【秦 基博】ひと言では言い尽くせな
い想いを歌に託して届ける

約10カ月振りとなるシングル「水彩の月」は、映画『あん』の主題歌として物語に寄り添いながら、凜とした強さ、やさしさを感じさせるバラード。また、カップリングには多彩な楽曲を収録し、充実した一枚となっている。
取材:榑林史章

こだわりのメンバーと音作り、そこで生
まれるマジック

表題曲「水彩の月」は映画『あん』の主題歌ですが、監督の河瀬直美さんとお仕事をしたのは今回が初めてですか?

いえ、河瀬監督が2013年の『Signed POP』のツアーを観に来てくださって、その時に初めてお会いしたんですが、何か一緒にやれたらいいねと話をしていて…で、昨年の12月、大阪で楽曲弾き語りと映像のコラボレーションイベントでご一緒したのが仕事としては最初ですね。その時は「ひまわりの約束」と「鱗(うろこ)」に、監督がオリジナルの映像を作ってくださって、それをドーム型の天井のスクリーンに360度投射しながら、その中で僕が歌うというものでした。イベントの様子が、今回の初回生産盤に映像特典として収録されてるので、ぜひ観ていただけたらと思います。実はその日の打ち上げで、『あん』という映画を撮っていて、主題歌を作ってほしいという話をいただいたんです。

台本や原作を読んだりして制作したのですか?

0号試写という仮編集段階の試写会に呼んでいただいたんです。とにかく作品を観て書いてほしいと監督から言われて。おかげで雰囲気をすごく掴めたし、そこで曲がどう鳴るかというイメージも広がりましたね。その時に感じた、映画が伝えようとしているものや、映像の肌触りからピアノが合うと思ったので、ピアノをメインにした曲を作ることにしました。

楽曲からは美しい自然の風景も感じられたのですが、映画の中には風景のシーンもあったのですか?

桜の花びらが舞っていたり、木漏れ日や木々が風に揺れていたりとか、役者の方が映っていないシーンもたくさんあって、そういうシーンはすごく印象的でしたね。台詞はないんだけど、そこにたくさんのメッセージが込められている気がして。言葉にならない想いを、映像に託しているんだなと思いました。それは、ひと言では言い尽くせない想いを歌にして届けようとする、僕の気持ちとすごく似たものを感じましたね。そんなこともあって、映画の内容にも関係しているんだけど、《話せなかったことがたくさんあるんだ 言葉じゃ足りなくて》というサビのフレーズが浮かんだんです。

タイトルに“月”とありますが、実際に月のシーンが?

あります。完全に夜になる前の青みがかった空に、薄い色の月が浮かんでいるシーンがあって、それがすごく印象的だったんです。タイトルの“水彩の月”は、その月からイメージしました。

ピアノをメインにした曲をと思って作ったとのことですが、いつもはギターで作られていますよね?

普段はそうです。ただ今回はメロディーもそうだし、イントロのフレーズとかコードもピアノで付けました。上手くはないので少し時間がかかりましたけど、頭で鳴っている音や響きを一音一音探すという作業は、ギターもピアノもあまり変わりませんでしたね。

レコーディングでは、ピアノは皆川真人さん、ドラムはあらきゆうこさん、ベースは鈴木正人さんと、秦さんの楽曲ではお馴染みの方々がバックを支えてくれているわけですが。

はい。個々にはつながりがあるのですが、この組み合わせというのは意外にも初めてで。皆川さんと正人さんはアレンジャー同士なので一緒にやることは少ないだろうし、ゆうこさんと正人さんも一緒に演奏するのはすごく久しぶりだと言っていましたね。でも、今回は曲が頭で鳴っている時から、このメンバーのイメージがあったので、ぜひに!と、みなさんにお願いしました。問題はそれぞれのスケジュールが合うかどうかだけだったんですが、本当に奇跡的にスケジュールが合って、この顔合わせが実現したんです。

各楽器の音色にもこだわりが?

ピアノの質感には結構こだわりましたね。ピアノのふたを開けて、中に毛布を入れてちょっとデッドにしているんですよ。わざと音の響きを抑えて、弾いた時のアタックの強さが出るようにしました。温かみがあって、でもぼやけた音ではないという。それは“こういう音にしたい”といろいろと僕がイメージを伝えていく中で、エンジニアさんから“こういう録り方がある”と教えていただいたもので。青柳延幸さんという方なんですけど、僕の中で鳴っている音像にどんどん近づけてくれる頼れる存在です。あとは、みんなで“せ〜の”でやって、そこで生まれるマジックというのもあったし。メンバーがメンバーなので、3~4回でいいものが録れましたね。

映画で流れる「水彩の月(Cinema ver.)」も収録していて、こちらは歌とピアノとストリングスのみという。

最初にデモを作ったのはオリジナルのほうなのですが、監督に聴いていただいたら、リズム楽器を使わないシンプルな編成のほうが映画に合うんじゃないかと。ストリングスのアレンジは上田禎さんです。僕と同じように試写を観てもらって、イメージを膨らませていただきました。このバージョンではピアノも禎さんが弾いてくれています。

OKMusic編集部

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