“恋することの喜び”を歌う「キミの花」と、“愛する人との別れ”を綴った「最後のキス」を表題曲に掲げる今回の両A面シングル。アニメ『セイレン』のオープニングテーマと奥華子の真骨頂とも言える失恋ソングという一面も持つ同作について語ってもらった。
取材:石田博嗣
今回のシングルは両A面なので、まずは「キミの花」から。アニメ『セイレン』のオープニングテーマなのですが、書き下ろしだそうですね。
そうなんですよ。台本を読んで…あと、登場する女の子のキャラ設定の解説みたいなものも参考にして。アニメのオープニングというと明るくて疾走感のあるものっていう勝手なイメージがあって、アニメの制作側からも明るい曲をってことだったので、それに合わせて作った感じです。
最初に台本を読んだ時、どんな曲にしようと思ったのですか?
簡単に言うと、恋愛にあまり慣れていない男の子が恋をしていくというアニメなんですけど、その主人公は“弱気な僕”っていう感じなんですよ。で、いろんな女の子を好きになることによって変わっていく。そういう部分が分かりやすく視聴者に伝わっていくのかなって。恋が始まる時のドキドキ感もそうですし、恋愛に慣れていないからこその葛藤みたいなものもあって…だから、そういう歌詞にしました。
そんなアニメの書き下ろしということだったので、このアニメを観ましたよ。高校生男子の悶々とした妄想が、そのまま描かれているなって。
そうそう。それです! そういう男子の目線で書いた…主人公に成りきったわけじゃないですけど、全てにおいて『セイレン』というアニメあっての曲という感じですね。
制作側からの要望もあったとのことですが、疾走感と爽快感があるフレッシュなサウンドもアニメを意識して?
そうなんですよ。台本を読んでパッとできたんで、全然悩まなかったです。AメロとBメロもすぐにできて…オープニングということで秒数の指定があるので、それにぴったりと合わせるにはどうすればいいかなっていうぐらいでした。自分の曲なんだけど、良い意味で客観的だったというか。
アレンジャーが森本隆寛さんなのですが、この人選というのは?
実はこの曲でやっているようなことは他の曲でもよくやっていて。私がピアノを弾いて、そこに森本くんにギターを乗せてもらって、ドラムもパソコンで入れてもらうっていう。大枠は私が作っているから“編曲:奥華子”としていたんですけど、今回はギターが前面に出ているし、ベースも弾いてもらったんで、森本くんの名義にしました。なので、作り方はそんなに変わってないですね。
そういうことだったのですね。森本さんはギタリストということもあってか、ギターがいい感じに歪んでいて痛快で、サウンドに青春感を与えていると思っていたので、それを狙っての人選なのかなと思ってました。あと、ギターソロ明けのオルガンのソロがしっとりしているのが、いまひとつ弾けきれない主人公っぽいなと思いました。
あー、そうですね。でも、全然関係ないです(笑)。単純に私がオルガンを弾き慣れていないだけです。最初はギターソロだけだったんですけど、オルガンがあったほうがいいかなって入れて…でも、確かにそうですね。ギターがグァ〜ってなってるのに、オルガンは全然そうなってない(笑)。そういう行ききれない感じは、このアニメとリンクしますね。
これも深読みしすぎなのでしょうけど、Dメロで音が引っ込むところは主人公の心の声を表現しているのかなと。
おおー、面白いですね(笑)。メロディー自体が今までになく、ずっとたたみかける感じなんで、自分で聴いてても疲れちゃうからちょっと落ち着きたいなって(笑)。なので、サウンド的なところからです。
そういうアプローチがうまくアニメに合ったんだと思います(笑)。
良かったです(笑)。一応、もうひとつ別のバージョンを作って、監督さんや制作チームの方に選んでいただんですけど、やっぱり最初に作ったこのバージョンが選ばれたんですよ。その前にはポニーキャニオンのスタッフにも…『アマガミ』世代というか、このアニメの監督でもある高山箕犀さんの作品を昔から知っている人にも聴いてもらったりして。“Aだったら○話目からのオープングで〜”とか聴き方がマニアックというか、すごく思い入れが強いんですよ。そういう人の意見を取り入れながら作れたってのもありますね。それは歌詞も含めて。
歌詞は恋する苦しみではなく、ドキドキを歌った感じですか?
自分でも止めることができない気持ちから始まっている…最初に出だしの《もう僕のこの胸は どこにも逃げない》という歌詞とメロディーが一緒に出てきたんですよ。なので、全部そこからですね。あと、アニメの中で主人公が恋に落ちる女の子が3人出てくるので、1対1の恋愛だけじゃないっていうのは意識しました。《ずっと探していたんだ》というところも、結局は現実の世界でもそうじゃないですか。いろんな人と付き合っていく中でたったひとりの人を探していくっていう。だからって、大人っぽくならないようにして、高校生らしさも出すっていうのが難しかったですね。
恋の苦しみを知る前の段階?
そうなんですよ。まだ苦しみを知らない。理想があるんです。妄想もするし。でも、こういう子って結構多いと思うんです。誰にも言えず、密かに女の子のことを想っていたり。
高校生男子の大半はそうですよ。
そうですよね。そういうのを想像しながら書いていきました。“教室”や“制服”、“帰り道”とか学生感が漂うようなワードも意識的に入れたりもして。この“キミの花”っていうタイトルは最後に付けたんですけど、アニメのオープニングを観たら、登場人物が花を持ってくれていたという。今度はアニメが曲に寄ってくれていて、《笑う横顔も》ってところでは女の子の横顔だったりするんですよ。
それは気付かなかったです…。ちなみにDメロの《誰も知らない君を見つけたい》というフレーズはアニメに寄せて? これってアニメのテーマですよね。
実はこの言葉、もうひとつのバージョンのほうに入っていたんですよ。そしたらアニメの制作の人が“これいいね。アニメのテーマっぽい”って言ってくれたので、こっちのバージョンの歌詞にも入れたんです。なので、ここは肝だと思いますね。この作品自体を言い表せていると思います。
そうなんですね! 『セイレン』のホームページには“誰も知らない君と恋をする”と大きく書かれていましたよ。
たぶん、あれは私のデモから…とは言いませんけどね(笑)。
両A面のもう1曲は「最後のキス」で「キミの花」とは対極とも言える失恋ソングなのですが、もともと原形はあったそうですね。
新曲ではあるんですけど、曲自体はずっと温めていて、ライヴでも歌ったことはないんですよ。シングルを出すってなるたびに“この曲はどうだろう?”って思うんですけど、“でも、歌詞がなぁ…”とか“ちょっとサビがなぁ…”って。何年も前からずっとタイミングをうかがってたんですけど、今回、サビを変えて、歌詞も見直して、納得のいくかたちになったので出すことができました。
「キミの花」が疾走感のあるサウンドだからバラードを入れたというわけではなく、納得のいくかたちにできたから「最後のキス」を入れた?
「キミの花」がアニメのタイアップありきの曲なので、もう1曲は“ザ・奥華子”の曲を入れたいという想いがあったんですよ。他にも曲はあったんですけど、ここで「最後のキス」を出しちゃおうっていう感じでしたね。
そもそもはどんな曲を作ろうとしたのですか?
失恋ソングは今までにたくさんあるんで、もう飽きたなって感じもあるんですけど、やっぱり落ち着くんですよね(笑)。まさに「最後のキス」は落ち着ける失恋ソングを作りたかったというか。Aメロがすごく気に入っていたんで、そこを残しつつサビを変えていきました。
歌詞も曲が出来上がってから変えて?
Aメロの歌詞は変わってないんですけど、結構大改造しました。こんなにいろいろと変えたのは初めてです。
2番の歌詞に《行き止まりの恋だとしても》とあるので、この主人公は最初から“行き止まりの恋”と分かって恋愛をしていたのかなと思ったのですが。
最初はもっとドロドロな感じにしようかなと思ってたんですよ。1番ではお互いの関係性とかは分からないんですけど、2番で“あ、そういうことだったのか!?”ってなるような感じになりましたね。“行き止まりの恋”というのも主人公は始めから分かっていたのか、それとも途中で気付いたのか、そこは限定していないですね。
あと、1番で《悲しみも 喜びも 愛しさも あなたでした》とあるのが、2番は“愛しさ”のところが“憎しみ”になっていて、より深い愛しさを感じました。
おー、なるほど!(笑) ほんとは1番も“憎しみ”にしたかったんですけど、全然オケと合わなかったんですよ。この曲、オケ録りが終わってから歌詞をどんどん変えていったんですけど、“憎しみ”は最後の盛り上がっているオケじゃないと合わなかったので、1番は“愛しさ”に変えたんです。確かに、憎しみも愛しさになってますね。
愛しく思うからこそ、憎いって言えるわけですからね。あと、通常盤にはカップリングに「積木」が収録されているのですが、これは昨年のデビュー10周年企画で開催された『奥華子 10周年ありがとう!弾き語り全曲ライブ!』でも披露されたインディーズ時代の曲とのことで。
インディーズ時代の曲でメジャーから出していないものがたくさんあって、それらを『全曲ライブ!』で演ったんですけど、CDで出してほしいというファンの声もあるし、自分自身もちゃんとしたかたちで残したいと思っていて、それにはカップリングって最適なんですよ。前回のシングル「思い出になれ/愛という宝物」の時も入れたし。
前シングルでは「小さなアリ」が『全曲ライブ!』の時の音源で入っていましたが、今回は再録になってますよね。前回のインタビューで“昔の曲を弾き語りで録るのって難しい”と言われていたので意外でした。
インディーズの頃に出した「積木」って…それこそ1000枚ぐらいしか作ってないんですけど、そこに入っているものってドラムをバックに歌っているんですよ。なので、ちゃんとピアノで歌いたいと思って。あと、この曲は弾き語りよりもアレンジを加えたほうがいいのかなとも思っていて、自分の中でイメージもあったんで、それでアレンジができたというのもありますね。ペタッと貼ったループの上にどんどん楽器を入れていくっていう…まぁ、そういうふうにしか作れないんですけど(笑)。
でも、良い意味でチープな打ち込みのループが、この曲のアクセントになってますよ。
そうなんですよ。これが生バンドだったらこういう雰囲気にはなってないですね。それはそれでいいのかもしれないけど。
インディーズ時代の曲だし、このチープさがいいですよ。ちなみに、この曲が生まれた背景というのは?
ん〜、全然思い出せない(笑)。20年ぐらい前に書いた曲ですからね。それこそ高校生ぐらいの恋愛で…初めて恋愛した時に絶対だと信じていたものが、絶対じゃないってことに気付いた時の気持ちというか。今だったら書かないような、ほんとストレートな歌詞なんですけど、逆にそれがすごく良いなって。
まさに最後の《私といる事が辛いなら 遠くからあなたを見守ってるよ》はすごくストレートだし、かなり想いが深いなと。
これ、曲は軽いんですけど、歌詞だけを見ると重いですよね(笑)。そう言えば、当時から言われてましたよ、“その歌声だから歌詞が重く感じない”って。でも、基本的に歌っている内容は今も変わらないですね。「最後のキス」でも《私を忘れないでいて》って歌っているから同じようなもんです(笑)。
とはいえ、「キミの花」が高校生男子の気持ちだとしたら、「積木」は女子の気持ちという感じですね。
あっ、ほんとそうですね。高校時代の曲だから、まさに等身大の気持ちですよ。まぁ、時代は違いますけど(笑)。
今回はどんなシングルが作れましたか?
両A面シングルって難しいんですよね、表題が2曲なので。「キミの花」は奥華子のものっていうよりも『セイレン』のものっていう感じがあるので、自分にとっての表題は「最後のキス」になるというか。だけど、「キミの花」で初めて奥華子を知ってくれる人がいるので、それはすごくチャンスだとは思っていて。そういう人が「最後のキス」を聴いて“あ、こういう曲もあるんだ”って思ってくれると嬉しいですね。
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「キミの花/最後のキス」2017年02月22日発売PONY CANYON
オクハナコ:シンガーソングライター。キーボード弾き語りによる路上ライブをはじめ1年間で2万枚のCDを手売りし驚異的な集客力が話題となり2005年メジャーデビュー。劇場版アニメーション『時をかける少女』の主題歌「ガーネット」で注目を集める。聴く人の心にまっすぐ届く唯一無二の歌声は年齢問わず幅広く支持されている。また数々のCMソングや楽曲提供を手掛けるなど活躍の場を広げている。奥華子 オフィシャルHP