「悲しい恋と失われゆく記憶」に真摯
に寄り添う、Plastic Tree『アローン
アゲイン、ワンダフルワールド』のリ
アリズムと優しさ

中でも、多くの人を魅了してやまないのが、恋人との永遠の別れを描いた悲しい物語だ。身を切るような悲しみを描いた楽曲は数多くあるが、特にリアルで美しい詞世界が特徴的な楽曲を長年制作し続けているのが、来年でメジャーデビュー二十周年を迎えるヴィジュアル系バンド・Plastic Tree

ボーカル有村竜太朗がメインコンポーザーとなり綴られる物語性と鋭い言語センスの光る歌詞、更にシューゲイザーサウンドを基調とした幻想的で疾走感のある曲調がヴィジュアル系ファンの枠を飛び越えた人気を誇る彼等だが、その楽曲の中でも随一の切なさを誇る「永遠の別れの物語」を描いた曲が、『アローンアゲイン、ワンダフルワールド』だ。



意味深なカタカナが並ぶタイトルから溢れ出す、リアルで優しい悲しみの世界に触れてみよう。


幕開けを告げるのは、ギターによるとてもシンプルなイントロ。ちょうど合唱曲の伴奏のようなイメージのメロディは、冒頭から浮遊感のあるサウンドを魅せてくる事が多い彼等には珍しいパターンだ。



有村のうわ言のように儚い歌声が、簡素な程のオケを彩る。 「君の事を想って眠れない」と言うような表現は使い古されたものだが、ただ「眠れない」のではなく「眠り方も忘れたみたい。」と言う言い回しを選んでいる点が、その悲しみを強調している。きっと、眠る方法すら忘れてしまう程に、眠れない日々が続いているのだろう。



続く歌詞では、彼自身の記憶が薄れていってしまっている事が綴られている。きっと、彼女と離れ離れになったのは昨日今日の出来事ではないのだ。それでも、彼は彼女の事を想い続けている。
人の記憶は声→顔と言う順番で失われていく、と言う研究結果があるらしい。このフレーズでは「君の声」にフォーカスが絞られている一方、2番では「切なさモードの残像です。君の顔も見えない、わからない。」と描かれているあたり、記憶が薄れてゆく過程がとてもリアルに綴られている詞である事がわかるだろう。

シンプルだったギターサウンドにベース、ドラムが加わり、サビに向けて少しずつ重奏的になってゆく。徐々に昂る感情が投影されたように、ギターが悲鳴のような音を上げ、サビに差し掛かった。



ここでやっと、タイトルに冠される「アローンアゲイン」「ワンダフルワールド」と言う言葉が登場する。意訳すると「素晴らしい世界に再びひとりで佇む」と言うような意味合いになるかと思うが、これは彼自身の心もとない心理を表していると言えるだろう。
想い続けた彼女を失った彼は、彼女と出会う前の独りぼっちな自分に再び戻ってしまう。唯一手を取り合える相手であったはずの彼女がいなくなってしまった世界は、彼にとってとても頼りないものだ。そんな、味気ない世界を「ワンダフルワールド」と言い表すのは、ある種の皮肉のようなものなのかもしれない。

身を切るような嘆きは決して爆発することもなく、静かなトーンで2番まで続く。



彼は、夢幻のように淡くなってしまった記憶の中から、彼女の存在を手探りで探そうとする。無意識のうちに流れる涙すらも鬱陶しい程に、彼は彼女をどうしたって失いたくないのだ。

2番以降、夢の中をたゆたうようなディレイやボイスエフェクトが多用されるようになるが、大サビを前にして厚みを増したバンドサウンドが突然イントロと同じシンプルなものに戻る。まるで、記憶の海をさまよう彼を現実に引き戻そうとでもするかのような展開だ。
ほぼギターのみを背景に奏でられる有村の、今にもくずおれてしまいそうな声が紡ぐのはこんな言葉。



どんなに哀しみに暮れていても、新しい日々はやってくる。「忘れたいのに忘れられない」と歌う悲しい恋の歌は多いが、結局いつかは消えるのが記憶だ。そんな世界の摂理に、彼はたったひとりで抗おうとしていたのだ。虚しさすらも含む嘆息と共に歌われるこの言葉からは、遺されたもののリアルな感情が鮮やかに浮き上がってくる。

しかし、そんな彼でも、涙の向こうに見える愛おしい彼女の姿に小さな希望を見出していたのではないだろうか。
何故なら、彼は自分自身の、過去の記憶にどうしようもなく縋り付いてしまう気持ちに対し、「ばかみたいだなー」と、あたかも笑い飛ばすような言い回しを使っているからだ。


この曲は、こんな歌詞で締めくくられている。



「想い出で間違い探し」と言う言葉から、彼の記憶がだいぶ薄れてきている事が察せられる。間違い探しをしなければならない程に薄まった記憶の中で、「間違い探しだ!」とわざわざ明るく言い放つ彼の健気さが胸に迫る。
しかし、彼の胸にはこの時、きっと悲しみ以外のものが芽生えていたのではないだろうか。
彼は最後に、「どこかにいる君と僕」に向かって「ハロー、ハロー」と呼びかける。この「君と僕」とは、ふたりが過ごした幸せな日々の中に生き続ける「君と僕」の事のように思う。

淡々とした静かなメロディを抜け、大サビに入ったその瞬間、聴く者の胸の中にも、彼の抱く小さな、とても小さいけれど確かに輝く微かな光が、美しく広がるシューゲイザーサウンドに包まれ、優しく呑み込まれるような感覚と共に生まれるだろう。
それはまるで、恋人に限らず、「愛する人に愛されていた優しい想い出」に浸りながら、干したてのあたたかく柔らかい毛布にくるまっているかのような、懐かしく狂おしい感覚だ。


彼は、儚い記憶に縋るのではなく、「彼女と共に過ごした事」と言う事実にしっかりと向き合えるよう、これからも生きてゆくことを決める。
冒頭で歌われる「夢の外だ。」と言うフレーズからもわかるように、彼女と共にいた日々は彼にとって夢そのものだったのだ。
しかし、夢と言うものはいつまでも見ていられるものではない。だから彼は、「再び」この世界に「ひとりで佇む」。

「アローンアゲイン、ワンダフルワールド」と言う言葉に隠された悲しい恋物語の結末には、優しくあたたかな一欠片の、光り輝く希望が残されている。


TEXT:五十嵐 文章

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