内田裕也、“ロックの創始者”チャック・ベリーさん追悼

チャック・ベリーさんを追悼する内田裕也

 ミュージシャンの内田裕也が、18日に逝去した米国のギタリストで歌手のチャック・ベリーさんを追悼。来日した際の思い出に触れながら、ベリーさんの音楽は「必ず永遠に人々に語り継がれるだろう!」と添えた。

 ロックンロールの創始者の一人に数えられるチャック・ベリーさんは18日、90歳で逝去。ミック・ジャガーら多くのミュージシャンが哀悼のコメントを発表しているが、内田も20日に自身のツイッターを更新し、チャック・ベリーさんに触れている。

 内田は「1965年、ビートルズの初来日公演、武道館。固唾を飲む一曲目は、ウワーオ!『Rock'n' Roll Music!』彼こそがキングオブロックンロール。チャックベリーだった」と興奮が蘇るような筆致で書き出し、「彼の出現は、インパクトと衝撃を持って迎えられ その作品によってロックンロールは急速に世界中に伝わった!」と“ロックンロール”が席巻し始めた当時を思い返した。

 さらに、「今考えてもスゴイ!『Rock'n' Roll Music』『Johnny B Goodie』『Roll Over Beethoven』どれもが素晴らしかった!」と敬意をこめて続け、「亡くなった。90歳だった。ロックンローラーの伝説をすべて身にまとって生まれて来た人だった」と哀悼のコメントを寄せた。

 内田の思いは過去のエピソードにさかのぼっていく。「サンフランシスコのフィルモアウェストで初めて間近で見たとき、これがホンモノだ! 何故か俺も一緒にダックウオークをやっていた」と初見の印象を寄せ、英ロックバンドのザ・ローリングストーンズとのレコーディングでは、「キースもタジタジだった」とギタリストのキース・リチャーズを持ち出して、その凄みを表現した。

 さらに、「数年後、2回の来日公演に力也と立ち会った俺は、成田で出迎え、多くのチャックベリー伝説を目の辺りにした」と綴り、「赤いギブソンの入ったギターケースを持って、ゲートを出て来たチャックベリーに、デッカイ外車の中央に座ってもらい力也と俺が両サイドを固め、オドシテイタ」と言及。

 そして、「このまま演奏して帰ってしまうのはモッタイナイと思った俺は PARCOの社長にCMで使ってほしいと直訴。浅井慎平氏に依頼した」と1981年のPARCOのCMにベリーさんが出演した際の舞台裏を明かした。

 さらに、内田によれば、スタジオに到着したベリーさんは楽屋で契約書にサイン。「100ドルのピン札でギャラも支払い いよいよスタジオ入り! Let's Go~! 一抹の不安を抱えたまま撮影はスタートした」と一連の流れを説明。

 決められたカット数、シンプルな照明、そして、「『Johnny B Goodie』が流れると、そこにはダックウオークをするロックンローラー、チャックベリーが躍動していた。ウワァ、本物が目の前にいる」と驚きと衝撃をもってその場の光景を眺めていたという。

 終了後、「待たせていた車に力也と俺がしっかり脇を固めてホテルへ帰った。不思議な一瞬だった」と思い返し、「出来上がったポスターは、超ロックンロールだった! 横浜スタジアムのコンサートを終え、成田のゲートまで見送った」とベリーさんとの邂逅に思いを巡らしているようだ。

 内田は最後に、「俺は元気で長くロックンロールを続けて下さい、と手を合わせた」とベリーさんに伝えたメッセージを書き記し、「ネイティヴアメリカンとアフリカンの血を引き数奇な運命に弄ばれたMr.Rock'nRollは、必ず永遠に人々に語り継がれるだろう! 『Go! Go! Go Johnny Go!!』」と締めくくり、偉大なロックンローラーの逝去に自らの言葉で哀悼の意を表した。

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