたい”って話をもらったんですよ。

実際にどこで会ったのですか?

木村
当時、ヘッドワックスに所属していたDEEPというバンドのワンマンライヴが、今はなき新宿の日清パワーステーションであったんですけど、hideさんも観に行くというので、そこで会ったんですよ。裏口のエレベーターを下がって楽屋に入るんですけど、エレベーターが開いたら、そこにあった作業台みたいなところに座ってて(笑)。びっくりしたよね、“うわっ、本物だ!”と思って(笑)。
kyo
サングラスをして、帽子をかぶって?(笑)
木村
そうそう(笑)。残念ながら、俺はX JAPANをほとんど知らなくて、テレビで観たぐらいだったし、そんな方から“興味がある”と言われても、ずっと嘘だと思ってたんです。でも、始めから気さくなお兄さんでしたね。テレビで観ていた印象がまずそこでひっくり返されましたよ。

kyoさんと木村さんが交流を持つようになったのは?

kyo
hideちゃんが亡くなった後に横浜アリーナで『hide Seva [C-Aid]』(1998年11月27日)ってチャリティーイベントがあって、俺もゲストで呼ばれてたんですよ。その打ち上げですね、木村くんと話をしたのは。お互いに“話はhideちゃんからよく聞いてるよ”ってところで、世代も一緒なので意気投合して。ちょっとメランコリックな話ですけど、彼は亡くなったけど、しっかり絆というか、縁を残してくれているなぁって思ったので、すごく覚えてるんですよね。その時に会って、今でも仲良くしている人たちは多いんですよ。
木村
正確に言うと、打ち上げではなくてリハの段階。kyoちゃんはバンドではなく、ひとりでのゲストだったから、すっごくデカい楽屋に、ほんとにポツーンと座ってたの(笑)。
kyo
心細かったもんね、あの時(笑)。
木村
俺たちもちょっと心細いところがあったから(笑)、歩み寄って行って。それは俺も覚えてるんだよねぇ。

身近なおふたりから見て、hideさんの魅力はどういったところにあると思いますか?

kyo
ミュージシャン、アーティストとしてはもちろん…何と言ったらいいのかな。いろんな人から話を聞くと雰囲気で伝わると思うんだけど、そういうものを持っている人なんですよ。それに、ZEPPET STOREにしてもそうですけど、自分がカッコ良いと思うものを、みんなが知らないのはもったいないということで行動に移せる。とにかく面白いことが好きだし、それで周りも面白くなるのであれば、何でもする。そういう意味では、すごくストイックですよね。そこにも人となりが出ているのかなって。まぁ、忙しくてストレスもあったでしょうから、酔っ払うと大変でしたけどね(笑)。
木村
酒が入るとね(笑)。自分のことで精一杯のミュージシャンが多いのに…ZEPPET STOREだって、当時下北沢でお客さんが5人とかですよ。そんなバンドをよく世に出そうと思ったなぁって。そこがまずすごいと思うし。魅力はいっぱいありますけど、hideさんのことを悪く言う人っていないんだよね、さんざん迷惑をかけられた人でも(笑)。
kyo
“された自慢”みたいな話になるよね(笑)。
木村
そう。憎めないところがあるんですよ。根っからやさしい人ですよね。それに…いろんなものを見てるよね。そうじゃなかったらLEMONed(hideが立ち上げたファッション・ブランド)を作ろうなんて発想にならないし、美容室を建てたり、スタイリストを抱えたり、ショップを作ったり、ああいうパワーは生まれないと思うんですよ。
kyo
視野が広いよね。その話で言うと、俺がDIE IN CRIESを立ち上げる時に、ベーシストだけ決まってなかったんだけど、hideちゃんからはそれこそ“ミック・カーンを入れればいいんだよ”とか簡単に言うんですよね(笑)。でも、自分がそれをやっているから変な説得力がある。僕は一緒にバンドをやってたので、関係性が友達みたいなところがありますけど、後輩のミュージシャンだったりとかは、勇気付けられた人も多いみたいですよ。“あの時、hideさんにこんなことを言ってもらえたから今、頑張れてるんですよ”って。

OKMusic編集部

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