井上陽水「夢の中へ」リマスタリング
でどう変わったか、聴き比べ

名曲「夢の中へ」をリマスタリングでリリース、サングラスを掛けていない陽水のアー写も話題に

 シンガーソングライターの井上陽水が2月15日に、シングル「夢の中へ」をリリースする。1973年にリリースされた同曲を、米ニューヨークのマスタリングスタジオ「スターリングサウンド」のエンジニア、テッド・ジェンセン氏の手によってリマスターされた。ボーナストラックトとしては、ライブ音源『井上陽水コンサート2016 秋「UNITED COVER 2」』なかから6曲を収録。音楽シーンでは一般的に使用される「リマスタリング」だが、このリマスタリングでどこまで音源は変わるのか。そして、ライブ音源の魅力とはなにか。過去とリマスタリングされた音源と聴き比べるとともに、ライブ音源からその醍醐味を考察したい。

 1973年にリリースされた陽水の代表曲「夢の中へ」がリマスターされ、シングルとして2月15日にリリースされる。同曲は、陽水にとって初のヒット作。キャッチーなイントロに続き、<探しものは何ですか♪>という歌詞が耳を惹きつける。

 1989年に斉藤由貴がカバーしたことでも話題を集め、昨年には、福岡を拠点に活動する、ロックバンドのポルカドットスティングレイがカバーし、CMでもよく流れた。また、現在放送中の、俳優・松坂桃李主演ドラマ『視覚探偵 日暮旅人』(日本テレビ系)のオープニングテーマ(OP)としても使用されている。44年前の楽曲ではあるが、多くの人にとって馴染み深い曲の一つと言える。

 先月には、リマスタリングされた新譜「夢の中へ」のジャケットのアートワークも発表され、サングラスをかけていない陽水の写真が話題となった。

 リマスタリングには、米ニューヨークのマスタリングスタジオ「スターリングサウンド」のマスタリングエンジニア、テッド・ジェンセン氏を起用。テッド氏は、ノラ・ジョーンズや人気バンドのグリーン・デイなど幅広いジャンルで、数多くのアーティストの楽曲をマスタリングしてきた世界的巨匠エンジニアだ。ノラ・ジョーンズの『Come Away With Me』を手掛け、2003年の第45回グラミー賞で、マスタリングエンジニアとしては史上初の最優秀アルバム賞を受賞している。

マスタリングとは

 音楽シーンでよく出てくる「マスタリング」。そもそもマスタリングとは何か。よく聞く言葉だが一般的に何をおこなわれているかその内容については不鮮明なところも多い。

 簡単に説明すると「仕上げ」の部分なのだが、楽曲ごとの音量や音質のバランスを整えたり、曲と曲の間を調整したり、音圧を上げたりといったことが主な作業になる。レコーディングとミックスダウン全ての、成功か失敗かを決定付けてしまう重要な制作工程で、実際に過去の事例で、ここで失敗し、音が割れた状態で出荷されてしまった音源もある。

 リマスターというのはその工程をやり直すこと。リマスターしたからといって100%良くなるというものでもないが、昔の音源と比べると音圧が程よく上がって迫力が出ていたり、レンジが広くなりリッチ(豊か)に聴こえるなどの効果が確認できる。

「夢の中へ」を聴き比べ

 さて「夢の中へ」はどのように変化したのだろうか。99年にリリースされたベストアルバム『GOLDEN BEST』に収録されたものと聴き比べてみた。99年のマスタリンングエンジニアは、JVCマスタリングセンターの小鐵徹氏。日本を代表するエンジニアで、まさしく巨匠の一人だ。

 まず、今作は高音域の処理の仕方に明確な違いが出ていた。全体的に、左に定位したアコギのストローク音のアタックが際立ち、右側に定位したドラムの音も明瞭になり、1分30秒あたりから聴けるクラップ(手拍子)音の抜け方など、全体的に煌びやかになった印象を受けた。

 99年の音源はどちらかというと、高音域をアナログ的に丸め込んだ耳さわりの良い音に対し、今作はレンジの広い現代的な分離の良いサウンドとなっていた。

ライブ音源の魅力

 そして、今回注目したいのはボーナストラックとして収録される、ライブ音源の存在だ。ロックバンドのTHE YELLOW MONKEYが昨年、シングル「砂の塔」でライブ音源を12曲収録していたことが記憶に新しい。ボーナストラックの域を超えた曲数だが、陽水の今作もスタジオ音源3曲に、ライブ音源6曲の全9曲というフルアルバム並みのボリューム。昨年におこなわれた『井上陽水コンサート2016 秋「UNITED COVER 2」』の公演の中から6曲がセレクトされた。「ミスコンテスト」「Make-up Shadow」「バレリーナ」「氷の世界」「海へ来なさい」、そして、井上陽水作詞・玉置浩二作曲の名曲「夏の終りのハーモニー」。

 ライブ音源の魅力とはなにか。ライブでは過去の楽曲を、現在の陽水の歌で聴けるというのが大きなポイントだ。キャリアを積み重ね、円熟さと深みを増した歌声は、アレンジと相まって新たな曲のような感覚で聴くこともできる。さらにホールならではの響きと、曲によってはオーディエンスの手拍子も加わり臨場感も楽しめる。それを映像化、音源化された場合、DVDやBlu-rayのような映像の方が良いと思う人も多いかと思うが、ライブ音源の強みは、むしろ音だけに集中できるところにあると思われる。

 見えないことによって、どのように歌っているのか、どのような場所なのかをイメージする。想像を膨らませながら音に神経を集中させる。リスナーひとり一人のライブステージがそこには存在する。そして、“生”という一発勝負の緊張感がライブ音源の醍醐味とも言える。緊張感という意味では「バレリーナ」から強く感じることができた。楽曲のスケール感はスタジオ音源よりも大きく、4分37秒のスネアドラムのわずか2発のヒット音が緊張感を煽ってくる。

 そして、特に大胆にアレンジされた「氷の世界」のインパクトが大きい。南米音楽特有のリズムのサルサを基盤とし、山木秀夫(Dr)、美久月千晴(Ba)、長田進(Gt)、今堀恒雄(Gt)、小島良喜(Key)などの敏腕ミュージシャンたちによるグルーヴによって、その熱量はCDからでも強く感じられる。時代を感じさせない名曲は、どんな形になっても名曲。陽水の、小節などを関係なくして自由に紡がれていく歌も圧巻だ。陽水にしか歌えない、誰にも真似ができないオリジナリティがそこには存在する。

 最後に名曲「夏の終りのハーモニー」。ライブでも、アンコールのラストナンバーになることが多い同曲を配置したことによって、6曲という曲数だが、しっかりとフルライブを体感したかのような満足感があった。ライブでの陽水のクオリティの高さを感じさせられた。

(文=村上順一)

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