ロマン優光のさよなら、くまさん

連載第73回 A氏報道

 先日、覚せい剤取締法違反の疑いで逮捕され、その後不起訴となったミュージシャンのA氏(あえて、A氏と表記します)。逮捕される時期のマスコミの態度は確かにひどいものでした。A氏が乗るベンツに押し寄せエンブレムを破壊する。A氏のタクシー内の様子が映った動画をタクシー会社からかなり強引な感じで借り受け放送する。一言で言えば、ただの犯罪行為です。
 例えば、強大な権力を持った政治家や企業の社会的に大きな影響を与えている悪事を告発するために、法に触れること、その上での罰を覚悟して証拠を掴むために危険な取材をするということなら、わからないでもないです。でも、この件はそういうのとは全然違いますよね。「覚せい剤取締法違反を犯したかもしれない」だけの人のプライバシーを暴こうとしている過程で、物を壊したり、個人情報を不当に晒しただけです。たとえ本当に罪を犯していたとしても、それをやる理由にはなりません。根底に『報道』をしようとする姿勢はなく、『芸能ゴシップ』をばらまこうとしているだけです。
 まあ、A氏に関する取材の中で起こったことは問題外の犯罪行為なわけですが、そもそも根本的におかしなところがあります。A氏は以前に覚せい剤取締法違反で逮捕され執行猶予中の身でしたが、氏が釈放後にあげたブログの文章は世間に衝撃を与えました。氏がヤクザの巧妙なやり口に取り込まれて覚せい剤にはまっていく過程が論理的に明確に書かれている一方で、氏がある集団にストーカー行為を受け続けていたということが書かれていたからです。そう、それは明確な集団ストーカー妄想でした。それが薬物の影響によるものなのか、元から何らかの精神的な疾患を抱えている状態で薬物に手を出していたのかは、はっきりとはわかりませんが、一言で言えるのは現在の氏は薬物をやっていようが、いまいが精神的疾患を抱えてしまっているのは間違いないということです。ようするに治療を必要としている病人なのです。そういう氏を本人に病識がなく病名がついてないのをいいことに、公器を自称するマスコミが面白おかしく実名報道をしていたのは人権侵害なのではないでしょうか。
 殺人などの大きな犯罪でも容疑者に精神的疾患があったり、その疑いがあるだけで報道自体があまりされなくなります。それなのにA氏が実名で大々的に晒しものにされたのは非常におかしなことではありませんか?
「病気かどうかわからないし、本人は違うといってるから」という考えもあるかもしれませんが、そんなの詭弁ですよね。氏の精神的な状態がおかしいのは彼のブログでわかっていたではないですか。病気の有名人をメディアが笑いものにしようとしただけです。「あんなにおかしなことをいってるのはシャブのせいに違いない! 捕まったし絶対そう!」と思ってやりたい放題やったのだと思いますけど、別に現物が出てきて現行犯逮捕されたわけでもないのにいい加減すぎます。推定無罪の原則があるじゃないですか。
 だからといって、私は氏の無実を確信しているわけではないですが。警察があまりに雑なやり方をしたため、証拠として採用されず、その結果起訴されなかっただけのことかもしれません。尿にお茶を入れるという氏の行動も異常ですし、尿をすり替えられる疑いがあったという氏の考えも異常です。「信頼できない語り手による信頼できない登場人物の物語」みたいなもので、現時点の情報では信頼するに足る人物はどこにもいないのですから。はっきりしていることは、今回A氏は不起訴に終わり、同時に氏は妄想を抱えているということです。あの不快なワイドショーの司会者や芸能レポーターは非難されて当然ですが、鬼の首でもとったように氏の無実を主張するのは違う話です。無罪と無実は違うのです。答えは現時点ではよくわからないというだけです。
 変わり者とかいうレベルではない、明らかに治療を必要としているような人が、ネットで晒されて人気コンテンツになるということは良くあります。そういった人のブログが興味深く読まれることもよくあります。確かに面白いんですよ。自分たちの理解の範疇の外にいる人たちを見物するのは。単なるゲスな根性で笑いものにしようとする人もいれば、未知の存在への好奇心で観察している人もいるでしょうが、それは多くの人の心の中にある感情ですが、それは決して誉められたもんじゃないですよね。その自覚は必要なんです。そこに社会の公器を自称するようなマスコミが乗っかるのはダメですよね。公器というのなら綺麗事と建て前という枠を大切にするべきなんですよ。そういう枠がなければ、劣情に添い寝するような状態になって、なし崩し的にモラルが崩壊してしまいます。モラルなんてほっとけば自然に崩壊するものだからこそ、ある種のメディアは綺麗事を大切にしてやっていかなければならないし、そのことが仕事なんだと思います。

(隔週金曜連載)

写真:khonlanna/123RF

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【ロマン優光:プロフィール】

ろまんゆうこう…ロマンポルシェ。のディレイ担当。「プンクボイ」名義で、ハードコア活動も行っており、『蠅の王、ソドムの市、その他全て』(Less Than TV)が絶賛発売中。代表的な著書として、『日本人の99.9%はバカ』(コアマガジン刊)『音楽家残酷物語』(ひよこ書房刊)などがある。現在は、里咲りさに夢中とのこと。

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