中森明菜、最新カバー集は“彼女から
の手紙” 歌で綴られた思い

中森明菜

中森明菜がカバーアルバム『Belie』で伝えたかったこととは

 歌手の中森明菜がカバーアルバム『Belie』をリリースした。本作の選曲は、自身が歩んできた道を見つめるかのように、年代幅は1970年から2000年と広く、アレンジもジャズからラテン、ボッサなど多岐に渡る。気品漂う高質サウンド上に映える明菜の色気のある歌声は、聴く者の心を情感豊かに潤してくれる。その一方で、音と歌詞の文脈からは何かを意図しているかのような暗示が見え隠れする。「生きる」をテーマにした前作『FIXER』との繋がり――。彼女がこの作品を通じて伝えたかったこととは。

多様な楽曲を繊細に強く

 実に幅広い年代からの選曲となった。導入を飾るのは、2000年に発売されたポルノグラフィティの「サウダージ」。オリジナルはロックをベースとしながらもジャズを感じさせる明るいナンバーだ。明菜はそれを更に深いジャズに仕立てて歌い上げる。

 低音で響く色気のある歌声が特長の明菜、サウンドの作りも低音を重視している点を鑑みても、この選曲は意外性のあるものだ。上質な演奏と歌声に誘われるままに曲の世界観に浸り、次曲、次曲へと耳を寄せる。聴きごたえはあるがどこかで感じる戸惑い。

 その思いを抱えたまま、どこかシティポップの香りが漂う「やさしくなりたい」(斉藤和義、2011年)へと流れ、キューバポップ系にアレンジした「WHITE BREATH」(T.M.Revolution、1997年)へと紡ぐ。

 明るいアレンジが続く楽曲群。そのなかで明菜は低音でありながらもポップに且つ力強く歌う。曲が進むうちに、奏でられる楽器のパート数は減り、明菜の歌声がより際立つ楽曲が並んでいくことにやがて気付く。

 「もうひとつの土曜日」(浜田省吾、1986年)、「One more time、One more chance」(山崎まさよし、2007年)。

 歌声がより際立つが故にそれを宿す明菜の心情がダイレクトに伝わる。情感が震え、心からこみ上げてくるものを感じる。その最たるものが最後に収録されている、2005年リリースの小田和正の「たしかなこと」だ。

 ピアノの演奏から始まる同曲は、ツリーチャイムの音色に重なるようにハスキーな明菜の歌声が入り込む。その歌声はそっと寄り添うように優しく、そして、切ない。小田和正の綴る恋文をまるで耳元で語り掛けるように歌い上げる。とても繊細だ。

時を刻むトラック

中森明菜『Belie』(初回盤)

 「サウダージ」から始まった本作は、楽曲が生まれた当時の情景を縫って「たしかなこと」へと着く。朝を迎えて夜の静けさに触れるかのように、本作の曲順には時間の流れを感じさせる。あたかも曲そのものが時針であるかのように、時を刻んでいる。

 サブスク時代。1曲で完結する曲作りがみられるなかで、改めて曲順に寄せる制作者の意図、物語に触れる良いきかっけになる作品ともいえる。早送りできないからこそ触れる曲の全体像。

 さて、前作の『FIXER』では導入部は最近使われるEDMを使用した楽曲で聴くものにインパクトを与え、次第に彼女の深層部に触れていくように音数は減り、アコギあるいはピアノと明菜というシンプルな構成になっていた。本作においてもそのような傾向はみられる。

 話題性だけを考えれば、テレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』のオープニング曲「残酷な天使のテーゼ」や山口百恵の「謝肉祭」のカバーというところにあろうかと思うが、このアルバムのキーを握るのは後半部の小田和正や浜田省吾、井上陽水といった楽曲のカバーにあると考える。

 そして、多くの楽曲のアレンジにジャズテイストを織り込んでいる意図は、その場の空気感や雰囲気で即興、セッションするジャズ本来のスタイルを活かしたかったのではないか。既存の楽曲をその場の雰囲気でセッションするのはジャズのスタンダード。CDに「生」の空気感を封じ込めたかったのではないか。そこに明菜の「生命の営み」への想いを感じる。生きている証を本作でも綴りたい――というように。

歌詞で表現する心情の変化

「やさしくなりたい」歌唱映像

 そして、もう一つのポイントは前記のポルノグラフィティや山崎まさよしなどの楽曲をなぜ選曲したのか、という点。そこで気になるのはこれら楽曲の歌詞だ。以下の通りに歌詞を抜粋してみたい。タイトルの横にあるのはアレンジしたジャンルだ。

M-1、サウダージ(ジャズ)
  私は私と はぐれる訳にはいかないから
  いつかまた逢いましょう その日までサヨナラ恋心よ

M-2、やさしくなりたい(シティポップ)
  愛なき時代に生まれたわけじゃない
  キミといきたい キミを笑わせたい
  愛なき時代に生まれたわけじゃない
  強くなりたい やさしくなりたい

M-3、WHITE BREATH(キューバポップ)
  凍えそうな 季節に君は
  愛を どーこー云うの?
  そんなん どーだっていいから
  冬のせいにして 暖め合おう

M-4、残酷な天使のテーゼ(ラテン)
  残酷な天使のテーゼ
  窓辺からやがて飛び立つ
  ほとばしる熱いパトスで
  思い出を裏切るなら
  この宇宙(そら)を抱いて輝く
  少年よ神話になれ

M-5、限界LOVERS(ジャズ)
  天使よりも 悪魔よりも
  刺激的な 愛が欲しい
  昨日よりも 明日よりも
  火花散らす 今が欲しい
  Back to the fire

M-6、謝肉祭(ラテン)
  愛して 愛して 祭りが始まる
  愛して 愛して 夜が始まる

M-7、ステキな恋の忘れ方(ラテン)
  あなたに聞いてみたいのは
  ステキな恋の忘れ方
  それとも愛は この胸に刻まれたの?

M-8、もうひとつの土曜日(ジャズ)
  もう彼のことは忘れてしまえよ
  まだ君は若く その頬の涙
  乾かせる誰かがこの町のどこかで
  君のことを待ち続けてる

M-9、One more time,One more chance(アコギ)
  これ以上何を失えば 心は許されるの
  どれ程の痛みならば もういちど君に会える
  One more time 季節よ うつろわないで
  One more time ふざけあった時間よ

M-10、たしかなこと(ピアノ・アコギ)
  忘れないで どんな時も きっとそばにいるから
  そのために僕らは この場所で
  同じ風に吹かれて 同じ時を生きてるんだ

 どの曲も「恋」や「生きる」をテーマにしているが、明るい曲調が目立つ最初の曲の歌詞は「恋」に対して強気な姿勢が垣間見え、音数が減っていく「ステキな恋の忘れ方」以降は「恋」と向き合う姿勢がうかがえる。

 「恋」「生」に対する歌詞の変化が表しているものは何か。そこに明菜の心情を重ねてしまう。明菜自身、テレビの露出が少なく、言葉をもって伝える機会はそうそうにない。ゆえに歌をもってメッセージを伝える。そして、明菜のアルバムの面白さは彼女の人生、いまを表しているところにある。

明菜の手紙

中森明菜『Belie』(通常盤)

 先に、本作は時を刻んでいると説いた。歌詞における変化は、心の変化と重なる。そして、曲が進むにつれてクローズアップされる歌声と、恋に向き合う姿勢は明菜の強い心が投影されているともいえる。そして、彼女自身、本作を通じて聴く者へメッセージを送っているのではないか、という点に結びつく。

 上質なサウンドや文脈に隠された意図。それは、明菜が持つ生命の力強いエネルギーであり、その有り余る情熱を聴く者に届けるという想いが隠されているように思える。

 明菜から寄せられた手紙――。映画も書籍も何度も見返すことで気づかなかった点が見えてくる。本作の場合も何度も聴くこと、読み返すことによって楽曲の捉え方が変わるとともに、彼女の心の真意がみえてくるはずだ。(文・木村陽仁)

作品情報

カバーアルバム「Belie」
CD 10曲収録
DVD CD収録楽曲10曲すべて映像

▽CD収録曲
M-1、サウダージ
M-2、やさしくなりたい
M-3、WHITE BREATH
M-4、残酷な天使のテーゼ
M-5、限界LOVERS
M-6、謝肉祭
M-7、ステキな恋の忘れ方
M-8、もうひとつの土曜日
M-9、One more time、One more chance
M-10、たしかなこと

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