樋口毅宏 『太陽がいっぱい』を読ん
で:ロマン優光連載66

ロマン優光のさよなら、くまさん

連載第66回 樋口毅宏 『太陽がいっぱ
い』を読んで

「プロレスファンなら楽しめる作品と言ってしまうことかできるかどうか、すごく微妙…。」
 それが、樋口毅宏『太陽がいっぱい』を読み終わった時に真っ先に浮かんできた言葉だ。樋口毅宏引退記念作品とも言える、このプロレスをテーマとした連作集。昭和から平成初期にかけてプロレスファンをやっていた人なら、ある程度は楽しめるようになっているとは思う。特定のレスラーをモデルにしたり、何人かのプロレスラーのエピソードをパッチワークしてキャラクターを造形したり、みんなの知ってるプロレス内事件が散りばめられていたり、まあ面白いことは面白いに決まってるのだ。何故なら、モデルになる人物や事件がすでに面白いのだから。
 しかし、その素材の面白さに作者が新しく付け加えることができているかどうかは私にはよくわからない。例えば、ラッシャー木村をモデルにした章では、私たち古いプロレスヲタクの知るラッシャー木村の人生がほぼそのまんま語られるわけだが、そこには作者ならではの視点であったり、演出によって作者ならではの魅力的なラッシャー木村像を提示できてるとは言い難い。作者ならではの試みといえば、新間寿をモデルとするキャラクターがコミカルかつ下品に戯画化された俗物として登場するのだが、なんというか木に竹を接いだようなチグハグさを感じてしまう。実在の新間寿の人物像の方が圧倒的に作者の作ったキャラクターよりも面白いことを知ってしまってるというのもあるが、一人だけ漫画的過ぎて浮いてしまっているのも確かだと思う。
 私がモデルになったレスラーや事件を知っているから楽しみきれてないのかもしれない可能性については考えてみた。しかし、私がラッシャー木村を知っているからこそ、足りない描写、説明不足な部分を脳内で補完してラッシャー木村像が浮かんでくるのであって、ラッシャー木村を知らない人が読んだら、よくわからないのではないだろうか?
 ラッシャーだけではなく、モデルが明確なレスラーに関してはみんなそういう感じの印象を受ける。また、作中に見受けられるアントニオ猪木観など、作者ならではの新しい視点などは全く感じられない、プロレスヲタクが使い古したテンプレみたいな視点しか見受けられない。そういう古いプヲタの共通認識みたいなものだけで構成されているからこそ、色々なところが不足していても楽に補完できるというのもあるのだけど。
 この作品は実在のレスラーをモデルとした架空のレスラーが多く登場するのだが、何故かターザン山本がターザン山本として登場する部分がある。かって週刊プロレスの編集長であったターザン山本という人物がいかなる人物か、古いプヲタならその人となりを知ってるわけだが、ターザン山本という名前を使うことで一切の説明を投げ出してしまってるのはさすがに限度を超えているのではないか。しかも、彼の名が登場するのは、本作品の中でもっとも現実を離れて作者の奇想が放たれている章だったため、世界観を創るという行為に対する手抜き感がより強く感じられてしまった。
プロレスを知ってれば読んでいる間は内容を理解して楽しめたとしても、プロレスを知ってるが故に「なんだかなあ…」という不満も生まれてしまう。なんとも困った作品ではある。
 プロレスという問題から離れた部分でも色々と気になる点はある。今作は冒頭と最後にアントニオ猪木をモデルとしたレスラーを登場させ、他にも長州力をモデルにした選手など同じ選手が複数の章に登場することで同じ世界で起こった出来事を記録していってるような印象が生まれてくる。生まれてはくるのだけど、そこに強烈な違和感が存在している。実在のレスラーをモデルにした実録小説的作品。何人かのレスラーのエピソードが作られた架空のレスラーの一代記的なもの。梶原一騎の『カラテ地獄変』的なものを目指したのか、筒井康隆的なスラップスティックを狙ったのか判断に悩むがとにかく奇想に溢れたホラ話。これらが同じ世界の話として並べられてると強烈な違和感があるのだ。これならば、同一世界で起こった出来事に見えるような演出をせず、プロレスをテーマとした連作集としてバラバラな舞台設定の作品として描けばよかったのではないだろうか。

それでもいいところはある

 そうは言っても、見るべきところはあるのだ。表題の『太陽がいっぱい』の身も蓋もない感じとか、いい意味での作者の人の悪さが感じられて個人的には嫌いではない。削るなり、盛るなりしていけば俄然面白くなったはずなのに、練り込みが雑なので、暗黒・梶原作品なのか筒井なのか、どっちに振りたいのかよくわからない感じになってるのは本当におしい。
 それ以外にも、いいところはそこかしこにある。あるのだけど、構成も描写も全体が雑過ぎる。雑さを覆すほどのパワーがあるわけでもない。丁寧に時間をかけて詰めていけばもっと面白くなったはずだし、もっとヒドいホラをぶち込んでいけばよかったのにと思う。実在のレスラーをモデルにリアルに描こうとしても、吉田豪のレスラーたちへのインタビューより面白くするのは至難の業だと思う。それを超えるのはただ想像力であり、人の悪いホラをどんどん入れていけばいいのだ。
 加工途中のものを提出してきたような未完成品感、状況の説明を読者のプロレスという原典に対する知識に頼ってるような悲しいまでの二次創作感。たとえ引退宣言がプロレス的ギミックだとしても、このような作品を引退作とするのは、さすがにいかがなものだろう。そういうギミックを使うなら、それこそかなりの傑作・問題作をぶち込んでこないと、ただただショッパイだけ。「このレベルしか書けないから辞めるんだ」とか本気で思われたいわけじゃないでしょ。なんだよ、そのギミック。自分をどう演出すれば良く見えるか、誰と付き合えば自分を大きく見せれるかとかじゃなくて、今の樋口さんは作品に力を注ぐべきだし、良い作品が書けなかったら樋口さんなんてただの表面上腰の低い性格の悪い人でしかないじゃないか。
 自分は編集者時代の樋口さんによくしてもらったと思ってるし、もう何年もお会いしてないが、直接会った時に嫌な思いをしたことはない。SNS上で無視されたり、人づてであまりよくない話を聞いても、なんだかんだでいまだに嫌いにはなれないのですよ。過去の人を切り捨てて新しい世界にいったんだったら、ちゃんとしてもらわないと困るんですよね。そんなことやるために切られたんだと思うと気分悪いですよ。
 編集者時代の樋口さんは編集者として周りの評価が高いわけでもなく、上司からいびられたり、わりと不遇だったのだけど、その状況への鬱屈が後に作家になるためのエネルギーになったように思う。それならば、多くの人に本気で呆れられ嫌われバカにされている現在の状況はもう一度やり直すのに相応しい状況ではないだろうか。可能性がどんなに低くても、あの心ない、性格の悪い、面白い樋口毅宏が見れるといいなとは思っている。

<隔週金曜連載>


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【ロマン優光:プロフィール】

ろまんゆうこう…ロマンポルシェ。のディレイ担当。「プンクボイ」名義で、ハードコア活動も行っており、『蠅の王、ソドムの市、その他全て』(Less Than TV)が絶賛発売中。代表的な著書として、『日本人の99.9%はバカ』(コアマガジン刊)『音楽家残酷物語』(ひよこ書房刊)などがある。現在は、里咲りさに夢中とのこと。

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