ヤエル・ナイム 来日直前スペシャル
インタビュー




――祖母の死と出産を経て、このアルバムで死と生という壮大なテーマと取り組むにあたって、どんなヴィジョンを抱いていましたか?

音楽は私にとって、自分の人生に起きるあらゆる出来事と向き合うための、自然で無意識な手段です。祖母が亡くなった時、私は当然のごとく悲しみを抱きました。でもそれは、すぐには表面に表れない、深い場所を流れる水みたいな感情で……私の曲の中に祖母はゆっくりと姿を見せ始めました。もしかしたら私は、死後も彼女と対話をし続ける、或いは彼女について語り続ける必要を感じていたのかもしれません。

出産前私はいつも、自分の子供のことを曲にしたりは決してしないと断言していたものです(笑)。それに、ある意味で子供のことは書いていないんです。……でも私は、こんなにも混乱した極端な感情を抱くとは予想していませんでした。例えば、歓喜と怖れが混在しているかのような感情だったり、自分が体験していることを曲に書かなければ、という欲求を抱きました。というのも、私はそうやって物事に対処しているんです。(4)「カワード」と(2)「メイク・ア・チャイルド」を始めとする数曲で、出産前に、初めて母親になるにあたって私が抱いた気持ちを表現しています。従ってこれは私にとって難しいことではなく、何らかの形で自分を表現しないと頭がおかしくなってしまうという、私の人生のリアリティなんです(笑)。



――あなたの恐れや不安、或いは勇気、気持ちを曲にすることで、どんな答えを得ましたか?

自分が抱いている感情を受け入れて、それらについて曲を書くことは、まるで鏡のように機能しました。自分の強い部分と弱い部分を私は確認し、それが、自分自身を抵抗なく受け入れるよう私を促してくれました。そしてさらに、私を変えて前進させ、進化と解放をもたらす手助けをしてくれたんです。

これらの感情を表現し、分かち合うことで、私は自分が独りきりではないのだと悟りました。ひとりの人間の人生において、ふたつの最も大きな未知なる変化、つまり死と誕生を体験するにあたって、不安を抱くのは珍しいことではないのだと。

――母親になったことは、アーティストとしてのあなたにどんな影響を与えましたか?目的意識や、表現したいこと、音楽が持つ意味合いは、以前とは変わりましたか?

私に一種の勇気と力を与えてくれたと思います。もしかしたら声と歌い方にも、何らかの影響を与えたかもしれません。時間の使い方もうまくなりました。商業的成功を追い求めたり、宣伝マシーンと化すのではなく、新しい音楽を作ることと、家族と一緒に過ごすことを最優先して。

――どんな母親でありたいと思っていますか?

自分のアートと自分が書く曲の関係について話すことに抵抗はなくて、それも場合によってはパーソナルになり得るんですが、自分の人生のパーソナルな面については話さないでおきます。

――アルバム・タイトルとしての『Older』という言葉に込めた想いは?

アルバム・タイトル『Older』は、地球上での人生を終えて去ってゆく人に関する曲(10)のタイトルでもあります。ダヴィッド・ドナスィアンと私はアルバムのレコーディングを終えた時、全ての曲が、生と死と私たち自身を中心に展開していることに気づきました。“older”という言葉は、このアルバムを通して私たちが伝えたかったこと全てを言い表していると感じました。

――サウンド・プロダクションにおいてこだわったことは?サウンド面のインスピレーションを教えて下さい。

従来とは異なる手法で作ったため、このアルバムが帯びている色彩はこれまでと異なります。私とダヴィッド(プロデューサー兼アレンジャー兼コンポーザーであり、ヤエル・ナイムというプロジェクトにおける私の対等なパートナーです)は、(2)「メイク・ア・チャイルド」、(1)「アイ・ウォーク・アンティル」、(5)「トラップド」、(9)「テイク・ミー・ダウン」を私と一緒に作曲しました。ひとりで作曲すると、色彩はより親しみやすいものになりますが、ほかの人と一緒に作曲すると新しい音楽的色彩、新しい可能性の領域が加わります。プロデューサーとしてのダヴィッドと11年間コラボしたのち、私は彼の音楽的影響にドアを開けました。彼はデンジャー・マウスやマイルス・デイヴィス、ジョン・バリー、ケンドリック・ラマーといったアーティストたちの作品を聴く人です。私も彼も聴いていて、ふたりの橋渡しをするアーティストはニーナ・シモンなんですが、彼女の音楽にはアメリカの黒人のソウル・ミュージックとヨーロッパのクラシック音楽がミックスされていて、どこまでも誠実で親密なのです。



――ダヴィッド・ドナスィアンとあなたのパートナーシップはこの10年間にどのように変化しましたか?

ファースト・アルバムを制作した時、ダヴィッドは、彼と出会う前に私がひとりで密やかに書いた曲の数々を、“敬う”ことにこだわっていました。その結果彼の役割は、私の音楽的世界の中に入ってきて、私の曲をプロデュースして成長させることにあったんです。セカンド・アルバム『She was a boy』では、私たちはお互いの音楽の世界をミックスしました。プロデューサー兼ミュージシャンとしてのダヴィッドは、「ゴー・トゥ・ザ・リバー」などの作曲に関わり始め、私たちの作品にリズム面のアイデアをたくさん与えてくれるようになりました。

ブラジルへ旅したことも、ダヴィッドの音楽的宇宙をもっと掘り下げたいという欲求を、私の内に植え付けました(ダヴィッドはクレオールなので)。

最新作『Older』では一緒に親になって、4つの曲を初めて一緒に産み出しました。もしかしたら私たちは、自分たちの音楽の中でより成熟したのかもしれません。それぞれが音楽の中で自分を表現できるように。作業をしている時の私たちは、今もしばしば衝突します。でも以前ほどではなく、音楽的な意味でお互いへの理解を深めて、お互いの長所も短所もよく知っています。ふたりとも自分のスタジオを持っているので、必要に応じて一緒に作業をすることも、バラバラに作業をすることもできるんです。

――(6)「イマ」ではレイラ・マッカラをフィーチャーして、英語とヘブライ語とクレオール語、3つの言語で歌われています。この曲が生まれた経緯を教えて下さい。

レイラも私もちょうど同じ時期に母親になろうとしていて、そのことに関する想いをそれぞれに、自分の言語(私の場合はヘブライ語、レイラは、ダヴィッドの言葉でもあるクレオール語)と英語というふたりの共通言語で表現したんです。ひとつの曲にこれら3つの言語が同居するのは初めてのことで、私たちが好む生き方を象徴しています。つまり、カルチャーの共存と、異なる人たちが共有する敬意と絆を。共生に根差したこういう生き方から生まれる、新しい世代を象徴しているんです。ある意味、それが可能だということを証明していて、私たちはみんなで仲良く一緒に暮らす方法を探さなければならないと訴えています。



――アルバムではそのレイラからザ・ミーターズのジガブー・モデリストまでの参加を得た上に、『Older(Revisited)』(リミックス・アルバム)ではフロー・モリッシーやカミーユほか多数のアーティストと録音したリミックス・ヴァージョンが収められ、いつになくコラボレーティヴなモードにありました。それはなぜでしょう?

私たちは常に、たくさんコラボレーションをしたいと望んでいるのですが、それを完全に成し遂げたのは今回が初めてです。ほかのアーティストが私たちの音楽をどう再解釈するのか、すごく興味があります。最初のコラボレーションはブラッド・メルドーとのセッションでした。夢が叶ったようなものです。それが、ジュールズ・バックリィの指揮によるメトロポール・オルケスト(Metropole Orkest)とのふたつ目のコラボレーションのアイデアをくれました。ドビュッシー・カルテットとのコラボレーションと、「カワード」をリミックスしたRONEとのコラボレーションも。そしてしばらく経つと、私たちはそのままどんどん続けたくなったんです!ダヴィッドによるリミックスで歌ってもらうためにシンガーのカミーユを、若く才能あるミュージシャン兼プロデューサーのジム・ヘンダーソンがリミックスした、新しいヴァージョンの『Older』で歌ってもらうためにフロー・モリッシーを招きました。ジェネラル・エレクトリックス(General EleKtriks)や20sylといった著名なミュージシャンともコラボしましたが、ほかにもラグ・アンド・ボーンズ(Rag and Bones)やシティ・スクエア(Circle Square)のような無名のリミキサーたちも、非常にクリエイティヴなヴァージョンで私たちを驚かせてくれました。これらのコラボレーションは、私たちが通常作っているものとは異なる音楽を体験する機会を提供し、次のアルバムでの新たなコラボレーションに向けてインスピレーションを与えてくれたんです。

――「カワード」でのブラッドとの共演は、どんな経緯で実現したんですか?

私たちはブラッドの音楽と、クラシック音楽の影響を即興音楽やジャズに持ち込む彼の手法が大好きなんです。私の夢は、「カワード」という曲に対して心を開いてもらって、彼にしか思いつかない方法でプレイしてもらうことでした。彼とのミーティングと、私たちが一緒に行なった演奏は、想像を超える素晴らしい体験でした。端的に言って、現時点でダヴィッドと私が体験した中で、最もパワフルな音楽的体験です。

――アートワークに用いたフクロウは何を象徴しているのでしょう?

フクロウは様々な国の文化において、生と死をつなぐ通路を象徴しています。つまり、アルバムが何を物語っているのか示唆しているんです。同時にフクロウは、夜間でもずば抜けた視力を誇っていて、暗い時期にも目をしっかり見開いていることを、表してもいます。

ヤエル・ナイム



――このアルバム制作を通じて、自分について何か新たな発見はありましたか?

自分の声に関して、何かふっ切れたところがあるような気がします。怖れを感じることなく、自分を解放できたのではないかと。また、音楽にまつわるダヴィッドの尽きせぬアイデアとヴィジョンに、幾度も幾度も新しい側面を発見しました。

――聴き手にはこのアルバムからどんなことを感じ取ってもらいたいですか?

私たちの人生は短いものです。もっとたくさんの共感と思いやりを持って、お互いと接するべき。自分たちに可能な限り、たった一度だけの人生を楽しんで、お互いに助け合う努力をするべき。私がそれをできているとはまだ言えませんが、学んで実践しようと努力しています。

――昨年11月末にはパリで起きたテロ事件の公式追悼イベントで、ジャック・ブレルの「愛しかない時(Quand on a que l’Amour)」を歌いました。その時にどんな感情があなたの心中を巡っていたのでしょうか?

私の心の中では、様々な異なる感情が渦巻いていました。犠牲者たちに対する深い悲しみ。プレッシャーと名誉、そして、あのような重要な場でデリケートな感情を代弁するという、途方もなく大きな責任を感じていました。




質問作成/訳:新谷洋子

イベント情報ヤエルナイム
16/11/2(水)
Billboard Live OSAKA (大阪府)16/11/4(金)~16/11/5(土)
Billboard Live TOKYO

出演: ヤエル・ナイム/Yael Naim(Vocals, Piano, Guitar)
ダニエル・ロメオ/Daniel Romeo(Bass)
ダヴィッド・ドナスィアン/David Donatien(Drums)
 

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