「殉愛—原節子と小津安二郎—」西村雄一郎(新潮社)

「殉愛—原節子と小津安二郎—」西村雄一郎(新潮社)

伝説の大女優と世界的巨匠を偲ぶ。「
殉愛—原節子と小津安二郎—」

原節子。今年の9月に95歳の生涯を閉じた伝説の女優。小津安二郎。日本の映画監督では、黒澤明や溝口健二と並ぶ巨匠。このふたりが組んだ映画は、世界的にも未だ語り継がれる傑作として知られているものが多い。12月12日は、小津の誕生日であり命日でもある。今年の締めくくりとして、ふたりの美しい関係を丁寧に読み解いた本を紹介しよう。

■会田昌江が、原節子になるまで

原節子誕生には、あるひとりの人物抜きには語れない。それは姉の夫であり映画監督でもある熊谷久虎だ。
妻の妹で、高等女学校に通っていた会田昌枝に「女優にならないか?」と声をかけたのは熊谷だ。当時の会田家は経済的に困窮していたこともあり、周りの大人の薦めに少女は素直に従ったという。デビュー作の役名が“節子”だったこともあり、芸名は“原節子”となった。その時の彼女は、まだ14歳。
本を読む限りでは、彼女のキャリアは順調なスタートを切る。17歳の時には、ドイツとの合作映画に出演。それに伴い、世界旅行も経験する。掲載されている写真を見ると、16〜17歳とはとても思えない大人びた顔だちだ。
熊谷久虎という強力なバックアップのもと、原節子は数々の作品に出演。戦後も、黒澤明監督の「わが青春に悔なし」や、木下恵介監督の「お嬢さん乾杯」、そして大ヒットした「青い山脈」にも出演、トップスターの座を確固たるものにする。
一方で、“演技よりも、美貌の方が先にきてしまう……”というある監督の証言も、この本では採録している。美しすぎる女優(俳優も同じだろう)が登場すると、観客は役柄よりも女優自身に目が釘つけとなってしまい、映画の足を引っ張りかねないということなのか。そう思った上で、上記に挙げた映画を見てみるのも面白い。

■小津安二郎は、原節子というミューズ
に出会った

第1章の終わり、“1949年、原節子のもとに、『晩春』という作品のオファーが届いた”という一節が登場する。続く第2章から、いよいよ原節子と小津安二郎の関係がスタートするのだ。
この本では、原節子と小津安二郎が組んだ全6作品を、作品ごとに章立てして丁寧に紹介、分析していく。時系列に沿った紹介なので、合間合間には、6作品以外での両者のそれぞれの活動ぶりも書かれている。
ふたりが組んだ6作品のうち、特に有名なのが初めの3作品「晩春」、「麦秋」、「東京物語」だ。どれも原節子が演じるのは“紀子”という名前で、“紀子三部作”とも言われている。
小津が、原節子を自らのミューズとして愛していたことが、映画に仕組まれた“役名”や“セリフ”からはっきりと読み取れる。そのひとつひとつを、著者は読み砕いて分析している。世界的に絶賛される映画の中に、ひとりの女優への私的メッセージが隠されている。自らの心の内を作品上にさらけ出したことで、芸術作品として昇華している。そんな小津の姿が浮かびあがってくるのだ。
「東京物語」を中心に語られる第4章は、作品分析としても非常に興味深い。小津安二郎という巨匠が、“デジタル的計算と正確さ”を持って作品をフィルムのコマ単位で描き、セリフ回しの長さもそこまでこだわったのだと知ると驚愕する。

■作品の合間に見え隠れする死の影が、
現実のものへ

「東京物語」は、死のイメージが色濃く現れた作品でもある。原演じる紀子の夫は、戦死している。映画の終盤には、もっとはっきりとした死も登場する。
太平洋戦争中、小津は軍隊生活を6度も送ったという。本書によると、“毒ガス部隊”に所属されたこともあったらしいことが、小津自身の日記から窺い知れる。また、原は「東京物語」の撮影直前に、映画キャメラマンだった兄を事故で亡くしている。そういった背景も踏まえた「東京物語」の分析は、作品の見方に新たな視点を我々に与えてくれる。
小津と原が組んだ最後の作品「小早川の秋」の章のタイトルは、『喪服を着けて』とある。「小早川の秋」について、著者は小津の遺作「秋刀魚の味」よりも“はるかに“遺言”的な作品ではなかったろうか”と述べている。この分析は、非常に説得力があり、読み応えがある。
本書は、小津安二郎の死と原節子の引退で終わっている。さまざまな俳優、スタッフたちの、数多くのインタビューの抜粋から浮かびあがってくるふたりの生前の姿。そしてその関係。
“殉愛”とは、“何に対する愛に殉する”という意味なのか。それは男女の愛ではなく、芸術家の魂への愛ではないのか。この本を読むと、そんな風に思えてくる。そしてあらためて小津安二郎の映画を見たくなるし、そこに映る原節子の神がかった美しさを目に焼き付けておきたくなるのだ。
「殉愛—原節子と小津安二郎—」西村雄一郎(新潮社)

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